「ゴアテックス一強」崩れ、戦国時代に。iPhone生んだジョナサン・アイブ氏も認める「機能性テキスタイル」の新星

AMPHICO(アンフィコ)CEOの亀井潤さん。同社のビジネスメンターにはアップルの元最高デザイン責任者ジョナサン・アイブ氏も名を連ねる。2022年、イギリスのチャールズ皇太子(当時)とアイブ氏が設立した国際デザインコンペでアンフィコが優勝して以来の関係だという。
ゴアテックス一強だった透湿防水素材の市場に、地殻変動が起きている。
「PFAS(有機フッ素化合物)規制が始まり、ゴアテックスという絶対的王者のいたマーケットが戦国時代のようになってきた。そこがいま一番面白いところです」
そう語るのは、PFASを使用しないテキスタイル(生地)の量産化を目前に控えたAMPHIBIO(通称AMPHICO、アンフィコ)のCEO、亀井潤さんだ。
東北大学工学部で材料科学を学んだあと、イギリスの名門美術大学ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA、英国王立芸術大学院大学)に留学という異色の経歴を持つ亀井さんは、留学中の2017年に発表した水中でも呼吸できる「人工エラ」で世界的な注目を集めた。
現在は、2018年に創業したアンフィコで、人工エラの技術を応用したPFASフリーの透湿防水素材・AMPHITEX(アンフィテックス)など機能性テキスタイルを開発。アンフィテックスについては2025年末に商業化、2026年に量産をスタートする見通しだ。
Business Insider Japanのアワード「BEYOND MILLENNIALS(ビヨンド・ミレニアルズ)2025」にも選出された亀井さんに、透湿防水テキスタイル“戦国時代”の現状とアンフィコの戦略を聞いた。
人工エラ→透湿防水素材にピボットした理由

2018年に発表した人工エラのプロトタイプ。斬新な発想とデザイン性で大きな反響を呼んだ。
—— 人工エラのプロトタイプはその斬新な発想とデザイン性で、イギリスではもちろん日本でも話題になりました。人工エラとはそもそもどんな仕組みなのでしょうか。
水中で呼吸できる昆虫の呼吸メカニズムを模倣した技術です。彼らは膜を通して水に溶け込んでいる酸素を取り込み、二酸化炭素(CO2)を吐き出している。
この膜を通したガス交換の仕組みを素材の表面に持たせると、表面積が十分ありさえすれば、生物が水中で呼吸するために必要な酸素を供給できる。これはさまざまな研究から分かっていることです。その水中呼吸を人間が行えるようにするためにはどうしたらいいか。それを形にしたのが人工エラです。
—— 魚の呼吸とは違うんですか?
違います。魚のエラは水中に溶け込んでいる酸素を直接血液に取り込めるのですが、私たちが模倣した昆虫の呼吸メカニズムは、酸素を気体として肺の中に取り込んで、吐き出す仕組みです。代表的なのはミズグモですね。
—— 人工エラの発表の翌年(2018年)にアンフィコを創業しています。もともとは人工エラの開発を目的に設立したのでしょうか。
はい。人工エラの商用化を目指していました。ただ、開発期間が長くなることが予想されたので、その技術の一部を使って商業化できる商品を開発し、売り上げを立てる検討を始めたんです。
その可能性を探るなかで、人工エラに使っていたフィルム技術を、水中ではなく陸上で使ってみたらどうかと考えました。私たちが開発した素材は、酸素とCO2は通すけれど水は通しません。つまり、アウトドアでよく使われる透湿性と防水性のある素材だったわけです。
PFAS代替ニーズ急増で開発を本格化

亀井さんがロイヤル・カレッジ・オブ・アートに留学した当時は、材料科学出身でデザインを学ぶ人はかなりの少数派だったが「ここ5年くらいで3〜4倍に増えていると思います」と亀井さん。
—— それが透湿防水素材のアンフィテックスにつながったわけですね。
2020年になる直前くらいだったでしょうか。人体に有害な化学物質を含むなど、さまざまな問題が指摘されていたPFASの規制が始まりそうだと聞きました。しかも、最初に適用されるのがアパレル領域だと。
実は、私たちは人工エラのガス交換材料を、PFASを使わずつくっていました。PFASの価格が高かったせいもあります。本当にたまたまでしたが、これは挑戦するしかないと思ってアンフィテックスの開発をスタートしたんです。
いまではカリフォルニア州をはじめアメリカの複数の州でPFAS規制が導入され、ヨーロッパでも2026年からフランス、EUと規制の波が広がっている。というわけで、さまざまな材料メーカーがPFASフリーの素材を開発し、市場に打って出ていこうとしているんです。
—— 透湿防水素材のニーズはそんなに大きいんですか。
そもそもテキスタイル全体がとてつもなく大きなマーケットなんです。市場規模は1兆ドル(約148兆円)を超えていて、今後も拡大すると予測されている。機能性のある素材の市場規模もどんどん大きくなっています。
アンフィコではいまも人工エラの開発を続けていますが、テキスタイルのニーズのほうがずっと大きいので、調達資金の98%くらいはアンフィテックスなどテキスタイルの開発に充てています。
「ゴアテックス一強」が崩れ、戦国時代に

