ホンダはなぜロケットを飛ばすのか。自動車メーカーを宇宙へと突き動かす原動力

2025年6月17日、本田技術研究所が開発するロケットの離発着陸実験の様子。
「創業者の本田宗一郎が、社名に『自動車』と入れなかったのは大きいですね。本田技研工業という名前にしたのは、車やバイクに縛られないためです。その根っこには『人の役に立つ技術をつくる』という思いがあります」
こう語るのは、本田技研工業(以下、ホンダ)の子会社、本田技術研究所(以下、研究所)で宇宙開発戦略室室長を務める櫻原一雄さんだ。
研究所はこの6月、北海道・大樹町で実施した小型ロケットの実験で、到達高度約270mの飛行と着陸に成功した。
ホンダがロケット開発を進めていると公表したのは2021年のこと。宇宙開発を専門に取材している筆者は、当時すぐに取材を申し込んだものの、「まだ話せる段階ではない」と詳細を聞くことは叶わなかった覚えがある。それ以来、ホンダの宇宙開発に関する話を聞くことはなく、正直なところ計画は立ち消えになったのかもしれない……とさえ思っていた。
そんな矢先、突然「打ち上げ試験成功」という報道が流れてきたのだから、驚かないわけがなかった。
各国の宇宙機関や企業のロケット開発が一筋縄ではいっていないように、打ち上げには数多くのハードルが立ちはだかる。その上、研究所ではロケットのエンジン、なかでも開発難易度が高いターボポンプまでを自社で手がけている。なぜホンダではこうした挑戦が可能だったのか、話を聞いた。

左から、取材に応じた本田技術研究所のチーフエンジニア・石村潤一郎さんと、宇宙開発戦略室室長の櫻原一雄さん。
若手エンジニアの夢から始まったロケット開発
ホンダのロケット研究のはじまりは2019年。
当時20〜30代だった若手エンジニアたちの「自動車開発で培った燃焼や制御のコア技術をロケットに応用したい」という想いから始まった。当初は、社内に宇宙開発の知見はなく、周囲も半信半疑だった。
それでもロケット研究を始動できた背景には、研究所特有の文化があった。研究所はホンダの100%子会社だが、研究所自体は利益を追求する組織ではない。ホンダから開発の依頼を受ける受託開発組織として、将来を見据えた新しく競争力のある技術の創出を目指し、さまざまな領域の基礎研究を積み重ねる役割を担っている。
研究所では、新しい研究のアイデアは自由に持ち込め、小規模なスタディは部門長の裁量で始められる。ロケット研究も、就業時間後の有志活動などではなく、研究所としての独立した新しい研究テーマとして取り組むことが決まった。

本田技術研究所のチーフエンジニア・石村潤一郎さん。取材の中では、たびたび「ホンダらしさ」という言葉も飛び出していた。組織的に“らしさ”を育む仕組みがあるというより、組織文化として自然と定着しているようだった。
もちろん研究のステップを進めていく上では、大きな意思決定ができる立場の人間を説得し、承認を得なければならない。しかし、「まずやってみろ」という創業者・本田宗一郎の言葉としても知られる“ホンダらしさ”が、ロケットという一見すると突飛な研究を進められる基盤となった。
当時、別の研究に従事していた研究所でチーフエンジニアを務める石村さんはこう語る。
「最初はロケット研究を始めるという噂を聞いて『本当に!?』と思ったくらいです(笑)。けれど、取り組みに賛同する仲間を増やし、納得させられればやらせてもらえます。そういう風土なんです」
その後ホンダは、2019年末にはエンジンの燃焼試験にこぎ着け、2021年には小型ロケットの開発に取り組んでいることを公表した。ロケット研究の発案者は、次の夢を見つけ、すでに別の挑戦に取り組んでいるというが、それでも取り組みは社内に定着。研究のスケールは大きく広がっていった。
自動車開発の経験生かし、「ほぼ完璧」の実験
研究所が開発している「再使用型ロケット」は、イーロン・マスク氏が率いるSpaceXのように、同じ機体を短期間で繰り返し飛ばすことができるロケットだ。最終的に、垂直に打ち上げられた機体が高度100キロメートルまで到達し、その後姿勢を保ったまま硬化して垂直に着陸することを目指している。
6月17日の実証試験の目的は、ロケットを再使用する鍵となる「安定した飛行」と「着陸技術」の検証だった。
実験機は全長6.3m、重量は乾燥時900kg、推進剤を含めると1312kgある。打ち上げられた機体は目標高度の270mを越え、271.1mに到達。着地点の誤差はわずか37cmで、高精度での着陸に成功した。

安全面の配慮も徹底された。実験は人の立ち入りを制限した環境で実施され、万が一制御を失った場合でも被害を及ぼさないよう、爆発や火災への備えも整えたうえで臨んだ。
石村さんは「ほぼ完璧」と実験の結果を振り返る。宇宙開発経験が乏しいホンダが、初めての試験飛行で成果を上げられたのはなぜか。その理由を櫻原さんは、自動車開発で培ってきたシミュレーションによる開発経験が大きいと説明する。