「日本ならでは」広告代理店と鉄道会社のすごい試み…電車の「顔」をモチーフにした「駅の案内地図」
日本の鉄道駅には、駅周辺を示す案内地図がある。それは目的地の方向や距離を把握できるように工夫されており、多くが改札口の近くに設置されている。初めて降りた駅で、その案内地図を見て、目的地への経路を確認したことがある人は多いだろう。
そのような周辺案内地図が、ユニークな進化を遂げた。本年6月、京浜急行電鉄株式会社(以下、京急電鉄)の黄金町駅構内に、同社の電車(1000形)の先頭部(以下「顔」)をモチーフにした周辺案内地図が設置されたのだ。
なぜこのような案内地図が生まれたのか。開発した表示灯株式会社(以下、表示灯)に聞いてみた。
駅空間を彩るアイコン
結論から言おう。電車の「顔」をモチーフにしてデザインしたのは、周辺案内地図の存在をよりわかりやすくして、利用者に親しんでもらうためだ。表示灯のプレスリリース(2025年6月25日付)には、電車の「顔」を表現することで「駅を利用される方に対しては視認性がより高まるとともに、小さなお子様にも思わず触れたくなる『駅空間を彩るアイコン』となります」と記されている。

京急電鉄黄金町駅に設置された「電車ナビタ」。電車の「顔」をモチーフにしてデザインしてある。画像提供:表示灯
こう書くと、「なぜ視認性を高める必要があるのか」と疑問に思う人もいるだろう。かく言う筆者も、表示灯を取材するまで、その意味を理解できていなかった。
これには理由がある。それは、これがたんなる周辺案内地図ではなく、「広告付きの周辺案内地図」だからだ。広告は、案内地図の外側にあり、駅周辺に立地する店舗や企業などが出稿している。
つまり、広告を出稿した人の立場で言うと、「広告付きの周辺案内地図」は多くの人の目に止まってほしい存在なのだ。言い換えれば、広告を見てほしいから、鉄道利用者にとって有益な情報を案内地図で提供していることになる。
日本の鉄道ならではの試み
先ほど紹介した表示灯は、「広告付きの周辺案内地図」を扱う広告代理店の一つだ。そう、たんに案内地図を設計・製造するメーカーではなく、そこに表示される広告で収益を得ている企業なのだ。
このため表示灯は、「広告付きの周辺案内地図」を、電車の「顔」をモチーフにしたデザインにした。京急電鉄黄金町駅の場合は、京急電鉄が保有する電車で約5割を占める車両形式(1000形)の「顔」をイメージするデザインにした。

京急電鉄の1000形電車。表示灯は、この「顔」をモチーフにした「広告付きの案内地図」を開発した。画像:写真AC
筆者は同社からその開発背景を聞いて、「これは日本の鉄道だからできた試みだ」と感じた。なぜならば、日本の鉄道では、個性的な「顔」を持つ電車が多数存在し、「京急電鉄の電車は赤くてこんな形」などというイメージを多くの人が共有しているからだ。
日本は、他国とくらべて鉄道事業者の数が多く、その多くが民営である。また、各鉄道事業者が電車の「顔」のデザインに工夫を凝らし、それぞれの企業イメージを高めようとしている。これらは、ほとんどの鉄道が公営で、鉄道事業者の数が少ない他国では考えられないことだ。
また、海外の主要駅では、駅周辺の案内地図がほとんどない。駅構内の構造を示す案内図はあっても、駅周辺にどのような店舗があるかを示してくれる案内地図を設けた例は少ない。

