「ワーゲンバス」EV、なぜ米国で失速したか
サイケデリックロックが大音量で鳴り響く中、自動車大手ドイツ・フォルクスワーゲン(VW)のトーマス・シェーファー氏は、両脇にサーフボードを配したカリフォルニア州ハントンティンビーチのステージに飛び乗り、同社を象徴する「ワーゲンバス」の復活を発表した。2年前のことだ。
VWはワーゲンバスを電気自動車(EV)として復活させようとしていた。EVと言っても、オリジナルを思わせる箱型のデザインで、色もツートンカラーだ。ここまで20年以上を要し、同社は米国で近く発売されることを明らかにした。
「ついに、ついにやって来ました」。「ID.Buzz」と名付けられたこの車がステージ上を進み、来場者から口笛で迎えられると、VW乗用車部門トップのシェーファー氏はこう語った。
しかしその後の反応は、かなり盛り上がりに欠けている。
VWはもうかる米国の自動車市場でこれまで以上のシェアを握るため、ヒッピーを中心とした1960年代のカウンターカルチャーの象徴として人気の高かったワーゲンバスへの郷愁の波に乗りたいと考えていた。VWは世界2位の自動車メーカーだが、半世紀にわたってシェアを伸ばせないでいた。
だが、ID.Buzzは発表されてから米国の販売店に届くまでに年単位の時間がかかり、予算も超過している。また貿易戦争もあいまって、VWにとっては米国で経験する新たな災難になりつつある。
ドイツで製造されたID.Buzzが米国で最初の顧客に納入されたのは、ドナルド・トランプ氏が米大統領に選出された数日後だった。トランプ氏はその後、輸入車に25%の関税を課し、政府のEV補助金を廃止することになる。
ID.Buzzは充電1回当たりの航続距離が250マイル未満で、他の新型EVと比べて見劣りする。ドイツ主導のデザインも米国人ならではの好みを考慮しておらず、車が米国の港に到着すると大抵、追加のカップホルダーを取り付ける必要がある。
さらに4月には、米国に出荷された全ての車両がリコール(回収・無償修理)された。3列目の座席の幅が広すぎて、シートベルトが二つしかないのに3人座れるというのが理由だった。VWが座席の幅を狭くするためプラスチック製の部品を設置する間、販売は2カ月にわたって停止され、6月末までの3カ月間の納入台数は564台にとどまった。
ID.Buzzの最低価格は約6万ドルで、消費者がより手頃な価格の自動車にシフトする中、リコールの前から価格の高さが販売にブレーキをかけていた。米国でID.Buzzが購入できるようになったのは昨年末近くで、今年3月までの販売店への出荷台数は3000台強にとどまった。
他の自動車メーカーがEV販売の減速やトランプ関税による不意打ちを食らう中、ID.Buzzの大不振は、内部分裂や欧州中心のなかなか進まない製品開発など、長年VWを悩ませてきた組織としての問題を浮き彫りにした。

米カリフォルニア州ハントンティンビーチで2023年6月に行われたID.Buzz発表イベントで登壇するVW乗用車部門トップのトーマス・シェーファー氏
「もっと早く発売することができたかと言えば、恐らくそうだ」。VW北米事業責任者のケル・グルーナー氏は今年、記者団にこう語った。
ドイツの広報担当者はID.Buzzについて、大量に売るよりむしろ、ショールームに人を呼び込むような、ブランドイメージを向上させる商品だと述べた。同広報担当者によると、欧州では2022年に発売されたID.Buzzが昨年になってようやく米国で発売されたのは、後から登場した3列の拡張モデルが米国に最もふさわしいと判断されたからだという。
多くの筋金入りVWファンはID.Buzzに失望した。
テキサス州ダラス在住の欧州車愛好家で、部品納入業者のオートリー・マクビカーさんは「どうしてもBuzzを手に入れたい」と思っていた。だがそれも、目を付けていた黄色と白色のツートンカラーのモデルが予想をはるかに超える7万2000ドルになると販売店から聞かされるまでだった。
「1年目に価値の半分を失う可能性が非常に高いEVに、そこまで多額の出費をすることが正しいとは思えなかった」とマクビカーさんは話した。
マクビカーさんはそれでもまだ自分が買えるID.Buzzを待っている。「実際の価値に見合った価格で中古市場に出始めたらすぐ」手に入れたいと思っている。
黄金時代

ワーゲンバスの上に座る人たち(ニューヨーク州ベセルで1969年8月に行われた音楽フェスティバル、ウッドストックで撮影)
オリジナルのワーゲンバスの販売台数は何百万台にも上り、ドイツ語で「国民車」を意味するフォルクスワーゲンの名を体現していた。
1960年代、VWはワーゲンバスとビートルのおかげで急成長を果たした。1970年には米国の販売台数が約57万台に達し、VWブランドの世界販売台数の3分の1以上を占めた。ワーゲンバスの価格は現在の価値で約2万ドルで、ほとんどの車より安かった。
当時、多くのワーゲンバスの車体にはピースサインと花の絵が描かれていた。大人数で全国を安く移動できるワーゲンバスは、サーファーや若い家族、ヒッピーのお気に入りだった。
しかしドルが対ドイツマルクで下落し、日本車メーカーが米国に進出すると、VWは優位性を失った。1993年までに、VWの米国での販売台数は5万台を切るまでに落ち込んだ。

