軽スポーツカーは絶滅危惧種なのに。ダイハツの新しいコペンに見る「トヨタグループの覚悟」

ダイハツ公式メディアサイト

ジャパンモビリティショー2025。最先端のEV群が整然と並ぶなか、一台だけ異彩を放つクルマがあった。ダイハツが披露したのは、軽自動車規格のコンパクトさとスポーティーな走りを両立し愛されてきた二人乗りスポーツカー・コペンの次期モデルとなる新コンセプト「K-OPEN」だ。

ただのコンセプトカーなら話題にもならなかったかもしれない。実際、2年前の同ショー(ジャパンモビリティショー2023)では「VISION COPEN」が出展されたばかり。あれは1.3Lエンジンを積んだ登録車サイズ相当のモデルで、「かつてのコペン再考」として話題になったが、以降何の音沙汰もなく、市販化はおろか技術検証車すら存在しなかった。

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だが今回のK-OPENは違った。展示された車両の隣に置かれていたのは、すでに公道走行テストを重ねている実験車両。中身は市販車ベースのリアルな構成——商用軽「ハイゼット」のスラントエンジンを前方に低く斜めに積み、FRに不可欠なリアデフとシャフトも同車から流用。それらを組み合わせて、「軽FR」という誰もが諦めたテーマに、本気で取り組んでいることが伺える。

いま軽スポーツは風前の灯だ。ホンダ・S660が去り、2代目コペンが2026年夏に生産終了を迎えるこのタイミングで、なぜFRのオープンカーを軽自動車として復活させるのか。しかもそこに搭載されるのは、今さらの内燃機関。それもマニュアルミッションまで想定しているという。

コペンが辿った20年

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2002年、初代コペンが登場したとき、それは異物だった。全長3395mm、全幅1475mmの軽サイズに、64馬力の直4ターボと電子制御スロットル、そして電動油圧式ハードトップ「アクティブトップ」を詰め込んだ。その設計はもはや執念に近く、金属製ルーフがわずか20秒でトランクに消えるギミックは、実用よりロマンを優先した象徴だった。

JB-DETエンジンの緻密なフィーリング、剛性感の高いシャシー、加えてこの価格で各部のパーツにまで、高級スポーツカーにも採用されるメーカーのものを投入したことが、軽スポーツの概念を変えた。結果、初代は10年間で5.8万台を販売。ライバル不在の中でしっかりと爪痕を残した。

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衝突安全基準や燃費規制、プラットフォームの老朽化といった時代の要請により、2012年に初代は生産終了。そして2年後の2014年、2代目コペン(LA400K)が登場する。

鋼製モノコック「Dフレーム」に樹脂製の外板を載せる構造は、量産車として世界初。外板を着せ替えできる「DRESS-FORMATION」は、クルマを持つ楽しさに振り切った設計思想だった。デザインアドバイザーには家庭用ロボット「LOVOT」を手がけた根津孝太氏が起用され、常識に囚われない挑戦が試みられた。

発売当初は「ローブ」と「エクスプレイ」の2バリエーション。しかし、まるでミニ四駆のようなアグレッシブなフロントマスクは賛否を呼び、初代の柔和な雰囲気を懐かしむ声が目立った。その声に反応するかのように2015年に「Cero」が追加。初代オマージュの丸目ライトがファンの心を捉え、ローブからの換装用「セロ化キット」まで登場した。ユーザーとの対話から生まれたマイナーチェンジといえる。

販売面でも、初年度(2014年6月発売〜2015年6月)には累計1万台を突破。月販目標700台を上回る滑り出しだった。ダイハツは「感動の走行性能」と「自分らしさの表現」という二軸を訴求し、その言葉どおりコペンは単なるプロダクトではなく、体験の媒体として機能し始めていた。

ただし、それ以降は一般的なスポーツカーの宿命ともいえる「新型効果の減退」が訪れる。年販は下がりつつも、商品バリエーションを途切れさせなかったことで粘り強く市場を維持。特に2019年、GR SPORTの追加によって販売台数が過去最高を記録する。トヨタのGRチャネルでの取扱開始も相まって、2代目コペンは再び注目を集めた。

最終的に2024年7月の発表では、ダイハツ単体で4万5844台、GR SPORTを含めると累計で5万3256台に達している。

そしてついに先日、2026年8月下旬をもって現行型の生産が終了するというアナウンスがあり、コペンの歴史は途絶えたかに思えた。しかし、ここにきてK-OPENが発表されたのである。