中国EV業界で“淘汰の波”が本格化─哪吒汽車の破綻が意味するものとは

中国EV業界で“淘汰の波”が本格化─哪吒汽車の破綻が意味するものとは
新興EVメーカーの象徴だった哪吒汽車が、ついに破産再建へ

2025年6月13日、中国政府が運営する「全国企業破産重整案件信息網」において、哪吒汽車(ナタ汽車)の母体企業である「合衆新能源汽車股份有限公司」に関する破産審査案件の情報が新たに公開されました。この情報によると、破産管理人には浙江省の法律事務所である「浙江子城律師事務所」が選任されており、破産再建の手続きが正式に開始されたことになります。つい数年前まで「造車新勢力」の希望の星として脚光を浴びていた同社の転落劇は、中国自動車業界のみならず、サプライチェーンに関係する多くの企業関係者に大きな衝撃を与えています。
哪吒汽車は、2018年6月にブランドとして正式に発表された、比較的新しい電動車ブランドです。社名に使われている「哪吒」は、中国古代の神話に登場する若き英雄の名前であり、反骨精神や自立心の象徴とも言われています。ブランドとしてもそのイメージを前面に押し出し、主に若年層をターゲットにしたリーズナブルでハイテク志向のEVを展開してきました。販売価格帯は一般庶民にも手が届く設定で、都市部の中間層を中心に着実にファンを獲得していきました。
とくに2022年は同社にとって飛躍の年となりました。この年、哪吒汽車は年間15.21万台という販売台数を記録し、蔚来(NIO)、理想汽車(Li Auto)、小鵬汽車(XPeng)などの競合を抑えて、“造車新勢力”と呼ばれる新興EVメーカーのなかで販売実績トップに立つ快挙を達成しました。新興勢力のなかでも、特に「地方政府による支援を受けた数少ない成功例」として注目を集めた同社でしたが、その成功は長続きせず、2023年以降、事業環境の急変により一気に失速することになります。
経営悪化のきっかけ:政策変更と競争激化の波

哪吒汽車が急速に経営危機へと向かった背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。最大の原因は、中国政府が進めるEV産業政策の見直しです。これまで中国政府は、EV普及を国家戦略の柱に据え、新規参入企業に対しても販売補助金や税制優遇といった強力な支援を提供してきました。こうした制度は、新興企業にとって追い風となり、短期間での成長を可能にしてきたのです。
しかし、2023年に入ると政策は大きく方向転換します。補助金の段階的な削減が始まり、一定の生産実績や技術要件を満たさない企業には資金が流れにくくなりました。このような制度変更により、財務基盤の脆弱な新興メーカーは資金調達に苦しみ始め、淘汰の波にさらされていくことになります。
さらに、市場の競争環境も過酷さを増していきました。テスラは価格を大幅に引き下げて中国市場での攻勢を強め、先週のニュースレターで取り上げた中国の老舗メーカーであるBYDもコスト競争力と技術力の両面で圧倒的な優位性を確立。これにより、哪吒汽車のような中堅新興勢力は、価格面でもブランド力でも埋めがたい差を突きつけられることになりました。
結果として、哪吒汽車は販売台数の減少に直面し、それがそのまま収益の減少と資金繰りの悪化へと直結しました。製品開発のペースも鈍化し、徐々に市場の注目から外れていきました。経営の立て直しを試みるも、減産、コスト削減、リストラなどの施策は負のスパイラルを断ち切るには至らず、深刻な経営不振に陥っていきました。
給与未払い、口座凍結…経営危機が表面化

2024年下半期、同社は経営再建を図るために大規模なリストラに踏み切りました。しかし、退職した社員の多くがいまだに退職金を受け取っていない状況が続いており、従業員との間に深刻な不信感が広がっていました。そうした中、2025年に入り、ついに現役社員への給与の支払いすら滞るようになります。企業内部の混乱は日に日に深刻化し、社員の間では不安と不満が募っていました。
そして2025年6月11日、ついに事態は公の場で爆発します。どんよりとした空気が漂う上海の本社オフィスにて、従業員たちが方運舟CEOの執務室前に集まり、給与の支払いを求める抗議活動を始めたのです。SNSにはその様子を収めた動画が多数投稿され、大きな話題を呼びました。動画のなかでは、方CEOが「君たちは何をしているのか?」と問いかけると、社員のひとりが「給与を要求している」とはっきり答え、さらに「今ここで説明してほしい」と詰め寄る場面も記録されています。
このような混乱は、単なる内部トラブルではなく、同社の資金繰りの深刻さを如実に物語っています。たとえば、2025年3月14日、裁判所の命令により凍結された哪吒汽車関連会社の銀行口座を調べたところ、招商銀行の残高は14.74元(約300円)、平安銀行は439.29元で、合計してもわずか約500元程度しか残っていないことが明らかになりました。この事実は、法的手続きを経ても実際には資産回収が困難であることを意味しており、従業員や取引先にとっては深刻な事態となっています。
上海撤退と事実上の業務停止