1960年代のワーゲンバスの広告
VWの歴史上最大のスキャンダルが起きてようやく同社はワーゲンバスの復活に本腰を入れた。
VWが排ガス試験の不正を認めてから4カ月もたっていない2016年1月、同社幹部のヘルベルト・ディース氏はラスベガスで行われたテクノロジー見本市「CES」で基調講演を行い、EVミニバンのコンセプトカーを初公開した。
ディース氏は初めに、不正の影響を受けた車両を所有する大勢の顧客に謝罪し、「これまでとは違う、より良い会社、新生ウォルクスワーゲン」をつくると約束した。
ディース氏は自動車業界で電気革命が近いと考えていた業界幹部の一人で、イーロン・マスク氏の熱烈な支持者だった。EVメーカーのテスラの最高経営責任者(CEO)であるマスク氏は、同社初の大衆向けセダン「モデル3」の発売に向けて準備を進めていた。マスク氏は価格を3万5000ドルと発表し、注文の受付初日には20万人近くが予約した。ディース氏はVWの取り組みを加速させる手段として、新たな競争を利用した。
複数のVW元幹部によると、同社はより空気抵抗が小さいビートルのEVモデルの発売を検討していたが、米国人の間で一段と小型車離れが起きていたこともあり、ワーゲンバスの電動化を決めたという。

1965年頃にニューヨーク市グリニッジビレッジで撮影されたワーゲンバス
ディース氏はワーゲンバスを、1960年代の米国でVWの人気を高めた「楽しく、手頃な価格の自動車」を取り戻す一つの手段だと考えていた。ワーゲンバスをEVにすれば、排ガス不正による悪評の一掃に役立つはずだった。
ディース氏がカリフォルニア州ペブルビーチでID.Buzzの生産を発表した2017年半ばには、最初の納車を22年に開始すると約束していた。しかし米国での納車は、同氏が会社を去った後の24年まで実現しなかった。
金持ちの車に
人の心を引きつけたワーゲンバスのスタイルは結局、EV時代にうまく合うように生まれ変わらせることはできなかった。
ディース氏は2017年にID.Buzzの試作品を披露したとき、「富裕層だけでなく、多くの人にとって手頃な」価格のEVを約束した。VWはハノーバー工場で年間最大13万台を生産できるようにした。ゆくゆくは米国でも生産する可能性があることを幹部は示唆した。
昨年のID.Buzz販売台数は約3万台にとどまった。ドイツやスウェーデンといった主要な欧州市場でEV補助金が停止されたことが響いた。
オリジナルのワーゲンバスは後部にエンジンが設置されていたため、フロント部分が非常に平らで、空力性能に優れているとは言えなかった。EVにとっては、重さと空気抵抗を最小限にすることが、電費を最大化する上で重要となる。

独ハノーバー工場のID.Buzz(2022年)
VWのデザイナーはID.Buzzのフロント部分をオリジナルのワーゲンバスと比べて大きく傾斜させ、特大のバッテリーを使用した。それでも、フル充電での航続距離は234マイルにとどまった。
ID.Buzzが昨年10月にやっと米国の販売店に届くと、6万ドルという価格が多くの競合他社のEVと比べ高額だとして批判された。他社のEVは充電1回当たりの航続距離もID.Buzzより長かった。
「VW関係者なら誰もがその価格は高いと思っている」と、VWと韓国車の起亜を扱う販売店のフレッド・エミック4世氏は話した。
混乱
米国向けの自動車をドイツで設計・生産すれば、高コスト以外の問題も起きる。米国市場で発売されてから1年もたっていないが、ID.Buzzはすでに2回、リコールの対象になった。どちらも明らかな設計上の見落としによるものだ。
米道路交通安全局(NHTSA)は4月、ID.Buzzのブレーキ警告灯について、米国で義務付けられているように赤色の大文字で「BRAKE」と表示していないとして警告した。
それから数週間後、NHTSAはID.Buzzの3列目のシートにはシートベルトが二つしかないのに3人が座れるため広すぎると指摘した。VWはリコールの対象となった約5600台について、シートの両側を覆うプラスチック製の部品を取り付けている。
VWは米国の購入者にとってID.Buzz最大の魅力である塗装に関しても見落としたようだ。
ID.Buzzの最上位モデルは、カバナブルーやポメロイエローといった名前のついたツートンカラーの塗装が施され、サイケデリック調の色合いのものが多かったワーゲンバスを思わせる。標準色は白、グレーまたは黒のみだ。
これらのモデルの販売を強化するため、VWは販売店に対し、安価なモデルを色付きのビニールで包むよう指示を出し始めた。
こうした混乱は、欧州の好みや規制基準向けに設計された製品を米国に持ち込もうとするVWの苦労をよく表している。
VWはセダン好きの欧州人をターゲットにすることに慣れていて、2000年代に米国人がスポーツタイプ多目的車(SUV)を受け入れ始めても、SUVをなかなか導入しようとしなかった。排ガス不正自体、米国のより厳しい窒素酸化物の排出基準に欧州の技術を最小限のコストで適合させようとしたことに原因があった。
シティグループのアナリスト、ハラルド・ヘンドリクセ氏は「フォルクスワーゲンの全ブランドに共通する問題は、常に少し欧州志向が行き過ぎていることだ」と指摘した。
VWはそれを変えたい意向を明確に示している。5月の年次株主総会で、オリバー・ブルーメCEOは「北米向けのビジョンを策定中」で、「一貫して同地域の顧客の期待に沿った製品と共に」成長したいと述べた。
だが、ブルーメ氏がID.Buzzを引き合いに出すことはなかった。代わりに、かつて米企業が生産し、VWが商標権を獲得してEVとして復活させたSUVブランドの「スカウト」を取り上げた。VWは20億ドルを投じてサウスカロライナ州にスカウトの新工場を建設している。