「ペニー」硬貨に捧ぐ 2世紀の歴史に幕

「1ペニーの節約は1ペニーのもうけ」、「何を考えているの?(A penny for your thoughts)」、「大金(A pretty penny)」「倹約する(pinch pennies)」、「ペニーローファー」。
1セント(約1円43銭)硬貨の通称「ペニー」を使った表現はこの先もう出てこないだろう。米財務省が22日、1セント硬貨を段階的に廃止することを明らかにしたからだ。
米国の建国後まもなく登場した1セント硬貨は今後、徐々に供給されなくなる。造幣局は1セント硬貨の製造に使用する最後の円形金属を既に発注した。財務省は来年の早い時期に新規の流通を停止する予定だ。
1セント硬貨の評価はこの2世紀余りの間に変化した。倹約や実用性、幸運の象徴だったこともあるが、最近では無駄な政府支出を象徴するようになった。
日常の取引で小銭を使う人は減っている。一方で1セント硬貨は1枚作るのに4セント近くかかり、製造のための年間の歳出は数千万ドルに上る。ドナルド・トランプ大統領は2月、1セント硬貨の製造は意味がないとの見解を示した。
俳優のペニー・マーシャルにペニー・プリツカー元商務長官、元プロバスケットボール選手のペニー・ハーダウェイ氏など、1セント硬貨にちなんだ名前を持つ人は多い。こうした名前もそのうち過ぎ去った時代の象徴になるだろう。

1セント硬貨の製造に使用される円形金属
「これは困った」。首都ワシントンに本部を置く業界団体、金融テクノロジー協会のペニー・リー会長兼最高経営責任者(CEO)はそう言った。「私はフィンテック業界のために働いているので自分を責めるしかない。私が引退させられなければいいのだが」
1セント硬貨の引退を嘆く人は少ないだろう。広告代理店のディレクターとして働くクレイトン・デュラントさん(31)はその数少ない一人だ。デュラントさんが所有する4000枚超の硬貨のコレクション中には、1800年代前半の1セント硬貨が500枚あるという。
10歳の時、祖父から初めてのコレクション用の特別な硬貨セットをもらった。1セント硬貨がお気に入りだったというデュラントさんは、未来の硬貨収集家はどうやってこの趣味を始めるのかが気になっている。というのも1セント硬貨は子どもの頃のデュラントさんにとって、とっつきやすくてそれほどお金がかからない、硬貨収集への入り口だったからだ。「ペニーには素晴らしくて力強い歴史がある」
1セント硬貨は1792年の貨幣法に基づいて誕生した。各州が独自に造っていた硬貨に代わる国の硬貨の製造を開始するため、ペンシルベニア州フィラデルフィアに造幣局が設置され、翌年3月に1万1178枚の銅製の1セント硬貨の流通が始まった。当時の1セント硬貨は現在の25セント硬貨より大きかった。
1セント硬貨は、新たな民主主義国家である米国にとって記念碑的存在だった。当時の硬貨に刻まれた、髪をなびかせた女性の肖像は自由の象徴とされた。英国では硬貨に君主の肖像が刻まれていたが、米国では1セント硬貨に大統領の顔は描かれていなかった。
エーブラハム・リンカーン大統領の生誕100年の記念に、その顔が1セント硬貨に描かれたのは1909年のことだ。

初期の1セント硬貨
エーブラハム・リンカーン大統領図書館・博物館の床には、1セント硬貨が1枚、床に埋め込まれている。その上にさらに1セント硬貨が1枚置かれ、訪れた子どもたちが見つけられるようになっている。ボランティアガイドは次の子どものために、1セント硬貨を補給する。
1セント硬貨はさまざまな場所に旅をするようになった。1909年に製造された歴史的な硬貨は2012年、米航空宇宙局(NASA)の火星探査車「キュリオシティ」に乗って火星に着陸した。
一方で、ほとんどの1セント硬貨はどこにも出掛けない。米連邦準備制度理事会(FRB)によると、流通している硬貨の約60%、金額にすると140億ドル(約1兆9950億円)もが貯金箱に眠っている。
インターネット上にジョギングコミュニティーを共同で立ち上げたサラ・ボーウェン・シェイさん(59)は、ジョギング中に小銭拾いを楽しむ少人数のグループの一人だ。見つけた小銭は使わず、オレゴン州ポートランドの自宅にある容器にためている。
22日朝には約8キロのジョギングを半分走ったところで、表向きに落ちていたぴかぴかの1セント硬貨を拾った。シェイさんはこれを幸運のサインと受け止め、10代の娘の健康を静かに祈った。シェイさんはこの時、財務省が新しい1セント硬貨の流通中止を決めたことを知らなかった。
「『ペニーを見つけても立ち止まらない人が銀貨を見つけることはない』というのが私の哲学だ」。そう話すシェイさんは硬貨のコレクションとして、少なくとも6000枚の1セント硬貨を持っている。

製造後の1セント硬貨
1セント硬貨に転機が訪れたのは2006年のことだ。材料に使われている銅と亜鉛のコストが上昇したため、製造コストが額面を上回るようになった。ここ数年は特に値上がりのペースが速く、昨年は20%に上った。
これに注目したトランプ氏は、1セント硬貨の製造の終了を指示した。その前から1セント硬貨は既に民主・共和両党から批判されており、その後、製造を中止するための法案が連邦議会の上下両院で提出された。
造幣局が新しい1セント硬貨の製造を中止すると、小売店はおつり用の硬貨が不足し、現金での販売価格を5セント単位に切り上げるか切り下げる必要が出てくる。
ただ、5セント硬貨も政府にとって負担になっている。造幣局によると、5セント硬貨の製造コストは1枚当たり14セント近くに上る。首都ワシントンのロビイストで、1セント硬貨を支持する団体「アメリカンズ・フォー・コモン・センツ」の事務局長を務めるマーク・ウェラー氏は、政府はまず5セント硬貨の高い製造コストに取り組むべきと考えている。1セント硬貨が流通しなくなれば、さらに多くの5セント硬貨が必要になるかもしれないからだ。 「1セント硬貨だけに注目していると、政府はさらに多くのお金を失うことになる」とウェラー氏は話した。