小田急カラーの「8000形」が市松模様の西武「8000系」に変身

 【汐留鉄道倶楽部】大手私鉄間の相互乗り入れ、直通運転はもはや日常の光景だが、現役バリバリの車両が「完全移籍」するのは異例だろう。今年5月、小田急の「8000形」が装いも新たに西武「8000系」としてデビューした。小田急多摩線ユーザー歴20年の筆者は、新天地で活躍する様子を見ようと西武線を訪問した。

小田急の8000形「8561」(左)が、西武の8000系「8103」になった。よく見ると、ブラックフェイスがライトの上ぎりぎりまで広がり、車体番号がそこに移動している

 西武グループは、グループ全体で二酸化炭素(CO2)排出量を2030年度までに18年度比で46%削減する目標を設定している。モーターの回転速度を細かく調整して消費電力を抑える「VVVFインバータ制御」の車両を導入し、VVVF化100%を目指すという。省エネ性能が高い車両の新造と並行して、古い車両をより低コストで置き換えるために、第1弾としてVVVF制御の小田急8000形に白羽の矢が立った。SDGs(サステナブル・デベロップメント・ゴールズ=持続可能な開発目標)にかなう環境負荷の少ない車両として「サステナ車両」と命名された。

 必要な改造を経て生まれ変わった8000系は、国分寺と東村山を結ぶ「国分寺線」で主に運用されているが、9月中旬の訪問時には、同線と小川駅で接続する「拝島線」の小平―玉川上水間を行ったり来たりしていた。西武鉄道のスマホアプリは、リアルタイムの列車位置に車両形式の情報も加えているので、8000系が今どこにいるのか一目瞭然。撮り鉄や乗り鉄にはありがたいサービスだ。

拝島線の小川駅から東大和市駅に向かってしばらく歩いたあたりの直線で撮影。沿線やホームには撮り鉄の姿もちらほら

 小川駅で初対面した8000系の「顔」は、窓の周囲が黒い「ブラックフェイス」は健在ながら、その下のブルーのラインがなくなり、「永遠」「発展」「繁栄」を表す「市松模様」がカーブを描くようにデザインされていて印象がかなり変わった。入社3年目の若手社員の案が採用されたとのことで、30000系「スマイルトレイン」のイメージに近く、すっかり「西武の顔」になっていた。

号車番号だけでなく、車いすスペースの表示も大きくて見やすい=小平駅

 6両編成の側面に回ってみると、窓の下いっぱいまで市松模様のグラデーションが施されている。号車番号表示は、小田急時代の小ぶりな角形から青くて大きい丸形に変わっており、白さが増した車体にくっきりと浮かび上がっている。車内は車端部の座席が4人掛けから3人掛けになった以外はほぼ変わっていない。ドア開閉時のチャイムも聞き慣れた音のままで、小田急線に乗っていると錯覚してしまった。

 小田急8000形は1982年に製造がスタートし、計160両が誕生した。アイボリーの車体に青い帯を巻いたいわゆる「小田急カラー」の最後の〝生き残り〟。今回、西武に譲渡された「8261F」編成は85年製で、2006年にVVVF化を含むリニューアル工事が実施されている。

8000形は現在の小田急のポスターにも起用され、まだまだ存在感を示している=栗平駅

 現在は80両に数を減らした8000形だが、まだ見たり乗ったりする機会は結構ある。無味乾燥な四角いステンレス車ではないとはいえ、必ずしも個性的なデザインとも言えず、これまで積極的にカメラを向けてこなかった。筆者の過去20年のデジカメのデータにはそれなりの枚数があったが、9000形や旧5000形、ロマンスカー撮影のための「練習」や「構図の確認」のためのものも多い。ある意味データの〝消し忘れ〟と言えなくもない。

 西武は小田急から8000形約40両、東急からも9000系約60両を「サステナ車両」として購入する計画だ。さらに数を減らしていく8000形を、撮り鉄が沿線に殺到する前に、きちんと「主役」として記録していこうと思う。

懐かしい9000形(右)とのツーショット=2005年5月、小田急永山駅

 ☆共同通信・藤戸浩一 西武と小田急は戦後から箱根の開発、輸送をめぐってしのぎを削り、「箱根山戦争」と呼ばれた。その両社が連携してCO2の削減に取り組むことになるとは、隔世の感がある。今後ともSDGsに向けた鉄道業界の新たなコラボが、ファンを驚かせてくれるかもしれない。