「中国に対抗できる数少ない戦力」元幹部自衛官が語る意外に知らない海上自衛隊潜水艦のあれこれ

海上自衛隊の最新鋭艦「たいげい」型4番艦『らいげい』。「たいげい」型はリチウムイオン蓄電池を搭載したことなどから潜航性能が上昇した(海上自衛隊HPより)
現実には日本の海上自衛隊が持たない原子力潜水艦「やまと」と艦長である海江田四郎2等海佐が日本の指揮下から離脱するというストーリーで累計3200万部の大ヒットとなったかわぐちかいじ氏の『沈黙の艦隊』(講談社)。連載終了後20年以上経った’23年には実写映画が公開され、今年の9月26日にはその続編の公開も決まっている。
そもそもモチーフにした作品がほとんどない潜水艦だが、実際にはどんな用途で使われており、どんなメカニズムで「潜る」のだろうか。そんな未だ知られていないことの多い潜水艦に関する知識をあますところなく網羅した『海上自衛隊 潜水艦 最強ファイル』(オオカミ少佐・著/河出書房新社)が刊行された。著者であり、元海上自衛隊幹部でYouTuberでもあるオオカミ少佐を取材した。
潜水艦の優劣は何で決まるのか
「『沈黙の艦隊』は中学生の時にどっぷりハマった大好きな作品です。実際に海上自衛官を経験した後では突っ込みどころはありますが、自衛隊や潜水艦について知ってもらう上でも、この作品は非常に有益だったと思います」(オオカミ少佐、以下コメントはすべて)
一方で「ただ誤ったイメージを持たせてしまっている部分もあります」という。そんな、一般には知られていない知識を伝えるというのも、YouTubeを始めるキッカケになっているそうだ。
「潜水艦の性能を、潜航深度や速力で表現するのは、読者はイメージしやすいかもしれませんが、潜水艦の優劣は求められている用途によって異なります。その上で強いて言うなら静粛性と探知能力、いかに相手に見つからず、いかに相手を見つけるか、が重要なのです。
日本の潜水艦について言うならば、敵の潜水艦に対抗するというのが第一義的な存在意義。一言で言うと、日本近海において、敵の艦艇、とりわけ潜水艦の行動を制限することです。潜水艦というのは待ち伏せに適した兵器で、中でも通常型潜水艦というのは、その能力の大半を待ち伏せに割り振っています。
日本近海の海域が狭まっている“チョークポイント”と呼ばれる、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡、大隅海峡、最近クローズアップされる沖縄本島から宮古島にかかる辺りなどは、ここを通らないと太平洋にアクセスできないので特に重要です。こうした海域において相手に“潜水艦が潜んでいるかも”と思わせるだけでも、相手は対潜水艦戦の想定もしなくてはならなくなり、行動が制限されるのです」
原子力潜水艦と通常型は何が違うのか
『沈黙の艦隊』で登場する「やまと」は原潜だが、現在の海上自衛隊で運用されているのは通常型潜水艦で、これはディーゼルエンジンにより発電し、バッテリーに蓄えた電力を用いることで海中においてもモーターを駆動させ、潜航を可能にする仕組みとなっている。
通常型のディーゼルエンジンを回すには海面に近い浅い深度まで浮上し、スノーケルと呼ばれる管を海面上に出して給排気を行わなければならない。だが、それも捕捉されないよう船体は潜航したまま行い、頻度も必要最小限。探知されないために極力通信も控えるそうだ。片や、原潜は給排気を必要としない原子力発電によって電力を生み出すため、空気を求めて海面付近まで浮上する必要がなく、いつまででも潜っていられるだろう。いったい、どちらの能力が高いのか? 素人でも関心のあるところだ。
「1対1で戦ったら、原潜のほうに分がありますね。まず、なぜ原潜が強いかといえば、電力の制限がない。現実には3ヵ月くらいが限界ですが、中の人間がダウンしない限り半永久的に潜っていられる。
それに対して通常型は、潜水艦の世代や使用する速力にもよりますが、数日から数週間位が限度。最新型ではバッテリーも蓄電量の大きいリチウムイオンになり、良くはなりましたが。演習では通常型が勝つこともありますが、時間無制限で範囲も制限せず、お互いのどちらかが沈むまで……という場合、それは実際により近いルールといえると思いますが、原潜のほうが圧倒的に有利です」
自衛隊が原潜を持たない理由
ではなぜ自衛隊に原潜が導入されないのだろうか。やはり国民の原子力発電へのアレルギーが大きいのだろうか……。
