南武線「羽田直通」は夢か幻か? 立川市長も熱望、沿線100万人が待ち焦がれるアクセス革命どうなる
南武線羽田直通の期待
筆者(北村幸太郎、鉄道ジャーナリスト)は前回、「羽田アクセス線「中央線直通」は可能なのか?──都知事が期待、課題を解決する「三つの改良工事」をご存じか」(2025年10月5日配信)という記事を書いた。そのなかで目立った記事への反応は、南武線を京浜地区の貨物線などを活用して羽田空港まで延伸してほしいというものだった。
【画像】35年前の「立川駅南口」懐かしの街並みを振り返る!
立川市の酒井大史市長も、都議会議員時代から南武線の羽田直通を目玉政策として掲げ、自身のYouTubeなどで積極的にPRを続けている。羽田空港の国際化が進むなか、都心と西東京エリアを直結する公共交通の拡充は喫緊の課題である。
しかし、南武線直通案には技術的なハードルが多く、既存利用者への影響も考慮したルート案の再検討が欠かせない。
多摩地域の“羽田アクセス格差”

羽田アクセス線・南武線位置図(画像:北村幸太郎)
前回、小池都知事が期待を示したJR羽田空港アクセス線西山手ルートの中央線直通案を取り上げたが、羽田アクセスの改善を求める声は中央線沿線だけにとどまらなかった。立川市をはじめとする南武線沿線や多摩地域からも、羽田空港へのアクセス改善を求める意見が多く寄せられている。立川市の酒井大史市長は筆者の取材に対し、南武線を活用した羽田アクセス改善について次のように述べた。
「立川と国内各都市や世界との距離が縮まるプランとして、私が東京都議会議員の時から、南武線や南武支線、東海道貨物支線などを活用した立川から羽田空港までのダイレクトアクセスを提案してきました。実現するためには南武線の高架化や沿線自治体のまちづくり、JRの計画など多くのハードルがあり、時間を要します。いずれかの形で将来的に立川からの空港アクセス向上、立川市を含む多摩地域に様々な国からお客様が来訪し、人的交流、人流の確保につなげていけるような施策として沿線市や関係機関に働きかけていきたいと考えています」
昨今の鉄道改良構想のなかで、自治体首長の熱意がここまで強い案件は珍しい。その影響か、市民からの反対意見はゼロである。酒井市長によれば、市民からは
「私のSNSを通して「早く実現してほしい」など好意的な意見をいただいています。また、東京都商工会連合会から東京都への令和7年度予算に対する要望書において、南多摩・西多摩地域へのインバウンド効果、南武線沿線地域の活性化が期待できる南武線の羽田空港への乗り入れが要望されています」
という。今回は、改善策として挙げられている南武線の羽田空港乗り入れ案を検討する。
まず、多摩地域から羽田空港へのアクセス現状を整理すると、主に三つの手段がある。
自家用車や空港バスは乗り換えが不要で便利に見えるが、道路交通であるため渋滞リスクが高く、定時性は期待できない。そのため、時間に余裕を持ったスケジュールが必要となる。
次に鉄道でのアクセスだ。JR中央線や横須賀線、私鉄各線を経由して山手線や京急線に乗り換えるルートは定時性は高いものの、乗換回数が多く、所要時間は概ね1時間前後を要する。八王子から東神奈川乗換で約1時間17分、立川から新宿・品川乗換で1時間8分、府中から明大前・渋谷・品川乗換で1時間1分、高幡不動から明大前・渋谷・品川乗換で1時間10分、京王多摩センターから稲田堤・京急川崎・京急蒲田乗換で1時間11分、新百合ヶ丘から下北沢・渋谷・品川乗換で1時間、たまプラーザから溝の口・京急川崎・京急蒲田乗換で56分、日吉から多摩川・京急蒲田乗換で42分かかる。南武線沿線から京急川崎乗換の場合、立川から1時間10分、登戸から50分、武蔵溝ノ口から46分、武蔵小杉から33分となる。
さらに、モノレール経由のルートも検索してみたが、立川からだと約1時間35分かかり、京急線経由より時間もコストも乗換も不便である。モノレールは山手線より東側の地域の利用者向けの交通手段といえる。いずれのルートもスマートなアクセスとはいえないのが現状である。現在、
・JR羽田アクセス線西山手ルート
・中央線直通
