「失われた30年」に給料が上がらず、国の税収だけ増え続けた悲しい理由

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勤め先の賃上げが進んでいるはずなのに、なぜか手取りが増えた実感がない――。その背景にあるのが、税率を見直さないまま放置されている所得税制だ。危ぶまれる「ブラケット・クリープ」の問題と、今の日本政府が取るべき動きについて考えていく。※本稿は、木山泰嗣『ゼロからわかる日本の所得税制 103万円の壁だけでない問題点』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
所得税率を放置していたら
それだけで国民の負担増になる
「所得の再分配」という「機能」が、「所得税法」で本来発揮される場面は、「累進税率」になります。担税力に応じて、税負担を行うべきという「応能負担原則」は、所得税、相続税、贈与税に顕著にあらわれています。
これに対して、「能力」(担税力)にかかわらず、「行政サービス」という利益を享受することを前提に課税する考え方もあります。「応益課税」と呼ばれるものです。地方税では、「応益課税」の発想が強いといわれています。
「応能負担原則」を求める「所得税制」は、「垂直的公平」(編集部注/所得の高い人に大きな税負担を求める公平性)を実現するものということもできます。
「消費税」(10%。ただし、8%の軽減税率あり)や、「法人税」(原則23.2%)が、一定の比の税率である「比例税率」で「税率」が動かないのは、これらの税金が「水平的公平」(編集部注/課税の対象の額の高低にかかわらず、税率を同じにする公平性)を実現しようとしているからです。これらの税金と「所得税」は、異なるのです。
この「所得税」の「累進税率」ですが、令和時代に起きている、物価高によるインフレに対応させる必要があるでしょう。これは、「基礎控除」や「給与所得控除額」などの「控除」と同じ着眼点になります。
物の価値がお金の価値より相対的に上がるインフレ下では、所得税法の定める「税率表」をそのままに放置するだけでも、税収は自然増になっていきます。
インフレ下で過去最高を
更新し続ける税収
国の税収の現状と過去からの推移は、図表7-4のとおりです。

同書より転載
棒グラフが、国の税収の推移です。1番左が、昭和62年度(1987年度)で、令和7年度(2025年度)予算まで続いています。
コロナ禍の令和2年度(2020年)度の「60.8兆円」から、毎年税収が上がり続けていることがわかります。順にみると、令和3年度(2021年度)が「67.0兆円」、令和4年度(2022年度)が「71.1兆円」、令和5年度(2023年度)は「72.1兆円」(以上は、いずれも決算額)、令和6年度(2024年度)は「73.4兆円」(補正後予算額)、そして令和7年度(2025年度)は「77.8兆円」(予算額)が見込まれています。
コロナ禍以降、円安により企業業績が堅調に伸びています。これが主要因であるといわれていますが、物価高のもとでは、「所得税法」のルールに定めた「税率表」などの「数値」を修正していかないと、自然と「税収増」になることを意味します(もちろん、国税収入は、所得税のみではなく、法人税、消費税も含めて大きく伸びています。折れ線グラフ参照)。
「失われた30年」といわれる日本経済ですが、国の税収は、リーマンショック(2008年〔平成20年〕9月)の打撃から低価を記録した平成21年度(2009年度)の「38.7兆円」を起点に、令和7年度(2025年度)までの、16年にわたり、右肩上がりに増え続けてきたことがわかります。
給与所得者の「課税最低限」が「103万円」になった1995年(平成7年)から、物価も賃金も上がらなかったのが日本です。これが「失われた30年」ですが、その間も税収だけは伸び続けていたことになります。
「税収増」なのに財源不足を主張する
自民党の姿勢に合理性はあるのか?
ちなみに、「税金」ではありませんが、「社会保険料」としての「社会保障費」の国民負担も、図7-5のように増え続けてきた現状があります。

