トヨタ「曲がり角」の現実──日本の新車販売286万台、ディーラーはなぜ「下請け化」したのか?
自動車業界の曲がり角
自動車業界はいま「100年に1度」の変革期にある。EVやコネクティッドカーの登場は、メーカーやディーラー、ユーザーの在り方を大きく変えつつある。
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そんななか、2025年5月に出版された小栗成男『トヨタの曲がり角』(幻冬舎)は、業界の変容を踏まえつつ、元自動車ディーラー経営者の視点でメーカーとディーラー間の緊張関係を率直に語った著作として注目される。
今回はこの『トヨタの曲がり角』を参照しながら、メーカーとディーラーのあるべき姿について考察する。
自動車業界の再編局面

小栗成男『トヨタの曲がり角』(画像:幻冬舎)
まず、著者の小栗成男氏について紹介する。小栗氏は元NTPグループの自動車ディーラー経営者(ネッツトヨタ名古屋)である。加えて、テノール歌手やビジネス書の著述家としても幅広く活躍している人物だ。小栗氏は、自身が長年所属した自動車業界を「ミッドライフ・クライシス」にあると警鐘を鳴らしている。では、具体的に何が問題なのか。
その前に、メーカーとディーラーの違いを確認しておきたい。自動車メーカーはトヨタ自動車など、クルマを製造する会社である。ディーラーはクルマを販売する店だ。両者は同じメーカーの看板を掲げるが、
「別会社」
であることが多い。コンビニの本体とFC契約オーナーの関係に似ている。中にはメーカー資本100%で設立された販売会社もあるが、トヨタ、日産、マツダ、ダイハツ、輸入車店などのディーラーは多くが独立資本の別会社である。
一方、スバルや三菱ふそう、UDトラックスのディーラーはほとんどがメーカー資本である。ホンダ、スズキ、三菱、いすゞ、日野のディーラーは、大規模になるほどメーカー資本、小規模は独立資本で運営される。サブディーラーと呼ばれる販売店も存在する。サブディーラーは会社名にメーカー名を冠さず、小規模の独立資本店であることが多い。
ディーラー世襲の系譜

自動車(画像:Pexels)
ディーラーの歴史は、トヨタ自動車が1950年代に販売網を構築する過程にさかのぼる。
地元の大地主など有力者に声をかけ、自動車販売店を開業させたことが始まりだ。地元有力者は土地や建物を提供し、トヨタの看板を掲げて販売を行った。その後、他メーカーもこの方式に追随した。
そのため、販売会社の経営は有力者の世襲で行われることが多い。小栗氏も例外ではない。小栗虎之助氏が創業し、小栗七生氏、そして小栗一朗氏が名古屋トヨペットを継承。一朗氏の弟である成男氏がネッツトヨタ名古屋を引き継いだ。
小栗氏が本書で述べるように、ディーラーのオーナーはメーカーの指導を受けつつ、自らの責任で会社を経営してきた。自社のブランディングにも強くこだわった。本書第一章に登場する「レクサス」ブランドの成功がその典型例である。トヨタの高級車ブランド・レクサスを成功させるため、小栗氏は顧客へのお茶やおしぼりにまで徹底的にこだわり、ブランド化を図った。
こうしたメーカーとディーラー双方の努力が、現在の日本自動車業界の隆盛を支えてきたことは間違いない。しかし、小栗氏によれば、メーカーとディーラーの蜜月関係は変化しつつあるという。
販売低迷とメーカー優位

自動車(画像:Pexels)
メーカーとディーラーの関係はゆがみつつある。その本質は、メーカーの発言力が強まり、ディーラーが対等なパートナーから
「下請け業者」
に変わりつつある点にある。
背景のひとつが新車販売台数の減少だ。日本の新車販売は1990(平成2)年の598万台をピークに減少し続け、2024年は286万台と半分以下になった。長く乗れる車の登場もあるが、日本経済全体の停滞が大きな原因である。
一方でメーカーは海外販売を含めて好調である。2024年のトヨタ自動車の営業利益は過去最高を記録した。国内販売でエリア制に縛られ、
・利益確保に苦戦するディーラー
・海外で過去最高益を出すメーカー
との対比は鮮明だ。
1950年代、地元経済の有力者がトヨタの販売店を担っていた時代、ディーラーオーナーは自動車販売以外の商売もできた。地域経済での地位も高かった。だが約70年を経て、オーナーは生まれながらのディーラー経営者となることが多くなった。販売低迷とあいまって、メーカーに物申すことが難しくなったのである。
さらにIT化も影響する。コネクティッドカー(インターネットや通信ネットワークに接続されたクルマ)の仕組みが進めば、メーカーとユーザーが直接つながり、整備や買い替えの案内も可能になる。そうなると、ディーラーは
「単なる販売整備事業者」
となり、ユーザーのカーライフに直接関与できなくなるだろう。
ディーラー不正の背景