などの改善案が議論されているが、具体的に実現するには相当の時間を要する見込みだ。一方で、読者アンケートや立川市長の発言から、南武線経由で羽田空港へのアクセス改善を求める声は根強い。
筆者は、川崎駅を通るルートとして、川崎市の「京急大師線の羽田空港とJR川崎駅への延伸」や「京急大師線地下化事業」と併せて線路幅などをJR規格化し、南武線と直通運転による羽田乗り入れを検討すべきだと考える。
川崎駅経由ルートの構想と効果

南武線・京急大師線羽田空港乗り入れ計画図(画像:北村幸太郎)
現行の南武線を川崎駅経由で羽田空港方面へ延伸するには、三つの取り組みが必要である。
まず、南武線の川崎駅と京急大師線の京急川崎駅を地下化し、地下で接続する必要がある。京急大師線は線路やトンネル、車体幅がJRと異なるため、JR規格に改造しなければならない。現実的でないと思われるかもしれないが、かつて京急大師線は川崎縦貫高速鉄道に乗り入れ、新百合ヶ丘を経て小田急多摩線と直通する構想があった。京急川崎駅の地下化により、予算上断念していた本町踏切など2か所の踏切除去も可能になる。また、2026年に再開予定の鈴木町~大師橋間の地下化事業でトンネル幅をJR規格にできれば理想的である。難しければ線路幅のみJR規格とし、JR側の電車に京急車体幅の新型車両を用いる形となるだろう。
次に、地下化工事中の京急大師線を羽田空港まで延伸する必要がある。現計画では鈴木町~小島新田間が地下化対象だが、小島新田駅は地上のまま残る。筆者は小島新田駅も地下化し、そこから羽田空港へトンネルを延伸する案を提案する。市長が推す貨物線活用案でも、小島新田駅付近から新線建設は避けられず、延伸距離は変わらない。延伸区間には国際線ターミナル駅も設置する。国際線ターミナル駅北側には広大な駐車場があり、地下駅の施工難易度は高くないと考えられる。
さらに、南武線内の待避設備も改良が必要だ。羽田アクセスの速達性向上には、速達列車の運行が不可欠である。現在、南武線の快速電車は日中平日毎時2本、土休日毎時3本、平日夕ラッシュ時に4本にとどまる。これを各駅停車と同じ10分おき、毎時6本として交互に運転できれば利便性は大幅に向上するはずだ。また、空港アクセス路線として、運転時間帯も平日・土休日問わず朝夕に拡大するべきである。しかし、平日朝は1時間最大23本の各駅停車が走るため、快速の増便は簡単ではない。各駅停車の一部を快速電車に置き換えるとしても、現行線路設備では速達性向上のハードルは高い。そこで再開発計画のある登戸駅、留置線用地が活用できる武蔵溝ノ口駅、本数の多い朝ラッシュ時でも上下線同時に追い越しができる2ホーム4線化の実施と、矢向駅も留置線用地を活用し上りだけでも追い越し設備の設置があっていいだろう。
これらの施策を実施すると、多摩地域各地から羽田空港までの所要時間は大幅に短縮される。八王子から立川乗換で1時間10分、立川からは乗換なしで54分、府中から分倍河原乗換で53分、高幡不動から分倍河原乗換で1時間、京王多摩センターから稲田堤乗換で51分、新百合ヶ丘から登戸乗換で45分、たまプラーザから溝の口乗換で40分、日吉から武蔵小杉乗換で30分となる。南武線沿線の場合は、立川から54分、登戸から32分、武蔵溝ノ口から28分、武蔵小杉から20分で到着できる。現状と比べると、所要時間は最大20分短縮され、2~3回あった乗換回数は1回に減少する。
立川駅からも15分程度短縮され、八王子駅からも中央線から南武線への乗換だけで羽田に行けるようになる。多摩地域、立川、登戸など広域からの空港アクセスが一挙に改善されるのだ。南武線は中央線、京王線、小田急線、田園都市線、東横線など多くの路線と接続しており、沿線人口100万人超が恩恵を受ける可能性がある。南武線沿線の住民だけでなく、空港利用者増加による観光やビジネス需要にも直結する。
さらに、空港需要を踏まえた快速列車の増発により、10分おきの快速運転が可能になれば、沿線内での利便性も大幅に向上する。JR羽田アクセス線の開通で京急の乗客は減ると予想されるが、南武線からの送客でその減少分を補える可能性がある。また、高速バスからのさらなる空港需要取り込みにもつながり、大きなプラス効果が期待できる。高速バスの減便や撤退は、バスドライバー不足の緩和にも寄与するだろう。さらに、多摩地域や東海道線沿線から京急大師線沿線の工業地帯への通勤や、お正月の川崎大師参拝も便利になる。
