「最近、問題視されているのはセルフレジでの不正」米国暮らし22年、現地在住日本人が感じた街の変化
決して対岸の火事ではない…日本人ユーチューバーに聞く「NYのリアル」
赤沢亮正経済財政・再生相が7回目のアメリカとの関税協議を終え30日午後帰国した。
7月9日が期限の相互関税の上乗せ分の停止期間を目前に、日本との自動車貿易に関して「不公平だ」と改めて不満を表明したトランプ大統領。アメリカ国内のテレビ番組に出演し、日本からの輸入自動車に課している25%の追加関税を見直さない可能性を示唆している。
4月以降、関税引き上げへの警戒から先手を打つ形での各企業の人員削減のニュースが増えたというアメリカ国内の雇用状況は、決して対岸の火事ではない。ニューヨークで20年以上暮らし、街のリアルをYouTubeで発信する日本人女性acchiさんに話を聞いた。

7月9日の関税引き上げを前に、ニューヨークで暮らす人々はどう生活しているのか?(PHOTO:アフロ)
トランプ政権下で増える「倒産・解雇」
トランプ政権が始動して約5ヵ月。世界中が関税引き上げ政策に振り回され、不安を抱える人も多いが、アメリカの経済中心地・ニューヨークで暮らす人々の生活は、どのような変化を見せているのだろうか。
「今のところ、関税引き上げの直接的な影響を感じることはありませんが、今年に入ってから企業の倒産や人員削減のニュースは確実に増えました」
そう話すのは、ニューヨーク在住歴22年の日本人女性で、YouTubeで現地の情報を発信するユーチューバーのacchiさん。普段はアパレルメーカーでテクニカルデザイナーとして働く彼女によると、トランプ新政権の政策による経済への影響はこれから本格化するとみられるが、すでに雇用市場には暗雲が立ち込めているという。

大学卒業後に渡米し、20年以上ニューヨーク州で暮らすユーチューバーのacchiさん
「実際に、テック企業の約3万人にも上る解雇や、イーロン・マスクの指導による、約28万人の公務員が解雇されたニュースは大きな話題になりました。また、物価高の影響や近年の激安ブランドの発展といった経済構造の変化から、大手チェーン店の倒産や閉店も目立っています」

ニューヨーク市内の街中。acchiさんは自転車通勤しているので、毎日この街の変化を肌で感じているという
さらに、4月以降は関税引き上げへの警戒から先手を打つ形での各企業の人員削減のニュースが増えた。今後、関税がさらに引き上げられることで、「これまで耐えてきた企業も限界を迎える可能性があるのでは」といった不安の声も聞かれるという。
この雇用不安の波は、ニューヨークで働く人々にも影響している。
「まわりの会社でも人員削減をしているところはけっこうあります。そして、少人数で仕事を回さないといけなくなったので、即戦力を求めるようになりました。そのため、経験者は再就職先が見つかりますが、新卒は就職先が見つからなくて苦労しているようです」
そこに追い打ちをかけているのが、今年の5月に再開された学生ローンの返済だ。新型コロナウイルス禍から猶予していた連邦学生ローンを強制的に回収することになった。アメリカの学生の約4300万人が学生ローンを組んでいて、多くが返済に苦しんでいるという。
「SNSでは『正社員どころかバイト先を見つけるのも苦労するのに、学生ローンの返済なんてムリ!』と嘆く若者の投稿をよく見かけます」
セルフレジでの不正が多発…物価高が直撃する生活