「それもありますね。加えて、やはりコスト。艦艇と戦うことを主目的にした潜水艦の場合、建造費だけで原潜は約4000億円で、約700億円の通常型の5~6倍の値段になり、それに加えて乗員も2倍ぐらい必要です。
加えて、一般的な原潜は10年に一度ぐらい、船体を真っ二つにして核燃料を交換しなければならず、非常に危険でコストがかかる。また、使い終わって廃棄するときにも、原発の原子炉を廃棄するのと同じようにコストがかかるんです。そんな原潜を必要数揃えられるかといえば、厳しい。アメリカと違って、日本では、近海を守っていれば良いのでメリットは“今までのところ”なかった」
ただ、それも“今までのところ”だ。一部では原潜の運用を……という声も聞かれる。
「今、防衛省の進めている研究に、潜水艦に弾道ミサイルを発射させるための垂直発射装置(VLS)を搭載させるというものがあります。ミサイルは、基本的により大きければ、より強力で遠くに飛ばすことができます。VLSは通常型にも搭載可能ですが、一般に原潜は通常型より大型化しやすく、半永久的に潜航できるといった特性(見つからないので敵からの攻撃を受けにくい)から原潜のほうがVLS搭載には向いています。潜水艦に対地攻撃を課す必要性が高まれば、原潜を求める声が強くなるかもしれません」
旧海軍時代から100年培ってきた技術
現在の日本で第一の仮想敵国として考えられるのは中国。ここ30年で、中国の国防予算は30倍以上増え36兆円になったという。近年までその予算を5兆円程度でやってきた日本は水をあけられてしまっている。単純に中国の戦力が日本の能力を上回ったというだけでなく、その活動を活発化させている。そんな中国への脅威にも、海上自衛隊の潜水艦は優位に立っているそうだ。
「ここ20年で、中国軍の能力は自衛隊を凌駕しています。航空戦力も水上艦の戦力もそう。ただし、潜水艦の能力というのは、それらと違って、簡単に増強できるものではありません。例えば、最新鋭の潜水艦の図面を手に入れて、お金をつぎ込めば建造できるかといえば、違います。潜水艦を造る上での材質もそう。
深く潜る潜水艦の耐圧殻は高い水圧に耐えるために真円であることが求められます。そのための材料は、丸くするために柔らかく加工しやすく、同時に水圧に耐えうるだけの硬さも求められるという矛盾した性質を両立させなくてはいけない。これには基礎段階から高いレベルの材料工学の研究と加工技術が必要になります。熟練した人間の技術がないとできない。
中に積む機材に関しても、それぞれが接触していると故障の原因にもなり、潜水艦が嫌う音の発生に繋がる。そのため、実際に積む段階でミリ単位の調整が必要で、それにも熟練性が求められますから潜水艦はその国の工業力の結晶ともいえるでしょう」
このようなノウハウは一朝一夕に得られるものではない。日本の潜水艦技術は旧日本海軍から100年かけて、そして川崎重工や三菱重工などの大手企業だけではなく、数千ともいわれる国内の関連企業を含め、培って維持してきたものだ。そして、そんな能力は建造面だけに表れているわけではないという。
「ハードの面だけでなく、潜水艦乗りの技量についても同じ。潜水艦はしかるべき優れた潜水艦乗りが使わないと、その真価を発揮せず、役に立ちません。『沈黙の艦隊』で相手を翻弄した海江田艦長のような技量が必要といえばイメージしやすいでしょうが、そうした『ヒト』を育てるには長い時間を要します」
中国は潜水艦戦力の拡張に関しては手を焼いており、アメリカの潜水艦に比べて、まだ2~3世代遅れているとのこと。日本の海上自衛隊の潜水艦戦力は、中国に対抗できる数少ない戦力の一つ。数の上での劣勢を質でカバーするしかないという。
日本を取り巻く状況の中で、海上自衛隊の潜水艦の重要性は増しているのだ。

潜航と浮上の仕組み。メインバラストタンクから空気を抜いて海水を入れることで潜航でき、逆に海水を抜いて空気を入れると浮上する(『海上自衛隊 潜水艦 最強ファイル』より)

「たいげい」型の艦内図。そもそも潜水艦は容量が限られるが、リチウム蓄電池搭載に加えて浮甲板構造を採用したために、居住性が犠牲にならざるを得なくなっている(『海上自衛隊 潜水艦 最強ファイル』より)

『たいげい』。現在は試験潜水艦となっている(海上自衛隊HPより)

潜水艦の戦闘や、最新鋭艦「たいげい」型の全貌など、海上自衛隊の潜水艦に関するあらゆる情報を網羅している
『海上自衛隊 潜水艦 最強ファイル』(オオカミ少佐・著/河出書房新社)