石破総理! コメ不足対策もいいけど、高すぎる「自動車税」を何とかしてくれ!

7500万台の課税矛盾

 コメが足りなくなってきている。5kg入りのコメ1袋の平均価格は、2025年6月時点で4223円となり、1年前と比べてほぼ倍の水準に達している。一部の学校給食では提供日数の見直しが進み、小売店や飲食店では関連商品の値上げが相次いでいる。日々の食卓に直結する問題だけに、多くの人が敏感に反応している。一方で、「パンや麺があるから」と比較的冷静に受け止めている向きもあるようだ。ただ、国家の食料安全保障の観点から見れば、看過できない事態であることは間違いない。きちんと議論されるべき重要なテーマである。

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 そうした生活に直結するテーマとして、もう一つ視野に入れておきたい分野がある。長く議論の外に置かれてきたが、やはり私たちの暮らしに密接に関わっている。それが

「クルマ」

だ。とくに注目したいのは、使用していない時間帯であっても一定の費用が発生し続けるという仕組みが、今も当たり前のように残っている点である。

 コメの価格上昇をめぐって多くの声が上がっているように、保有にかかるコストについても、同様の問題意識が向けられてもよいのではないか。実際、クルマは日常的に家計に大きな影響を与えている。例えば、

・自動車税

・重量税

・消費税(購入時)

・車検費用

・任意保険料

・ガソリン税

・駐車場代

など、支出の項目は多岐にわたる。なかでも特徴的なのは、走行距離ではなく

「所有そのもの」

に対して課税される仕組みである。動かしていなくても、毎年数十万円単位で費用が発生している家庭は少なくない。

環境増税と長期保有の矛盾

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コメ(画像:写真AC)

 政府が進める物価高対策では、コメや電気、ガソリンといった消費ベースの負担軽減が中心となっている。しかし、自家用車は全国に7500万台以上あり、その保有コストが暮らしに与える影響は軽視できない。それにもかかわらず、この分野にはあまり手が入っていないのが現状だ。背景には、

「クルマを持つのはぜいたく」

といった価値観が、制度設計の底流に今も残っているのかもしれない。だが、現実には状況は大きく変わっている。

 例えば地方では、日々の買い物や通勤にクルマが欠かせないという家庭が多い。都心でも、子どもの送迎や高齢の家族の移動手段として、自家用車が重要な役割を果たしているケースは珍しくない。今や、クルマは選択的なぜいたく品というよりも、生活を支えるインフラの一部となっている。

 それにもかかわらず、動かさない期間にも課税され、クルマ齢が一定以上になると「環境負荷」などを理由に追加の負担が発生する制度が続いている。こうした仕組みが、長く乗り続けることの意義や努力と、かえって相容れないかたちになっているとすれば、何か見直すべき点があるのかもしれない。

 自家用車の保有コストについても、暮らしに即したかたちで制度を見直す局面が近づいているのではないだろうか。

地方を無視する制度設計

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クルマ(画像:写真AC)

 現在の制度は、クルマを手放す方向へと促しているわけではなさそうだ。むしろ、所有していること自体に対して費用が発生する構造が前提となっている。

 なぜ、そうした仕組みになっているのか。背景には、安定した歳入の確保と、自動車関連産業の事業モデル維持といった要素があると考えられる。利用頻度ではなく、保有台数に応じて課金する方式は、行政や企業にとって扱いやすい面もあるのだろう。こうした制度は、長年にわたり大きな見直しを受けることなく継続されてきた。

 近年はカーシェアやライドシェアの広がりが注目を集めており、脱・所有の流れを象徴するようにも映る。ただ、それらの活用が実際に進んでいるのは、

「都市部や若年層を中心とした限られた層」

にとどまっているのが現状である。郊外や地方では、交通インフラが十分に整備されておらず、自家用車の代替となる手段が乏しい。にもかかわらず、制度設計にはこうした地域ごとの事情が十分に反映されているとは言い難い。

 農業や漁業には、それぞれの実情に応じた支援措置が設けられている。それに比べて、自家用車に関しては、地域性や使用実態に応じた軽減措置はあまり見られない。とくに、

「古い」

「地方でしか使わない」

といった理由で、むしろ保有コストが高くなる傾向も見受けられる。クルマの維持が家計にとって重荷になるのは仕方のないこと、という受け止め方もあるが、そうした状況が制度によって固定化されている面も否めない。

 例えば、使った分に応じて支払うという仕組みであれば、一定の合理性があると考えられる。だが実際には、クルマを動かさず駐クルマ場に置いているだけでも、登録されているだけでも、年間でかなりの金額が発生している。こうした支出の多くは、実際の移動とは関係のないかたちで生じているのが実情である。

制度が生む移動格差

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クルマ(画像:写真AC)

 生活支援を考える上で、クルマの保有コストにも目を向ける必要があるように思える。なぜ、これほどまでの負担がかかっているのか。制度の仕組みをあらためて見直す時期に来ているのではないか。

 コメの在庫をめぐる議論と同様に、日々多くの人が支払い続けている「クルマという名の固定費」にも関心が向けられてよい。

 税制や保険、検査制度を含めた全体の枠組みは、現在の暮らし方や地域の実情にどこまで対応しているのか。見直しを視野に入れて議論する余地はある。都市部でクルマを持たない人からすれば、

「趣味で持っている」

「維持費は当然」

といった見方もあるかもしれない。ただ、現実にはクルマが日常の足として欠かせない地域も多い。

 移動は、生活の基盤を支えるインフラの一部といえる。その意味では、クルマにかかる費用や制度も、暮らしを支える政策の一環として位置づけることが求められていくのではないか。

 今やクルマを持つことは、単に自由な移動手段を手に入れるだけではなく、さまざまな費用の継続的な支払いとセットで成り立っている。この構造に対して、どのように向き合っていくか。暮らしの支え方を考えるうえで、クルマに関する制度もまた見直しの対象になりつつある。