既存構想との比較と位置づけ

南武線・京急大師線羽田直通後データイム時刻表(画像:北村幸太郎)
既存の羽田アクセス構想と今回の案を比較してみる。前回の記事で取り上げた西山手ルートと中央線直通案は、新宿経由での利便性向上には一定の効果があるだろう。しかし、運行経路が長く、設備改良コストも大きくなると見込まれる。さらに朝ラッシュ時は、西山手ルートが通る埼京線や中央線のダイヤが乱れやすく、定時運行は期待しにくい。南武線ルートを支持するコメントには、この点を指摘する声も複数見られた。
次に西山手ルート(JR東日本構想)単体での効果を考える。例えば多摩センターから明大前や渋谷で乗換え、羽田まで行く場合は約10分短縮できる。品川での乗換も省略できるため利便性は向上する。ただし、立川や八王子など北多摩方面からの所要時間短縮効果は限定的である。
最後に、南武線の羽田直通案を検討する。この案は元JR東日本社員で鉄道コンサルタントの阿部等氏が、2015年2月16日号の現代ビジネス「【沿線革命021】 羽田空港への南武線の乗り入れで500万人近くが便利に」で提言したのが始まりである。南武線の川崎駅の隣、尻手駅から伸びる支線と浜川崎駅から東海道貨物線を活用し、京急の小島新田駅付近から羽田空港中央部へ新線を延伸する構想だ。当時着工前だった「多摩川スカイブリッジ」と一体で施工することを想定しており、北陸新幹線の九頭竜橋のような鉄道・道路併用橋をイメージしたと思われる。既存路線をほとんど改造せずに、安価に実現できる利点がある。
しかし、ひとつ大きな課題がある。それは川崎駅を通らないルートである点だ。川崎市民にとっては不便であり、既存の川崎発着列車の一部を羽田方面に振り分けると、川崎駅の本数が減少する恐れもある。前述の記事では、快速を5分おきに増発し、川崎方面と羽田方面に半数ずつ振り分ける案となっている。確かにこれだけ増やせば利便性低下は避けられる。しかし、需給バランスを考えると、現実的な運行体系かというと疑問が残る。川崎駅も経由できるルートを検討すべきである。この点について、立川市の酒井市長は次のように述べている。
「羽田空港へダイレクトアクセス構想は、立川市民のみならず多摩地域住民の空港へのアクセスにかかる利便性向上及び羽田空港から多摩地域へ来る方の利便性向上が期待できます。JR南武線については、現在高架化に向けて事業が進んでいますが、実現のためのルートは様々な選択肢が考えられます。今後も国・関係自治体・鉄道事業者の計画や動向を注視してまいります」
いずれにしても、南武線経由案は多摩全域を面的にカバーできる上、既存インフラを活用する余地が大きいことは間違いない。
想定される反論と課題

南武線川崎駅地下化想像図(画像:北村幸太郎)
南武線の羽田乗り入れ案には、容易ではない課題が三つある。
まず財政・事業規模の問題である。川崎駅経由の場合、南武線と大師線の川崎駅地下化(約1.5km)と大師線の羽田延伸(約5km)にともなう工事費は、約3000億円に達すると見込まれる。この費用は東京都、川崎市、JR東日本、京急など複数の主体による合意形成が不可欠だ。そのため、投資コストと便益、鉄道事業者の受益見込みを正確に試算し、費用負担の分担を明確化する必要がある。具体的には、JR東日本、京急、国、東京都、神奈川県、川崎市の役割を整理することになる。
次に、事業のメリットだ。東京都や川崎市西部、横浜市西部にとって恩恵は大きい。影響範囲が広いため、3000億円規模の投資でも、東京都が中心となって南武線沿線以外の自治体から少しずつ費用を回収すれば、各自治体の負担感は薄まるだろう。
さらに、川崎市としては地下化事業に弾みがつく点もある。京急大師線は当初、小島新田駅以外は全線地下化の計画だった。しかし予算の都合や費用対効果の再試算の結果、現在は鈴木町~小島新田間のみの地下化にとどまっている。南武線接続のために京急川崎駅地下化が実現すれば、本町踏切や京急川崎駅付近の踏切も除去できる。踏切除去による効果も含め、川崎市からどの程度予算を引き出せるかがカギとなる。
