日産・内田前社長ら「報酬6億円」は本当に正しいか? 赤字6700億円でも支払われる巨額マネー──株主・従業員は納得できるのか

退任と報酬

 日産自動車は2025年5月27日、第126回定時株主総会の招集通知を開示した。通知によれば、同年3月31日付で退任した執行役4人に支払われる報酬総額は6億4600万円に上る。

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 一方で、日産の2025年3月期決算は6708億円の巨額赤字だった。退任役員の報酬と企業収支の落差は極めて大きい。両者の乖離は、経営の実態と報酬制度の不整合を浮き彫りにしている。

 本稿では、日産を過去最大規模の経営危機に追い込んだ旧経営陣が、総額6億円超の報酬を得ることに正当性があるのかを検証する。

制度の内側にある論理

 日産の報酬委員会は、主に社外取締役で構成されている。委員長を含む社外取締役8人のうち5人が委員を務める。

 役員報酬は、ステークホルダーに最大の価値をもたらすことを目的に設計されている。その目的達成に向け、経営陣の動機付けが図られている。

 執行役への報酬は、

・基本報酬

・変動報酬

で構成される。基本報酬は、個々のスキルや経験、職責、前年度の貢献、業績などをもとに設定される。

 変動報酬には、年次賞与と2種類の長期インセンティブがある。ひとつは、目標達成時にのみ支払われる業績連動型インセンティブ(現金報酬)。もうひとつは、業績に連動しない譲渡制限付株式ユニット(RSU)である。いずれも、単年と中長期の業績向上、ならびに株主価値の最大化を意識した設計となっている。

 執行役退任時の報酬については、退任時の事実関係と状況を踏まえ、報酬委員会が支給の有無と金額を判断する。

国際的水準との比較

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パリモーターショー2024を視察するカルロス・タバレスCEO(中央)(画像:ステランティス)

 日産は、海外販売比率が8割を超えるグローバル企業である。このため、役員報酬にもグローバルスタンダードを適用している。ただし、日本の自動車メーカーとしては報酬水準が高く、たびたび批判の的となってきた。

 一般に、欧米企業と比べると、日本の経営陣への報酬は相対的に低い。たとえば、ゼネラルモーターズの最高経営責任者(CEO)、メアリー・バーラ氏は2024年に約2950万ドル(約45億円)を受け取った。一方、トヨタ自動車の豊田章男会長の報酬は約16億円で、日本の自動車業界では最高額だった。この水準と比較すれば、日産の前執行役4人に対する報酬総額6億円超は、突出して高額とはいえない。しかし問題は、報酬の

・支給時期

・根拠

にある。とくに業績不振による引責辞任と報酬支給が重なる場合、制度上の正当性があっても、世間の批判は避けがたい。

 実際、ステランティスのカルロス・タバレス前CEOは2024年末の退任時、報酬がわずか12万ユーロ(約2000万円)にとどまった。前年には3650万ユーロ(約60億円)を得ていたが、株主の強い反発によって大幅に減額された経緯がある。

内部統治としてのリスク評価

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第126回定時株主総会招集通知に記載された報酬構成割合(画像:日産自動車)

 本来、業績と経営責任、そして報酬は連動すべき関係にある。業績が悪化すれば、報酬も減額されるのが原則だ。だが、両者の関係が不透明な場合、インセンティブ構造が逆転しかねず、業績と報酬の整合性が取れているとはいい難くなる。

 日産のケースでは、役員の退任が自主的なものか、あるいは事実上の更迭かが曖昧だ。そのため、支給される報酬の正当性に疑念が生じ、企業としての信頼を損なうリスクがある。

 加えて、日産の報酬制度が本当に長期的な価値創出につながるかについても、検証の余地がある。報酬目標が単年度に限定されると、長期成長への関心が希薄になり、企業価値を損ねる可能性がある。

 こうした懸念に対応するかたちで、日産は2024年度から業績連動型インセンティブ報酬の設定期間を、単年から3事業年度の通期に変更した。また、役位が上がるほど変動報酬の比率が高まる設計となっており、一定の透明性確保に向けた制度改革も進めている。

ステークホルダーの視点

 株主をはじめとするステークホルダーは、役員報酬が利益配分に照らして妥当かどうかに強い関心を寄せている。報酬の水準は、企業業績を示す重要な間接指標でもある。今回の6億円超の報酬が妥当かどうかは、6700億円超の巨額赤字との整合性が問われる。