トヨタ自動車の豊田章男会長(画像:時事)
自動車業界では、
・リコール隠し
・不正車検
などの不祥事が相次いでいる。そのなかにはディーラーが関与するものもある。小栗氏は、こうしたディーラーの不正には、
「現場を踏まえないメーカーの指導」
も一因であると指摘している。
本書では、メーカーが「45分車検」を売り出した結果、ディーラーに過剰な車両が集まり、現場の作業が回らなくなった事例が紹介されている。そのため、一部作業を省略する不正が発生したのである。
メーカーの好調とディーラーの下請け化は、現場を踏まえない方策がそのまま通る事態を招いた。グローバル市場を意識したメーカーの量産体制は、個々のディーラーやユーザーの事情を見えにくくしている。
その結果として不正が生じる。本書では、代表取締役会長・豊田章男氏の下で、メーカーや章男氏の意向が優先され、
「現場の意見が上に届かない構造的問題」
として示されている。もちろん、これは章男氏個人の能力や資質の問題ではない。
原点回帰で活力再生

自動車(画像:Pexels)
では、こうした事態にどう対処すればよいのか。やはり原点回帰が必要である。本書で小栗氏が示すように、トヨタの原点は
「人を大切にする会社」
である。メーカーの工員、ディーラーの販売員、整備士――すべてが企業グループを構成する重要な要素だ。トヨタは、古きよき日本企業の性格を色濃く持っていた会社である。
小栗氏は、その原点が忘れ去られつつあることを指摘し、原点回帰の重要性を説く。例えば、40年前に訪問販売から店頭販売に移行する際、店頭販売即決術などのノウハウを、メーカーが全国ディーラーへの研修素材として扱えるように申し出たことがあった。また、メーカーの地区担当員とディーラーが一杯飲みに行くなどの交流も盛んだったという。こうした
・人間関係の構築
・本音で語り合う姿勢
が、日本企業の活力を支えてきたのである。ある意味、前時代的ともいえるこうした手法こそが、メーカーとディーラーの蜜月関係を築いたのである。
もちろん、自動車業界だけの話ではない。IT化とコンプライアンスの厳格化により、何事も機械的・マニュアル的な管理が重視される。
「飲みニケーション」
のような交流は軽んじられ、上位者の意向を過度に忖度する風潮が生まれる。その結果、上の都合が現場に押し付けられ、回らない現場では不正がはびこることもある。上位者ほど、現場の実態を踏まえ、そこで働く人の考えを無視してはならない。
しかし、現場の実態はそう簡単には見えてこない。深いコミュニケーションがあってこそ、相互理解は果たされるのである。
企業を支える利他精神

トヨタ自動車の本社(画像:AFP=時事)
終章で示された「リーダーとしての利他の精神」も忘れてはならない。長期的に社員を見守り、育て、次世代に継承することが重要である。小栗氏は祖父の虎之助氏にそれがあったと語る。
実際、ディーラーは経営者層が世襲で継承することで、短期利益だけでなく、自社や業界の将来についても真剣に考えていた。
「株主の意向に沿って任期を務めるだけのサラリーマン社長」
には、業界の長期的課題は敬遠されがちである。「人(社員)を大事にする」という精神は、利他の精神であると小栗氏は説く。祖父虎之助氏の
「人を使うには使われる身になること」
「当社には経営者もいない。全員が労働者であり、仕事の分担として私が経営をしている」
という言葉は、かつての日本的経営の理念を示すものである。小栗氏は現在、NTPグループを離れ、ディーラー経営から退いている。こうした長期的・原点的発想を持つ人物が去る現状に、果たして自動車業界は大丈夫かと懸念せざるを得ない。
企業は人で成り立っている。危機の時代を乗り切るには、原点に立ち返り、人を真に大切にすることから始まるのである。