PFAS規制によってゴアテックスという絶対的王者のいた透湿防水素材市場が戦国時代に突入。「下剋上のチャンスは十分ある」と亀井さん。
—— 透湿防水素材といえば、ゴア社のゴアテックスが最強と言われていました。
そこが面白いところです。PFAS規制が入ったがゆえに、ゴアテックスという絶対的王者のいたマーケットが戦国時代のような状況になり始めています。
幕府(ゴアテックス)の力が弱まり、ドイツのシンパテックス(Sympatex)や台湾のエクスポア(Xpore=BenQマテリアルズ開発の素材)、スイスのスタートアップ・ディンポラ(Dimpora)など、世界中でいろいろなプレイヤーがさまざまなトライアルを始めているんです。
—— ゴア社もゴアテックスに代わるPFASフリー素材としてePE(延伸ポリエチレン)を開発し、それをパタゴニアやノースフェイス、ゴールドウィンなど大手アウトドアブランドが採用しています。ゴア社の牙城を切り崩すことはできるのでしょうか。
確かにこれまではゴアテックスの天下でした。ただ、ゴア社はPFASを加工することに非常に長けた会社で、彼らの技術はほぼすべてPFASに紐付いていると言われている。いまのところゴア社はePEを推していますが、革新的な技術が使われているかというとそうではありません。下剋上のチャンスは十分あります。
—— PFASフリーの透湿防水素材といっても1つではないと思いますが、具体的にはどんな“戦国時代”になっているのでしょうか。
PFASを使わない透湿防水テキスタイルは大きく4分類あります。孔(あな)が一切開いていない無孔膜のポリウレタンと無孔膜のポリエステル、孔が開いている多孔膜のポリウレタンと多孔膜のポリオレフィンです。
無孔膜のポリウレタンは一番安くて汎用性が高いのですが、蒸れやすく、肌触りが冷たい。無孔膜のポリエステルはシンパテックスが開発している素材で、いまのところ同社しか手掛けていません。多孔膜のポリウレタンは製造過程で有害な有機溶媒などを使っているので、将来的な規制リスクがある。
そして最後の多孔膜のポリオレフィン、これが次世代型の膜としていま最も注目されているカテゴリーです。ゴア社のePEも台湾のエクスポアもそうですし、私たちのアンフィテックスもそう。ここの覇権をどこが取るのかが、今後面白いことになると思います。
「他社には再現できない」アンフィコの強み

撮影:伊藤圭
—— “戦国時代”におけるアンフィコの強みは?
最終的にすべてリサイクルできるような材料構成を目指している点です。加えて、多孔質のポリオレフィンの弱点と言われる耐熱性を上げる技術と、素材に伸縮性と柔らかさをもたらす技術を持っている点。そうした技術を使っていい塩梅の性能・質感を出せるような開発をいま集中して進めています。
——「いい塩梅に仕上げる独自の技術」を持っているということですか?
はい。いい塩梅と言うとちょっとした違いに感じるかもしれませんが、実はこの「ちょっとした違い」を出すためには、フィルムのつくり方を根本的に変えなければならなかったりする。私たちの技術を他社が再現するのはかなりハードルが高いと思います。
—— リサイクルについてはいかがでしょう。透湿防水機能のあるアウトドアジャケットなどは透湿防水膜、表地、裏面コーティングなど複数の層でつくられているのが一般的です。スナックの袋などに使われる多層フィルムのように、リサイクルが難しいということはないのでしょうか?
アンフィテックスの生地も、(透湿防水テキスタイルを開発している)他社と同じように複数のレイヤー(層)で構成されています。ただ、最終的には統一素材でつくれるようにする、あるいは統一素材ではなかったとしてもそれぞれの素材をリサイクル可能な構造にすることを目指して開発を進めています。
もっとも、リサイクルする側の技術や受け入れ体制も念頭に置きながら開発しなければならないので、いまの段階ではまだすべてをリサイクルできる構造になってはいません。ただ、受け入れ側の状況に応じてできるだけ早く全面リサイクルに持っていけるよう、リサイクルしやすい設計を盛り込んで開発している。そこが私たちの強みです。
「材料科学の力を見せていきたい」

撮影:伊藤圭
—— 商業化の見通しについて教えてください。
2025年末、遅くとも2026年の第1四半期に量産体制を整え、2026年には複数のグローバルブランドと提携して生産を開始する予定です。
—— アンフィテックスだけではなく、AMPHICOLOR(アンフィカラー)の商業化も同時に進めるとか。アンフィカラーとは?
ひと言で言えば「無水着色」技術です。テキスタイルの染色には大量の真水とエネルギー、染料で汚染された排水がつきもので、ファッション業界が生み出す大きな問題の一つとなっていました。
アンフィカラーは、布や糸を染料液に浸す従来の後染めと異なり、糸の原料となるポリマーを溶かした段階で直接色を練り込むため、水の使用量ゼロ、排水もゼロ、エネルギーも大幅に削減できます。しかも、約10色ある原色糸の組み合わせ方を変えることで、生地として数万通り以上の色を表現できる。これによって、小ロット生産と在庫圧縮も可能になります。
—— 中長期的な目標は?
まずはPFASフリーの透湿防水テキスタイル領域でナンバーワンのポジションを取りに行く。それを2030年までには実現したいですね。アンフィコの売り上げとして捉えるか、別の指標で捉えるかはまだ決めていませんが、とにかくそこを実現する。もちろん無水着色技術でもトップを狙います。
とはいえ、私たちは透湿防水やPFASフリーの会社になりたいわけではありません。最大の目的は、有害な化合物を使わず機能性のある材料・テキスタイルをつくること。アンティテックスやアンフィカラーはあくまでワン・オブ・ゼムに過ぎません。野望はもっと大きくて、存在感のある材料や技術を次々開発し、機能性テキスタイル市場でシェアを伸ばしていきたい。「材料科学でこんなことまでできるんだ!」という力を見せていきたいと思っています。