オーガニックのアボカド1個(大)3.29ドル。日本円で477円(‘25年5月なかば撮影時の1ドル145円で換算)
雇用不安に加えて、ニューヨーク市民の生活を直撃しているのが、コロナ禍から続く物価高だ。
「コロナ後期に一度大きく上昇した後、上がったり下がったりを繰り返していて、現在はコロナ前に比べて全体的に20%ほど高くなっています。お店やセールによって金額にバラつきがありますが、近所のスーパーでは、コロナ前は5ドル程度だったオーガニックの牛乳や卵(1ダース)が今では8ドルくらいにまで上がっています。
また、ガソリン価格は’20年には値下がりして1ガロン2.15ドルでしたが、’22年に4.5〜5ドルほどまで上がり、それからまた下がっていて、今は3.15ドルくらいです。ニューヨークは交通網が整っているため、私はあまり車を使用しませんが、他の州に住んでいて、車が主な移動手段になっている人たちの生活は圧迫されていると思います」
そのほか、金額は変わらずに内容量が減少する『シュリンクフレーション』も広がっているという。
「家賃も全体的に30%近く高くなり、金利も3%から7%に上がりました。ニューヨークでは家賃が年間3~5%上がるのは一般的ですし、そこにインフレも加わって、ついには家賃が払えなくなって車中泊する人も登場しました。地元メディアによると、ブルックリンにあるレッドフックという港町などに多いそうです。SNSでも、車の中で快適に過ごすライフハックや節約術を発信する人が増えました。
街中での軽犯罪も増えましたね。万引きが増えたホームセンターやドラッグストアでは警備員を配置したり、鍵付きのクリアケースに商品を入れたりして対策しています。最近、最も問題視されているのはセルフレジでの不正で、バーコードをスキャンしても支払いをせずに帰っちゃう人が多いんです」
さらに冬になると、また別の問題が深刻化する。
「寒くなると、ホームレスの人たちが地下鉄駅構内などで暖を取る姿が増えます。地元ニュースによると、彼らの多くは精神的な問題も抱えていて、突発的な行動に出ることもあるとか……。移民問題とも重なって、昨年の年末頃は地下鉄内での殺傷事件などのニュースも多かったですね」
コロナ給付金が招いた生活苦

世界最大の金融街フィナンシャル・ディストリクトに佇むニューヨーク証券取引所
こうした物価高による生活苦の背景には、コロナ禍での特殊な経済状況があった。
「正直なところ、一人ひとりの考え方や行動の積み重ねが、今の状況につながっている面もあると思います。というのも、コロナ禍で物価が上がり始めた当初は、政府の救済手当が手厚く、加えて給与も上昇していました。
在宅勤務に切り替わったことで、交通費やランチ代、デイケア(0歳児から就学前児童までを対象にしたベビーシッターのようなサービス)費用が不要になったこともあり、ほとんどの人に金銭的な余裕が生まれたんです」
しかし、将来に備えて貯金をするよりも、郊外の広い家に引っ越したり、生活レベルを上げたりすることを優先する人が多かったという。
「コロナが落ち着き、給付金が終了してオフィス勤務が再開すると、郊外の家を売って都心に戻る人も出てきました。以前より家賃が上がっているうえ、物価も高い中心地での暮らしは、どうしても生活費がかさみます。出勤に伴って、再びデイケア費用が発生した家庭もあるでしょう。税金や保険料も上昇していますし、家計のやりくりに苦しむ人は少なくないと思います。
安定を求める日本人と違って、アメリカ人の多くは新しいモノや面白そうなモノにはすぐに飛びつくから、給付金をもらったらすぐ使ってしまうし、貯金をする人も少ないですね」
物価上昇と財布のひもが緩んだ結果、クレジットカードを限度額まで使い切る人が急増。さらに、コロナ禍で普及した審査不要の後払いサービス「バイ・ナウ・ペイ・レイター(BNPL)」を日常の買い物でも多用して借金を重ね、最終的に踏み倒さざるを得ない人も続出したという。
こうした複雑な経済状況の中で、海外移住する人も現れはじめた。
「私の周りでも、ヨーロッパ国籍の人が母国に帰ったり、家族でベトナムに移住してリモートでアメリカ企業の仕事を続けたりする人がいます。そうやって新しい生き方を切り拓く姿に、ニューヨーカーらしさを感じますね」
「節約」や「投資情報」を配信するインフルエンサーが人気に…困窮支援制度はあるが「自分で探す」のが基本