2025年5月末、哪吒汽車の象徴的存在でもあった上海・普陀区のグローバル旗艦センターから、ロゴや社名表示などすべての看板が撤去されました。この場所は、単なるオフィススペースではなく、同社が「グローバルブランド」を志向する象徴として設計された拠点であり、ショールーム機能を持つ発信基地でもありました。その完全撤退は、経営方針の転換ではなく、もはや「継続不能」であることの無言の表明にほかなりません。
代替として、虹橋ビジネスエリアへの本社機能の移転が計画されていましたが、その新拠点でも事態は落ち着くことなく、業務開始直後から従業員による抗議活動が再燃しました。従業員は「会社からの一方的な通告によって契約が解除された」「賃金が支払われていない」といった不満を募らせており、新オフィスには落ち着いた労働環境など望むべくもない状況でした。
そして6月12日には、全社員に対して突如「在宅勤務の実施」が通達され、あわせてオフィスの入館証が無効化されるという異例の対応が取られました。さらに、個人の私物を社内から持ち出すためには、行政部門を通じて事前申請を行い、地元当局やビル管理会社の許可を得る必要があるとされ、実質的には社員の立ち入りすら困難な状態となっています。
社内の重要機能を担う部門──たとえば法務、財務、総務などの中核スタッフも相次いで退職しており、社内オペレーションは完全に麻痺しています。経営トップの方運舟CEOも、従業員との対立や外部からの圧力を受けて、上海を離れ、浙江省桐郷市にある生産拠点での業務継続に拠点を移したと報じられています。桐郷市は、破産手続きの対象となっている「合衆新能源汽車股份有限公司」の法人登記地でもあり、同社が実際に運営してきた工場や物流設備が集中する地域です。これにより、同社は事実上、上海からの全面撤退を果たす形となりました。
国有資本の限界と未達に終わった救済資金
哪吒汽車は、その設立当初から地方政府系の資本が出資する国有ファンドとの関係が深く、いわば「官民ハイブリッド型」の新興EVメーカーとして出発しました。最大株主である「南寧民生新能源産業投資合伙企業(有限合伙)」は、南寧市の国有資産監督管理委員会(国資委)が主要出資者として関与しており、その他にも江西省宜春市や浙江省桐郷市といった地方政府が出資する法人が株主として名を連ねています。
このような“国有資本”によるバックアップは、新興企業にとって信用力を高める武器となる一方で、再建の過程では多くの制約や限界も生むことがあります。実際、哪吒汽車は2025年5月時点で累計1.99億元(約40億円)におよぶ手形の不履行を抱えており、短期的な債務返済に苦しんでいました。これにより、取引先との信頼関係は急速に損なわれ、債務再編を進めようにも、実効性のあるプランを提示することができなかったのです。
さらに追い打ちをかけたのが、同社創業者であり経営トップでもある方運舟CEOが保有する2000万元(約4億円)相当の株式が、2025年5月13日から2028年5月12日までの長期凍結措置を受けたという事実です。この措置により、方氏個人が保有する持ち株を担保にした資金調達や出資引き受けといった手段も封じられ、企業再建に必要な柔軟な資金運用が不可能となってしまいました。
こうした状況のなか、哪吒汽車は2025年初頭に「Eラウンド」と呼ばれる資金調達プランを発表しました。これは、新規資金として約40~45億元(約800~900億円)を調達するというもので、なかでもメインの投資家が30億元を出資することが内定していました。しかし、この融資は既存の債務問題が解決されることを前提条件としていたため、実行には至りませんでした。
同年3月には134社にのぼる主要サプライヤーと「債権の株式転換(デット・エクイティ・スワップ)」に合意し、20億元超の負債圧縮を図る計画を打ち出しましたが、これはあくまで暫定的な合意にすぎず、実際に資金が動くまでには至らなかったのです。結果として、哪吒汽車は信頼を回復することができず、破産再建という最後の選択肢を取らざるを得ませんでした。
「造車新勢力」からの脱落─中国EV業界に広がる淘汰の波
哪吒汽車の破綻は、ひとつの企業の経営破綻にとどまらず、中国のEV業界全体が迎えている“構造的な選別の時代”の到来を象徴する出来事だといえます。2015年前後から加速したEV新興企業ブームにより、多数のブランドが誕生しましたが、その多くが実際の競争環境の中で持続的に成長する力を持ち合わせていなかったことが、ここにきて明るみに出ています。
