私、なんでこんなことをしたんでしょうか…遺産と退職金で「1億円」を手にした65歳元会社員。「このお金、放っておけない」焦りが生んだ、まさかの結末【FPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)
家族の遺産や退職金で1億円の資産を手にした吉田泰三さん(仮名)。「このまま置いていてはもったいない」……この思いが、吉田さんを危険な投資の世界へと誘いました。しかし、理解しきれない金融商品と周囲に相談できない孤独が、彼を大きな損失へと導いたのです。一見順調に見えた投資が、なぜ大きな損失につながったのか? 60代の皆さんが資産を守りながら活用するヒントをFPの青山創星氏が詳しくお伝えします。
「何もせずに銀行に預けておくなんてもったいない」大金を手にした65歳男性が感じた焦りと不安
「この歳になって、こんな大金をどう扱えばいいのか……」
吉田泰三さん(現在65歳・仮名)は、自宅のリビングでため息をつきながら資産明細をじっと見つめていました。5年前に妻を亡くし、2年前には父親が他界。さらにその3ヵ月後、長年勤めた製薬会社を定年退職。不動産を含めて8,000万円の遺産と退職金2,000万円、計1億円を手にしました。
税金の支払いなどを済ませた結果、手元の蓄えと合わせて6,000万円(別途、不動産3,500万円)が手元に残りました。
「このお金、ただ放っておくだけではもったいない。子どもたちにもできるだけ多くの遺産を残したいから、自分が生きているうちに少しでも増やしておかないとな。でも、銀行に預けてもまったく増えないし、どうしたものか」
吉田さんは退職直後、銀行から特別金利の定期預金(3ヵ月、1.7%)を紹介され、退職金全額を預け入れました。しかし満期を迎えると通常の金利は年0.01%に。100万円預けても得られるのは年間わずか100円です。
テレビでは、「インフレで現金の価値が下がる」「資産運用の重要性」といった話題が取り上げられています。何もしなければ増えるどころか将来的に価値は減ってしまう。そんな情報に煽られるように、吉田さんは「このお金を放っておけない、なんとかしなければ」と焦りを募らせていました。
そんな中、吉田さんの目に飛び込んできたのは、新聞の折り込みチラシの「退職金の賢い運用術 無料セミナー」という文字でした。
「もっと増やせるかも」という甘い誘惑…親切なアドバイザーとの出会いが悲劇の始まり
セミナー会場は、同じように老後の資金に不安を抱える人々で埋め尽くされていました。セミナー後の個別相談では、特別な部屋に通され、コーヒーを飲みながら話が進みます。
吉田さんはこの日、若くて颯爽とした女性アドバイザー、川島さん(仮名、32歳)と出会います。彼女はファンドラップという運用商品について、詳しく説明してくれました。
「吉田さま、お預かりした資産を複数の金融商品に分散投資するので、リスクを抑えつつリターンが期待できるんですよ。お子さんに残される資産も自然と増えますよ」
川島さんの言葉に、吉田さんは少しずつ心を開いていきました。川島さんは「あなたの資産を守りながら増やすことが私の使命です」と優しく微笑みかけます。
6,000万円以上の資産を持っていることを正直に伝えた吉田さんに、川島さんは「それだけの資産があれば、もっと効率的な運用ができます」と提案。最初は1,000万円からファンドラップを始め、徐々に投資額を増やしていきました。
ある日、川島さんから「安定した利回りが魅力的な海外債券」を紹介されます。「この新興国の債券なら年利7%が期待できるんですよ」と聞き、吉田さんは1,500万円を投資。数ヵ月は順調でしたが、突然の通貨安で大きな為替差損を抱えることに。
減った資産を取り戻さなければと焦る吉田さんに、今度は個別株取引のセミナーが紹介されました。早く手を打たなければ……そう思った吉田さんはもちろん参加。そこで知り合った岡田さん(仮名、58歳)から「効率的に資産を増やす方法」を教えられたのです。
「昨日までの利益がすべて消えました」—世界情勢の急変で海外債券と株式証拠金取引で2,000万円以上が蒸発
「吉田さん、信用取引って知ってますか?自分の資金の3倍まで株を買えるんですよ。同じ値上がりでも、3倍の利益が得られるんです」
岡田さんは自身のスマホ画面を見せながら続けました。
「私はこの半年で1,000万円を3,000万円にしましたよ。半導体関連株がまだまだ上がると見ています」
信用取引の仕組みについて、証券会社の担当者からも「保証金を預けて、その何倍もの株を買える仕組み」と説明を受けました。ただし、「株価が下がると追加の保証金(追証)が必要になることもある」という説明は、吉田さんの期待に満ちた耳には届いていませんでした。