 株主にとっては、配当が減額され、株価も低迷するなかでの高額報酬である。退任役員への資金支出として、内部資金の使途に疑念を抱かせる内容となっている。

 現場で働く従業員にとっては、さらに深刻な問題だ。日産は国内外で7工場の閉鎖を決定し、人員削減も進めている。そうした状況下で、経営陣が巨額の報酬を得ることへの反発は避けられず、現場の士気にも大きな影響を及ぼす。

 金融市場も冷静に状況を見ている。たとえ制度的に正当な報酬であっても、企業統治の信頼性には疑念が生じる。ガバナンスの観点からの不信感が強まれば、投資家による日産の評価は、今後いっそう厳しさを増すことになる。

この報酬が成立した理由

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日産経営再建計画 Re:Nissan(画像:日産自動車)

 なぜこのような巨額報酬の支払いが実現したのか。いくつかの視点から、その背景を検証する。

 第一に、退任後における情報管理上の措置と見る立場がある。退職した役員が、在任中に得た経営内部の詳細な情報を外部に漏洩することは、企業価値の棄損に直結するリスクをともなう。報酬の一部は、こうしたリスクの封じ込めに充てられている可能性がある。契約上、退任後も一定期間は情報開示の制限や他社への就業制限が課されることが多く、それを担保するための資金的裏付けと解釈されうる。

 第二に、経営判断の収束にかかる交渉コストの圧縮策としての性格である。特に経営権の移行過程では、方針転換や責任所在の明確化を巡って、組織内に緊張が生じやすい。報酬は、こうした摩擦を最小限にとどめ、決着を迅速に図るための装置として機能する。見方を変えれば、これまでの決定に対する事後的な是認を前提とした合意形成コストの一部であり、組織内の対立が表面化することを防ぐ手段として位置づけられる。加えて、日産が外資系企業と同等の人材流動性を確保しようとする動きがある場合、国際比較に耐えうる報酬体系を外部に提示することも、将来の経営人材の採用環境を整備するうえで無視できないファクターとなる。

 第三に、経営責任の所在をあいまいにすることで、制度上の継続性と対外的な印象操作を両立させる手段であった可能性がある。事実上の更迭であっても、形式的には計画的な退任と位置付け、企業イメージの毀損を回避する。その際、金銭的な譲歩によって本人の異議申し立てを抑制し、後続の経営に波及しないよう配慮したと捉えることができる。役員報酬が経営判断の責任所在を不明確にし、一定のストーリーラインを保持するための「封じ込め策」として使用されることは、グローバル企業ではしばしば見られる構造的対応である。

 いずれの仮説にも共通するのは、報酬が単純な労働対価ではなく、

・情報統制

・人事政策

・組織統合

といった経営基盤にかかわる不可視のコストを内包している点である。その意味で、金額の多寡だけで妥当性を測るのは適切ではない。

 問題は、それらの報酬支出が、企業としての持続可能性とどのような整合性を保ちうるのか、という問いに対し、説明が十分になされているかどうかにある。報酬決定のプロセスが、内部調整や外部発信を優先するあまり、本来の説明責任を後景に追いやっていたとすれば、それ自体が経営ガバナンスの重大な機能不全を示している。今回の支出は、企業の金銭的判断能力と情報公開姿勢に対する試金石といえる。

独立性検証の焦点化

 報酬委員会の構成や権限が適正だったかの検証も必要だ。制度の透明性に加え、説明責任の履行が求められる。特に、社外取締役の独立性が機能していたかが焦点になる。

 情報開示のあり方にも課題が残る。報酬額の開示だけでは不十分であり、その根拠となる制度設計への踏み込んだ説明が不可欠だ。

 さらに、退職時に支払われる報酬が後出し支給であれば、経営責任が曖昧になるリスクがある。ガバナンス不信を抱える企業においては、報酬のタイミングに一層の慎重さが求められる。

 次期経営層には、報酬制度の信頼回復が課題として突きつけられている。その出発点は、報酬を経営責任を反映する指標として捉える認識にある。それは企業全体が共有すべき姿勢である。

価格は金額ではなく意味で決まる

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日産自動車のロゴマーク(画像:EPA=時事

 世間は、報酬金額にどのような意味が込められているのかを注視する。それは過去の功績への対価なのか。あるいは、未来の沈黙を買うための対価なのか。本質的に問われるのは、その支払い方法に納得性があるかどうかだ。

 企業にとってコストとは資本の移動であり、同時に信頼の表現でもある。この支払いを高いと見るか、妥当と受け取るかは、その企業が何を重視するかによって変わってくる。

 報酬の意味をどう捉えるか。企業の価値観とは何か。読者の視点を問いたい。