かつての「天空の廃虚」に一目ぼれして…横須賀市の旧市営住宅にカフェ&菓子店を開いた「二つの理由」
〈かながわ未来人〉 「此処菓子店」店主・渡辺三恵子さん(43)
神奈川県・JR横須賀線田浦駅から谷戸を奥へ。尾根を巻く急な坂道を上り切った場所に、カフェを併設した洋菓子店「此処(ここ)菓子店」を開いた。

渡辺三恵子(わたなべ・みえこ)さん
視界が広がり、空が近い。「木々に囲まれ、土の香りがする。ふるさとの岩手に戻ったよう。その上、海も見える」。下見に来て一目ぼれした。
◆旧市営住宅を改修、7月オープン
深呼吸したくなる気持ちの良い場所は、かつて「天空の廃虚」とも呼ばれていた。2020年に「市営田浦月見台住宅」が廃止された後は、木造やブロック造りの平屋の空き家群だった。
横須賀市と民間会社「エンジョイワークス」が2024年に協定を結び、店舗兼住宅に再開発した。「此処菓子店」は、そこにやってきた新店舗の一つ。今年5月に旧市営住宅の外壁を補修し内装を解体した状態で引き渡しを受け、床などを仲間と作って7月の開店にこぎつけた。

月見台住宅にオープンした「此処菓子店」。右手奥に東京湾が見える=横須賀市で
のれんをくぐると、米粉で焼いたクッキーの甘い香りに包まれる。小麦アレルギーの子も食べられるように試行錯誤した。
◆食べ物を大切にしたい
「もう一つの理由は、ふるさと・岩手のお米を利用したいと考えたから。昨年から米不足が指摘される前は米余りと言われていたから、何とか利用しようと考えた」
おいしいものを多くの人に楽しんでほしい。食べ物を大切にしたい。その思いの延長で、おからと米粉のクッキーも商品化した。
「ナッツアレルギーの人もいる。アーモンドの代わりを探して、おからに行き着いた。捨てられることもあるおからを使えば、フードロス対策や(ごみになるものを利用する)アップサイクルにもなる」
◆「店づくりは街づくり」の言葉通りに
ざくざくした食感のおから入り米粉クッキーは、やさしくどこか懐かしい味で、つい次の一つに手が伸びる。
人気の喫茶メニュー、梅サイダーのシロップは、月見台住宅の広場で収穫した梅で作った。「廃虚」時代は顧みられなかった梅が、滋味豊かな飲み物として皆の渇きをいやしている。
以前勤めていた職場の上司に「店づくりは街づくり」と言われた。その言葉通り、店には人が集まり、にぎわいが生まれた。
◆「ここで、心をひと休みしていって」
サイクリングやハイキングを楽しむ人が休憩に立ち寄る。おから入り米粉クッキーの味見は、月見台住宅に入居する別の店のオーナーに頼んだ。10月5日のイベント「月見祭」では、店の軒先や庭に別の店が出て、にぎわいが増した。
交流は月見台住宅の外へも広がる。「近隣の方から『週末に来るのを楽しみにしている』と言ってもらえるようになったのがうれしい」
店内や木や花に囲まれた庭先では、時間がゆっくりと流れる不思議な感覚を覚える。
「自分もそうだったが、子育てをしながら仕事をして、日々休む間もない人が多い。どうぞ今、ここで、心をひと休みしていって」。「此処菓子店」との店名に込めた思いが、穏やかな空気の秘密かもしれない。(篠ケ瀬祐司)
月見台住宅 1960年に竣工(しゅんこう)され、2020年に廃止された「市営田浦月見台住宅」を巡り、横須賀市と民間会社「エンジョイワークス」が2024年に協定を締結。木造平屋、ブロック造り平屋の元市営住宅群を、47戸の店舗兼住宅に改修した。今年7月から飲食店やセレクトショップなど、こだわりの店が続々とオープン。10月下旬時点で、47戸のうち43戸が出店・入居契約を終える人気ぶりだ。かつての「天空の廃虚」は、人々が集う「なりわい住宅群」に生まれ変わりつつある。

(左)渡辺三恵子さん (右)月見台住宅にオープンした「此処菓子店」=横須賀市で
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