「なんて効率的なんだ。これなら子どもたちにも十分な遺産を残せる」と驚いた吉田さんは、まず1,000万円の保証金で3,000万円分の半導体関連株を購入。最初の1ヵ月は順調で、800万円ほどの評価益が出ていました。
しかし、ある日突然株価が急落。一週間で保有株の価値は半分近くに。証券会社から「追加保証金が必要です」という連絡が入ります。
追加で1,000万円を入金しましたが、株価は底打ちせず。わずか3ヵ月の間に、海外債券と株式とで2,000万円以上が蒸発していました。
「こんなはずじゃなかった……なぜこんな判断をしてしまったんだろう」
「今さら子どもには言えない」…退職金を失った父親の苦悩と、真夜中の決断
「お父さん、最近元気ないけど大丈夫?」遠方に住む長女の真由美(38歳)からの電話に、吉田さんは明るく振る舞おうと必死でした。
「いやいや、元気だよ。ちょっと風邪気味でね」
真実は誰にも言えませんでした。もし子どもたちに「退職金と父親からの相続金の半分を失った」と打ち明けたら、どんな顔をされるだろう。特に長男の健太(42歳)は金融関係の仕事をしています。「投資の前に相談してくれれば……」と言われるのが、何より怖かったのです。
父親としてのプライドもありました。頼れる存在でいたい、失敗した自分を見せたくない──そんな思いが、吉田さんの口を重たくしていたのです。
吉田さんは投資の失敗を隠したまま、残る資産をどうすべきか、日夜悩んでいました。 この時、ふと頭をよぎったのは亡き妻の言葉でした。
「泰三、何か大きな決断をする時は、必ず誰かに相談してね」
その夜、吉田さんは思い切って高校時代からの親友で、退職後も穏やかな生活を送っている山田さん(仮名、66歳)に電話をかけました。すべてを打ち明けると、山田さんは「明日、私のファイナンシャルプランナーを紹介するよ」と言ってくれました。
翌日、FPの永瀬財也さん(仮名、45歳)に会った吉田さんは、これまでの経緯をすべて話しました。永瀬さんは吉田さんの話を最後まで聞くと、静かに口を開きます。
「吉田さん、あなたはお金を増やしたいというより、動かさないともったいないと感じていたのかもしれませんね。でも、資産運用って“やらない”こともひとつの選択肢なんですよ。特に今の吉田さんのように、すでに十分な資産がある方は、減らさないことの方が大切なんです」
この一言が、吉田さんの心に深く響きました。
大金を手にしたシニア世代が資産を守るための5つの鉄則
吉田さんの痛切な経験から、私たちは多くのことを学ぶことができます。
1.資産を「増やす」より「守る」意識を持つ
60代以上の方や資産額の大きい方は、ハイリスク・ハイリターンを求めるよりも、資産を守ることを最優先に考えましょう。インフレ率を若干上回る程度のリターンで十分とわきまえましょう。特に退職金や相続金など、一生に一度の大きな資金は慎重に扱うべきです。
2.必ず信頼できる第三者に相談する
大きな投資判断をする前に、商品の販売業者やサービスの提供業者ではなく、家族や信頼できる友人、中立的な立場のファイナンシャルプランナーなど、第三者の意見を求めましょう。
3.子どもに遺すより自分の生活を第一に考える
子どもに多くを遺したいという気持ちは理解できますが、まずは自分自身の老後生活を確保することが最優先です。リスクをとらずに運用しないという選択も立派な判断です。運よく残ったら子どもに引き継げばよいというくらいの気持ちで、無理のない資産管理を心がけましょう。
4.投資の基本知識を身につける
信用取引など、仕組みを十分理解していない金融商品には手を出さないことが鉄則です。特に信用取引の「追証」や海外債券投資の「為替リスク」「金利変動リスク」など、投資の裏側にあるリスクをしっかり理解しましょう。
5.資産は必ず分散する
「卵はひとつのカゴに盛るな」という格言通り、資産は複数の金融商品や資産クラスに分散すべきです。預貯金、国債、投資信託、不動産など、異なる性質の資産に分散投資することでリスクを軽減できます。
吉田さんは永瀬さんのアドバイスを受け、残った資産を安全性の高い金融商品(定期預金、個人向け国債、低リスクの投資信託など)に分散させました。そしてなにより大切なことは、子どもたちに正直に状況を伝えたことでした。
「お父さん、お金のことなら、いつでも相談してよ。それよりも、お父さん自身が健康で安心して暮らせることが一番だよ」と言ってくれた長男の言葉に、吉田さんは胸が熱くなりました。
大きな損失を被ったとはいえ、まだ老後生活には十分の資産があります。これからはリスクを減らして、安心できる生活を取り戻すことを最優先にしていく……吉田さんはそう決意しました。
資産運用で大切なのは、華々しい成功ではなく、地道に資産を守り、少しずつ増やしていくこと。そしてなにより、お金があってもなくても幸せに生きる知恵を持つことなのです。あなたの老後の資産を守るための第一歩は、「無理をしない」ことから始まるのです。
ファイナンシャルプランナー
青山創星