新旧が入り乱れるマンハッタンのロウアーイーストサイド
生活困窮者が増える一方で、支援策も複数用意されている。ただし、自己責任の原則を前提にしているため、基本的には自分で情報収集して実行しなければならない。
例えば、失業時には「セべランスパッケージ」と呼ばれる制度があり、会社が勤続年数に応じて一定期間、給与と同額の手当を支払う場合がある。支給期間は2週間から2年と幅があるが、これは会社の義務ではないため、支給されないこともある。
「その後は、州によって異なりますが、ニューヨーク州では失業手当として週136~504ドルを最大6ヵ月間受給できます。学生ローン返済についても、失業中は支払いを猶予するローンプッシュバック制度が利用可能です」
生活面では、「フードスタンプ」をはじめ、さまざまな公的支援制度が整っている。ニューヨーク独自の取り組みとしては、年収15万ドル以下の人を対象に、200ドルのインフレ対策給付金が支給されることになった。また、アメリカ全土で金融教育の必修化も進められている。
個人レベルでは、節約や投資に力を入れる人が増えている。具体的には、外食を減らしてホームパーティーを楽しんだり、バー通いをやめて自宅でカクテルを作ったり、ランチを手作り弁当にするなどの工夫が広がっているそう。
また、衣類の買い控えも顕著で、古着屋の利用が活発化。日用品や家具などはオークションサイトのeBayやFacebookのマーケットプレイスを使った売買も盛んだという。
「スポーツジムなどの固定費の見直しも進んでいて、プランやジム自体を変える人が増えました」
投資面では、正社員が加入する「401k」(日本のiDeCo相当)に加え、若年層を中心に人気を集めているオンライン証券「ロビンフッド」というアプリを使った少額投資をする人も増えている。
「若くして財をなしている人がみんな投資をやっていて、いろいろなアドバイスがSNSで流れてくるんです。ロビンフッドは、’18年ごろから『5ドルのコーヒーを購入する代わりにその金額で投資しよう』というような触れ込みで流行っていて、私もSNSを見て使いはじめました」
インフルエンサーの発信内容も変わった。以前は商品の購入を促す投稿が多かったのに対し、最近では節約や投資に関する情報が目立つようになった。アメリカの個人主義を背景に、それぞれが制度を活用しながら自分で備える動きも着実に広がっているようだ。
それでもニューヨークに人が集まる理由

ハドソン川を走るフェリーから見た自由の女神像
物価上昇や生活コストの高騰など、ニューヨークを取り巻く経済状況は確かに厳しさを増している。しかし、それでもなお、この街に憧れて移住する人は後を絶たない。家賃は上がり続けているものの、この街への流入はそれほど変わらないという。
「知り合いの不動産エージェントが話していました。どんなに貧乏でも、やっぱり志を持つアーティストはニューヨークに憧れるし、一人暮らしが難しければルームシェアしてでも住むそうです。若くして財を得たテック系のビジネスパーソンや、仕事の関係で移り住む人もいるし、やっぱりニューヨークは今も昔もチャンスが多い街なのだそうです」
今後、中間層には厳しい生活が待ち受けるという見方もあるが、ニューヨークの魅力が失われることはないという。
「それに、ニューヨークはすごくエネルギッシュな街です。いろいろな人がいるから正解がない。どれもが正解で、誰にもジャッジされないので、周りの目を気にせずに自分らしくいられます。そこは、これからも変わらないと思います」

駆け出しのアーティストたちが集まるブルックリンのブッシュウィック
acchiさん自身も「私はピンチをチャンスだと思っているタイプ」と語り、実際にコロナ禍で不動産投資に成功した経験を持つ。物価上昇前に家を購入し、家賃収入と不動産価値の上昇で資産を築いた。これに胡坐をかかず、常にマーケットの動向を注視し、次の好機を見極めているそうだ。
「どんなピンチでも、正しい選択をすれば大きな飛躍につなげられる」——acchiさんのこうした姿勢こそ、変化を恐れず挑戦し続けるニューヨーカーの真骨頂といえるだろう。
▼acchiさん 大学在学中から海外に憧れを持ち、大学(建築学科)を卒業した後に、ジョージア州のサバンナ・カレッジ・オブ・アート&デザインに留学してファッションを専攻。卒業後はニューヨークに移り、以降はファッションデザイナー・ファッションテクニカルデザイナーとして活動。’24年9月にスタートしたYouTubeでは、ニューヨークのさまざまな情報を発信している。現地人目線から見た雇用問題・金融問題を解説した回は視聴回数70万回以上を記録。1000件近いコメントが寄せられた。
取材・文:安倍川モチ子