中国政府によるEV補助金政策の縮小は、新興メーカーにとって死活問題となっています。これまで「補助金頼み」で成長してきた企業は、独立採算の経営に切り替える体制を整えないまま、市場の変化に取り残されていきました。
また、競争の土俵そのものも変化しています。単なる電動化だけでは差別化できず、自動運転、AI、車載OS、バッテリー、通信技術など、多岐にわたる分野での総合力が問われる時代に入っています。
こうしたなかで生き残るためには、技術開発力と資金力の両方をバランスよく保有していることが不可欠です。たとえば、BYDのように電池と車両の垂直統合型ビジネスモデルを確立している企業や、理想汽車のように明確なユーザーターゲティングと自社開発を強みとする企業が、次世代の主役として存在感を強めています。
逆にいえば、哪吒汽車のように「コンセプトは先進的だが、実行力や持続性に欠ける企業」は、今後も容赦なく市場から退場を迫られることでしょう。中国EV市場はすでに「競争から選別」へとフェーズが移行しており、その波は今後も加速していくと見られます。
日本企業への示唆:協業相手の「本質」を見極める力
今回の哪吒汽車の破綻劇は、日本企業にとっても決して他人事ではありません。むしろ、日系企業が中国市場でパートナーシップを組むうえで、いかにしてリスクを見極めるべきか、そのヒントが詰まった象徴的な事例といえるでしょう。
まず最初に重視すべき点は、表面的な数字やブランド力に惑わされず、相手企業の財務的健全性や事業モデルの持続可能性を精査する視点を持つことです。哪吒汽車は、2022年には販売台数で新興EVメーカーのトップに立ち、一見すると非常に順調な成長軌道を描いているように見えました。しかし、売上の裏にある収益性や資金繰り、借入体制、資本構成といった「企業の基礎体力」が見えにくいまま、破綻という結末を迎えています。つまり、成長スピードの速さが必ずしも企業の健全性を意味しないという基本的な教訓が、ここにはあります。
次に、サプライチェーンリスクへの備えも不可欠です。今回の破綻では、哪吒汽車の数多くの供給業者が、代金未払いにより債権を回収できないまま泣き寝入りを強いられています。これは日本企業にとっても他人事ではなく、契約締結時点での与信管理、支払条件の明確化、債権担保の有無などを徹底する必要性を強く示しています。特に、地方政府や国有資本が出資している企業であっても、実際の財務状況や支払い能力は別問題であることを、今回の事例は明確に教えてくれました。
さらに見逃せないのが、政策環境の流動性です。中国では、政府の産業支援方針が短期間で大きく転換されることが珍しくありません。どれほど補助金に支えられていた企業であっても、政策が縮小・廃止されれば自立した競争力が求められるようになります。つまり、「政策ドリブン」で拡大した企業ほど、政策の変化に脆弱であるという構造的なリスクを、日本企業は常に念頭に置いておくべきです。
結びにかえて:変わりゆく中国EV市場をどう読むか
哪吒汽車の破綻は、単なる1社の経営破綻にとどまる話ではありません。これは、中国におけるEV業界全体が、補助金依存型の成長モデルから脱却し、「本物の競争力」を持つ企業のみが生き残るという新たな段階に入ったことを象徴しています。政府の支援、話題性、急成長といった要素だけでは企業は存続できず、資金調達力、技術開発の継続性、組織運営の透明性といった基本的な経営体力が問われる時代へと移行しているのです。
この変化のなかで、私たち日本企業が問われているのは、「どのように中国市場と向き合うべきか」という姿勢そのものです。たとえば、単に生産コストが安いという理由だけで中国企業と提携するのではなく、その企業が中長期的に持続可能なパートナーであるかどうかを、より深く見極める必要があります。中国の新興EV企業の多くは、まだ確固たる体制を築けていない段階でグローバル展開を視野に入れたパートナーシップを求めることが多いため、リスクとリターンのバランスを慎重に評価する姿勢が不可欠です。
また、日本企業側にも“思考の柔軟性”が求められます。中国市場の変化は非常に早く、昨日までの成功パターンが今日には通用しなくなることもあります。そのような環境では、「過去の成功事例」や「従来の商習慣」にとらわれず、現地の動きに即応する判断力と組織体制を整備することが求められるのです。
淘汰の波のなかで、誰が勝ち残り、誰が去るのかの構造的な変化を他山の石としてとらえ、日本企業自身が自社のパートナー戦略や海外事業戦略を再考する機会とすべきではないでしょうか。中国EV市場は依然として世界最大の成長市場であり続けますが、そこに残れるのは、「見かけ」ではなく「本質」を見抜ける者だけです。