日本「1人当たり」でポーランドにも抜かれる真因

(写真:PIXTA)
1人当たりでついにポーランドに抜かれる?
――スミスさんは、FDI(海外直接投資)が日本に大きな違いをもたらすと論じていますね。
【写真】日本が大好きで、日本に住んだこともあるエコノミストのノア・スミス氏
スミス:FDIにはさまざまな種類があるが、ここで語りたいのは外国人が日本の不動産を取得するといった類のことではない。
日本におけるFDIの伝統的なモデルは、外国企業が日本市場でモノを売るために、独自で事業を立ち上げるより、日本企業を買収して市場への足がかりを得るというものだ。私自身はこの種のM&Aはあまり役に立たないと思っている。日本政府と企業が警戒したのは正しかった。
もう1つ、日本では軽視されているFDIが「グリーンフィールド」投資だ。TSMCが熊本に工場を設立したり、サムスンが横浜に研究開発拠点を置いたり、アメリカのベンチャーキャピタル(VC)がサカナAIに投資するといった性質の投資で、私自身は、日本はもっと多くのグリーンフィールド投資が必要だと強く信じている。
例えば、人口3800万人のポーランドは今年、1人当たりGDPで日本を上回る公算だ。ポーランドには誰もが知るようなブランドもなければ、買収するような会社もない。何が成功しているかというとグリーンフィールド投資だ。
ドイツのフォルクスワーゲンや、イタリアのフィアットは工場の他に、研究センターやサービス部門、バックオフィス機能などもポーランドに構えている。他にも多くのヨーロッパ企業がポーランドにさまざまな機能を置いている。
シンガポールやアイルランドも日本よりはるかに豊かだ。では、シンガポールの有名な企業を1つでも挙げられるか?シンガポールの有名なスタートアップは?アイルランドの有名なスタートアップは?どれも名前が出てこないだろう。

(撮影:尾形 文繁)
アメリカもこの点では非常に成功している。トランプ政権下でどうなるかわからないが、トヨタも、フォルクスワーゲンも、TSMCもアメリカに工場を建設している。世界のトップ企業はアメリカに工場を建設したがっている。
では日本はどうか。これこそが日本経済の大きな穴の1つであり、これから日本が得られる大きな機会でもある。TSMCは日本に工場を建てたが、世界のすべての半導体企業、自動車企業、家電メーカーは日本に工場や事業を持つべきだし、世界のすべてのAI企業も日本に建設されたデータセンターでモデルをトレーニングするべきなんだ。
FDIは新鮮なアイデアをもたらす
カッツ:日本の場合、M&Aも役に立ってきたという研究を見てきた。問題はその件数が非常に少ないため、かなり科学的な研究を行うのが難しいということだ。ともあれ、FDIで重要なのは、適切な種類のM&Aであろうと、グリーンフィールド投資であろうと、新鮮なアイデアをもたらすということだ。
日本の自動車会社がアメリカに工場を建設したとき、日本式のアイデアが広まり、アメリカの自動車会社の生産性が向上した。外国企業が進出する場合、工場を建設するにしても、企業を買収するにしても、そこには波及効果がある。外国企業で働いた従業員が独立して起業したり、別の会社に移ったりするとアイデアも広まる。問題の解決方法も1つではないということもわかってくる。
スミス:海外企業によるM&Aでは、従業員の多くが日本に転勤してこない。日本企業を買収して日本市場での販売を狙う企業の場合、多くは「買収した企業がローカル市場のことは知っているからそれを活かしたい」と考える。
が、実際には外国企業は文化的な問題もあって日本人従業員をうまくマネジメントできないことが多い。数少ない本国からの転勤者も日本企業のローカル文化の中で迷子になってしまう。
そして、M&Aではあまりいい企業文化を持っていない企業が狙われやすい。だから、数人の本国社員が来たところでそれを根本的に変えることはできない。結果的に、M&Aによる投資では技術移転があまり起きることがない。M&Aが日本国内市場での販売などを目的としているならなおさらだ。
日本は「輸出が得意ではない」という事実
スミス:FDIには国内市場向けと、輸出向けの違いがあるという点も今まであまり議論されてこなかったが、これは重要なポイントだ。
日本のマクロ経済統計を見ると、わかることがある。それは、実は日本は輸出が得意な国ではない、ということだ。「日本は輸出大国だ」というステレオタイプがあるけれど、それは事実ではない。
高度経済成長期、1980年代、1970年代、どの時代でも、 日本の輸出はGDPの15%を超えたことがない。足元では円安によって上昇しているが、韓国では5割近くなのを踏まえると、日本の水準は低い。
国内市場が縮小している中で、日本はもっと”輸出志向”にならないといけない。M&Aであれ、グリーンフィールド投資であれ、最終的な目標は輸出を増やすことにすべきだ。ただ輸出に向いたFDIはグリーンフィールド投資のほうが多い。
カッツ:貿易が非常に有益な理由の1つは、他者のアイデアに触れられるだけでなく、競争にもさらされることにある。競争は、コーポレートガバナンス強化よりも、企業が業績を改善させなければならない原動力になる。
ーーカッツさんは日本の低賃金を問題視していますね。
カッツ:経済を安定させるためには、“労働者が1時間当たりに生み出す価値”と、“その労働者が受け取る実質賃金”が、長期的には同じペースで伸びなければならない。これがずれてしまうと、経済はどんどん不安定になっていく。モノやサービスを買える人がいなくなってしまうからだ。
そして結局、政府の財政赤字に頼ることになり、金利はどんどん下がっていく。日本はもう四半世紀にわたってゼロ金利を続けている。多くの国で、“生産性の成長”と“賃金の成長”の間にギャップがあるが、日本のそれはとてつもなく大きい。