ドイツ・ベルリン中央駅の案内看板。海外の主要駅では、このような駅構内案内図を設けた例はあるものの、駅周辺の案内地図を設けた例は少ない。筆者撮影
それゆえ筆者は、京急電鉄の電車をモチーフにした「広告付きの周辺案内地図」の写真を見て、日本の鉄道の特殊性をうまく活かしたアイデアだと感じた。
広告とセットになった「ナビタ」
表示灯は、自社が展開する「広告付き周辺案内地図」を「ナビタ」と呼んでいる。同社社員から聞いた「ナビゲーション」の略である「ナビ」と、人名の語尾に使われる「タ」を組み合わせ、親しみを持たせたという説が、筆者にはわかりやすかった。
同社は、1967年2月に日本交通表示灯株式会社(現・表示灯株式会社)を創業し、同年12月に名古屋鉄道の上飯田駅に駅付近優良商工案内図を設置した。これが現在の「ナビタ」の第1号だ。
現在の同社は、「ナビタ」だけでなく、デジタルソリューションや一般広告、Webサービス、サインなどもふくめて幅広く手掛けている。このため、社名の由来になった「表示灯」だけを扱う企業ではなくなっている。
「ナビタ」には、おもに3種類ある。鉄道駅に設置する「ステーションナビタ」のほかに、自治体庁舎内等に設置する「シティナビタ」や、警察署・運転免許センター等に設置する「公共ナビタ」がある。先ほど紹介した「電車ナビタ」は、「ステーションナビタ」に分類される。
現在「ステーションナビタ」は、全国約2,400の駅に設置されている。1日の乗降客数が3万人を超える994駅に限定すれば、駅構内に設置されている周辺案内地図の80%以上が「ステーションナビタ」だ。

東京メトロ表参道駅に設置された「ステーションナビタ」。本駅のものはタッチパネル式で、地図に表示された店舗をタッチすると、右側に広告が表示される。画像提供:表示灯
また、人流が多い駅にはタッチパネル式の「ステーションナビタ」が設置されている。スマートフォン(スマホ)のように、指でタッチすると表示が変わるものだ。たとえば、周辺案内地図に表示された店舗や企業の文字をタッチすると、その広告が画面に大きく表示され、詳細な情報がわかるようになる。また、広告の表示画面では、各広告の位置が時間ごとに変わるようにして、広告効果の公平性を保っている。
スマホの時代でも必要な存在
ここで「多くの人がスマホを持つ時代に、駅周辺の案内地図が必要か」と思う人もいるだろう。筆者もそう思い、平日の昼間に地下鉄の駅(東京メトロ表参道駅)で「ステーションナビタ」の近くに立ってみたら、1分間に2〜3人が近づき、地図を見ていた。なかには、スマホの地図アプリの表示と「ステーションナビタ」の両方を見て、位置関係を確かめている人もいた。

JR東日本新宿駅構内にある「広告付きの周辺案内地図」。案内地図の右側。画像提供:表示灯
なぜ、これほどまでに「ステーションナビタ」を見る人がいるのか。その秘密は、地図に凝らされた工夫にあるようだ。
一般的に地図は、北を上(ノースアップ)にするというルールがある。しかし、それにしたがうと、自分が向いている方向と現地の東西南北の方角がずれて、駅と周辺の道路や建物、施設の位置関係がわかりにくくなることがある。
いっぽう「ステーションナビタ」では、案内地図を見る人から見て奥の方角を上(ヘディングアップ)にしている。つまり、立つ人の前後左右に何があるか把握しやすいようにしてあるのだ。とくに新宿駅のように規模が大きい駅や、出入口が多い地下鉄の駅では、出入口の名前や番号が大きく表示されているので、「どの出入口を通れば目的地が近い」という情報が把握しやすい。

新宿駅の「ステーションナビタ」の案内地図。見る人の向きに合わせて、ほぼ東が上になっている。表示灯東京本社にて筆者撮影
今後は「電車ナビタ」が増える?
先述した「電車ナビタ」は、「ステーションナビタ」の一種だ。利用者の利便性を考慮した「ヘディングアップ」という特徴は、「電車ナビタ」にも受け継がれている。
今後はどの駅に「電車ナビタ」が設置されるのだろうか。表示灯の社員に聞くと、「京急電鉄の他の駅に展開する予定」との回答が返ってきた。今後「電車ナビタ」を見かける機会が増えるのが楽しみだ。