京急にとってのメリットは明確である。大師線の羽田延伸と南武線からの送客により、大師線の通過利用が大幅に増える点だ。これにより、JR羽田アクセス線によって脅かされる京急空港線の収入減を取り戻し、さらに増収につなげられる可能性もある。受益に応じた負担も期待できるだろう。
次にJR東日本である。これまで示されてきた
・川崎駅地下化
・待避設備増設
などの案は、JR関係者には夢物語のように聞こえるかもしれない。しかし、示された案はいずれも、南武線沿線に隣接する東急電鉄が沿線価値向上のために実行してきた取り組みを参考にしたものである。東急はこれまで、東横線の沿線価値向上のために、みなとみらい線直通を目的として横浜~桜木町間を廃止し、路線を短縮して横浜駅を地下化した実績がある。急行系列車の時間短縮のために、東横線の祐天寺駅、田園都市線の藤が丘駅、目黒線の武蔵小山駅や奥沢駅、大井町線の上野毛駅や旗の台駅で待避設備を増設してきた。現在は多摩川線を新空港線と称して、東急蒲田駅を地下化し京急蒲田まで延伸しようとしている。
一方、JR羽田アクセス線事業は努力しているものの、他線区の沿線価値向上や鉄道投資は十分とはいえない。京葉線の通勤時間帯快速列車廃止などに見られるように、沿線開発や路線ブランディングに対するモチベーションは低い。JRは、私鉄のように郊外の沿線開発や関連事業で外部収益を吸収できる構造になっていない(本来は自社で努力すべき点ではある)。そのため、路線改良に向けたモチベーションが生まれにくいという前提を考慮しておく必要がある。
西山手ルートよりも遅い?

多摩地域から羽田へのアクセス現行と改善後の比較(画像:北村幸太郎)
技術的・施工上の課題として、まず京急大師線の川崎駅地下化や他路線との接続が挙げられる。過去にも議論はあったが、コスト面の課題で停滞してきた。2026年に再開予定の地下化工事では、トンネル幅をJR規格にできるかの検討が必要だ。既に地下化済みの大師橋駅付近のトンネル幅を拡張できるかも技術的に検討する必要がある。もし不可能であれば、南武線車両を京急車体幅に合わせる必要がある。さらに、地下区間新設にともなう安全対策や環境影響評価も欠かせない。
次に、そもそもの整備必要性である。南武線の羽田乗り入れ案を具体的に検討した結果、先に示した試算通り、大幅な時間短縮効果が期待できることがわかった。ただし、これは「JRによる西山手ルート整備が頓挫した場合」の話である。西山手ルート整備や中央線直通のみでも一定の時間短縮効果があり、多くの出発地から羽田まで、南武線経由の方が西山手ルート経由より数分しか速くない。特に八王子、立川、府中からのアクセスでは、南武線経由の方が遅くなる場合もある。詳細は添付の現行ルート、西山手ルート、南武線・大師線ルート比較表を参照されたい。
このため、南武線経由案が本当に費用対効果で優れるのか、再検証が求められる。この点について酒井市長は
「羽田空港アクセス線(東山手ルート・アクセス新線)については、令和7年4月19日~20日にかけて京浜東北線等の線路切替え工事を予定するなど、アクセス線実現に向けて着実に前進しており、現計画では2031年度開業予定となっています。一方、西山手ルートについては、現時点で事業スキームやスケジュールは未定であり、開業の見通しは立っていません。前の質問の回答と重複になりますが、実現のためのルートは様々な選択肢が考えられます。今後も国・東京都・鉄道事業者の計画や動向を注視してまいります」
と回答している。費用対効果の課題はあるものの、西山手ルートの不透明性が、市長が南武線活用を推す理由のひとつであることは間違いない。
統合的視点と政策的提言

本町踏切の地下化(画像:川崎市)
南武線が羽田空港に直通すれば、西東京エリアから羽田への所要時間が大幅に短縮され、都市圏の構造の重心が変わる可能性を秘めている。多摩地域の空港アクセス格差を是正し、首都圏全体の移動効率を高める事業となるだろう。
成田空港との競争環境においても、首都圏空港間のバランスに新たな変化が生まれるかもしれない。一方で、財政面や技術面、制度面の課題は大きく、単独での推進は困難である。関係各所が協力し、事業を着実に育てていくことが求められる。