(撮影:尾形 文繁)
日本では、この25年間、実質賃金の平均がゼロ成長状態にある。正社員だけに絞って見ても、成長率はほんの数%に留まる。結果的に、人々がモノを買えない→需要が低迷→経済が不安定→財政赤字が慢性化という流れになっている。
一方で企業は内部留保が増えているにも関わらず、何もやっていない。株主に還元させる金融システムもなければ、労働者による運動も脆弱で賃金にも回されない。
賃金の問題を解決できれば、日本のマクロ経済は安定するし、マクロ経済が安定すれば、平均的な成長率も上がる。今みたいに好況と不況の繰り返しになるのではなくてね。
間違った認識が広がっている?
スミス:その点についてはちょっと反論したい。「賃金が生産性に追いついていない」という主張――これは実は間違っている。ただの小さな間違いとか、ニュアンスの違いっていうレベルじゃない。かなり大きく間違っていて、誤った神話が広まってしまったんだ。
アメリカのシクタンク、経済政策研究所(EPI)が誤解を招くようなグラフを発表して、それがバズって今ではミーム的に扱われるようになってしまった。
実際に、生産性と賃金が乖離しているように見せるために彼らは2つのことをした。1つは、2つの系列で異なるインフレ率を使用した。つまり、異なる物価を基準に測定しており、これは会計上の誤りだ。後日、その誤りを修正し、乖離が縮小したグラフを発表している。
2つ目には、平均生産性と中央値賃金を比較した。平均値同士で比較すれば乖離は非常に小さいレベルにまで縮小する。それでも乖離が残るのは、企業の利益のほうが、労働所得よりも速く増えているからだと言われている。
が、経済学者のマシュー・ログリーが企業の所得を詳細に分解した結果、この乖離はほぼすべて“土地価値の上昇”によって説明できると判明した。つまり、アメリカの土地の価値は、何らかの形で資本所得に計上されており(家賃収入など)、それが乖離の原因となっていた、というものだ。この3つの点を修正すると、賃金と生産性には乖離がなくなる。
カッツ:しかし、経済協力開発機構(OECD)はそうは言っていない。OECDは今でも、生産性と賃金の乖離について継続的に報告を出している。これはEPIの誤解だけで片づけられる話ではない。
日本企業が「お金を貯め込んでいる」大問題
スミス:日本企業が現金を溜め込んで使っていないというのには同意する。実際に起きたことは、企業は投資にお金を回すのではなく、銀行からの借入れをやめたことだ。現金を手元に置いておくか、内部留保からやりくりするようになっただけだった。
現金を貯め込むという行為自体が大きな問題だ。基本的に、金融システムというのは、“小さな企業が大きく成長するための資金供給”に向けてお金を流すべきで、企業もその現金を投資に回すべきだが、では、日本のように人口が減っていく市場で投資をする気になるか?
もちろん、生産性を高めれば、購買力や賃金が上がって経済全体の力も増すだろう。だが、それは人口が減っていく中でのわずかな調整にすぎない。
移民という選択肢もある。が、移民が人口を増やす効果は直線的で、人口減少は指数的だ。問題は、移民も年を取るということ。移民によって総人口を増加させることはできても、年齢構成を変えるという点での影響は限定的だ。各国とも出生率を上げる方策を練っているが、根本的な解決策は見つかっていない。
そこでやはり重要になってくるのは輸出しかない。日本が相手にするのはグローバル経済でなければならず、これが現実的に考えて唯一の成長方法だ。賃金の改善によって消費における好循環がもたらされることは確かだが、人口が減少している場合、賃金の上昇は人口減少による相対的な影響をわずかに相殺することしかできない。
日本が韓国並みに輸出できるようになれば、企業は利益を投資に回すことができ、賃金も押し上げられる。それによって消費も活発化するという好循環が生まれるだろう。
15年後には大きく変わっている
ーーそれが実現するにはどれくらいの期間が必要でしょうか。
スミス:15年でできるだろう。ただいますぐ始めなければいけない。始めるのに最適なタイミングは昨日、2番目にいいのは今日だ。
カッツ: 日本がグローバルなベンチマークレベルに20年で達することができるとなると、年間1%ではなく、年間2.5%あるいは3%成長する可能性がある。成長のカギとなるのはどこにどれだけ賢く投資をするかだろう。日本は多額のデジタル投資を行っているが、その投資を理解して行っていないと、効果は小さなものになってしまう。
高度成長期の日本は誰もが知るように、非常に多くの新製品を発明していた。日本がたんに優れた模倣者だという考え方はナンセンスで、気候変動と戦うための主要技術から電気自動車、リチウムイオン電池に至るまで日本が開発したものだ。
今の日本企業はかつてのようにイノベーションを経済的価値に変える能力がなくなっているが、それでも投資は重要で、賢い投資、革新的な投資をしなければならない。
対談の1回目はこちら:「この30年で日本は驚くほど変わった」日本大好きエコノミストと、知日派ジャーナリストが見た日本で起きている”劇的な変化”