同書より転載
図表をみると、「国税」「地方税」「社会保障負担」をあわせた「国民負担率」が、1990年(平成2年)の「38.4%」から、2024年(令和6年)には「45.1%」に上がっていることがわかります。
これに対して、「財政赤字」は、巨額の財政出動をしたコロナ元年の2020年(令和2年)が突出しているだけで、その後は改善されていることがわかるでしょう(上図の濃い部分参照)。
この国の「一般会計税収」の現状と、16年間の右肩上がりの国税収入の推移は、あたまに入れておくとよいと思います(社会保険料の負担も、税金ではありませんが、「国民負担」という点では同じです)。
国民民主党が主張した、給与所得者「課税最低限」の「178万円」への引き上げに対して、「財源が……」という政権与党からの反論が、報道されていました。しかし、その反論には説得力がなかったことがわかるのではないかと思います(なお、そもそも国の歳入は税収に限られるわけではなく、国債を発行する方法もあります)。
長らく日本には生じていなかった
ブラケット・クリープの問題
当初はロシアのウクライナ侵攻を原因とする資源高による「コスト・プッシュ型」といわれましたが、2021年(令和3年)以降、日本でもインフレが進み始めました。ここに来て、大企業の初任給が大幅に上がるニュースが報道されるようになりました。賃上げ率も、上昇しはじめています。
長らく「失われた30年」の間、大卒の初任給といえば、月収20万円程度が続いてきました。2025年(令和7年)4月の新卒社員の初任給は、「30万円」を超える企業が続出していることが、報道されています。
民間主要企業の「賃上げ率」も、令和6年(2024年)8月に厚生労働省の公表した統計データによれば、「5.33%」で、平成3年(1991年)以来という33年振りの5%台が記録されています。
給与所得者の「平均賃金」が全体的に上がっていけば、「平均所得」も上がることになります。もし将来そのような推移がみられれば、平均どおりの所得の人でも、従前の「税率表」を使ったときに、「所得段階」が自然に上がり、「高い税率」(段階税率)が適用されるようになってしまいます。このような状態を「ブラケット・クリープ」と呼びます。
お菓子の量を減らして値段を変えない「実質値上げ」が、「ステルス値上げ」と呼ばれていました。これにならい、「ステルス増税」といわれることもありますが、「ステルス増税」は、「税率」を上げずに「控除額」を引き下げることも含めた「実質増税」をいいます。
これに対して「ブラケット・クリープ」は、物価高や賃金増などの経済状況への対応を、「税制」が放置して「法改正」をしないことから起きてしまう、税負担の自然増です。
長らく日本に生じなかった現象ですが、財政の専門家の著書をのぞくと、このような指摘は従前からされていました。日本にもかつてはインフレ時代があったからです。
具体的には、「インフレ展開過程では諸控除および税率をそのままに据置くだけで大衆課税の程度はますます強化されていく」(林栄夫『戦後日本の租税構造〔再版〕』〔有斐閣、1968年〕86頁)、「インフレによる自動的な税負担増(いわゆるブラケット・クリープ)」(石弘光『現代税制改革史』〔東洋経済新報社、2008年〕486頁)といった記述です。
「税率表」の修正が必要な時代に
日本はすでに突入している
さきほどみたように、物価高によるインフレのもと、日本の税収はこの数年うなぎのぼりになっていました。予算(見込み額)よりも最終的な税収が大きく上回る「上振れ」も、あたりまえのようになってきています。
税収増になっているのは、「国税」に限られません。
「地方税」でも、たとえば、東京都の令和7年度(2025年度)の「一般会計予算」の総額が、令和6年度(2024年度)より7050億円も高い「9兆1580億円」に上ったことが報道されました。
令和7年度(2025年度)の一般会計予算における都税収入は、6兆9296億円の見込みで、過去最高額とのことです。
このような物価高によるインフレ下においては、そうではなかった時代につくった「税率表」は、適宜の修正が必要です。そうしないと、「ブラケット・クリープ」による「実質増税」が起きてしまいます。
日本は、このような修正が必要な時代に、すでに突入しています。いまの「税率表」は、基準となる「所得段階」が設定する「課税所得の額」の改正が必要になるでしょう。

『ゼロからわかる日本の所得税制 103万円の壁だけでない問題点』 (木山泰嗣、光文社)
「累進税率」を改正して、課税を強化するのではありません。「段階税率」が上がる条件としての「課税所得の額」を、「所得段階」ごとに見直し、「段階税率」が適用される基準を引き上げることが先決でしょう。
このような改正を行うことで、「ブラケット・クリープ」による「実質増税」は回避できるはずです。しかし、そのような改正の動きは、いまのところありません。
「基礎控除」の「標準額」の大幅引き上げが行われるべきだったのと同じように、「累進税率」の「税率表」の「所得段階」ごとの基準額も、これに準じて引き上げることが必要になるということです。
そもそも、物価上昇は、常にあり得ます。そこで、「物価上昇にスライドして、自動的に調整減税を行う措置」を求める意見(北野弘久著=黒川功補訂『税法学原論〔第8版〕』〔勁草書房、2020年〕138頁)が、従前からあることも、付言しておきます。