中国の訪日旅行“一斉キャンセル“は観光業に大打撃なのか?長期化懸念も「深刻ではない」理由

一斉キャンセルの実態, 中国人旅行客の存在感は低下, 現在の中止は「忖度」, 内心は「早く落ち着いてほしい」

REUTERS/Issei Kato

「中国人の予約が〇件キャンセル」「旅館悲鳴」――。

台湾を巡る高市早苗首相の発言に反発した中国政府が訪日旅行自粛を呼びかけ、このようなタイトルの報道が連日流れてくる。プラットフォーム経由で情報に触れていると気づきにくいが、報道機関によって温度感が違い、「これでもか」とばかりに危機を煽っている新聞社もあれば、「旅館悲鳴」とタイトルをつけながら、記事の後半で「影響は限定的」とトーンダウンしている記事も少なくない。

先のことは見通しにくいが、日中関係の悪化と訪日旅行自粛呼びかけがインバウンドにどの程度影響をもたらすのか、ファクトに基づいて考察したい。

一斉キャンセルの実態

一斉キャンセルの実態, 中国人旅行客の存在感は低下, 現在の中止は「忖度」, 内心は「早く落ち着いてほしい」

REUTERS/Issei Kato

日中の政治の摩擦が経済に波及したのは中国文化・観光部が11月16日、「中国人が襲われる事件が多発」「政治家の挑発的な発言が日中交流の雰囲気を著しく悪化させ、中国人の安全にリスクをもたらしている」ことを理由に日本旅行の自粛を呼びかけたことに始まる。

その後、マスコミは相次ぎインバウンドへの影響を論じている。

毎日新聞は20日に「『予約ゼロ苦しい』 中国団体客がキャンセル、航空便減便の動きも」とのタイトルで、

  • 三重県松阪市のホテルでは20日以降の予約キャンセルで、約100人分のキャンセル料を得られていない。
  • 愛知県常滑市内のホテルでも、ツアー会社のキャンセルが相次ぐ。17日から仮予約を含めて数十件、2000人分以上になる。

と報じた。

時事通信は18日、「人的往来の中止相次ぐ 日本旅行や自治体交流に影響―航空券50万件キャンセルか」とのタイトルで、

  • 遼寧省瀋陽の旅行代理店が12月のツアーを全て中止する

と報道している。

タイトルを追うとキャンセルの雨嵐という印象を受けるが、よく読むと中止になっているのは団体旅行である。旅行代理店の関係者や中国側の情報によると、多くが内陸部や東北部を出発地とする国有企業による旅行や教育旅行だという。

団体旅行の実施の可否を判断するのは旅行代理店か主催者(企業)だ。中国政府が自粛を呼びかけた以上、キャンセルに動くのも当然だろう。

参加者のキャンセル料も免除されているはずだし、韓国が9月29日に中国人の団体旅行のビザ免除を始めており、ツアー会社にとっては振替先もある。

中国人旅行客の存在感は低下

中国から団体旅行を多く受け入れている宿泊施設、観光地にとっては大打撃だが、上記のような状況は、中国人向けインバウンドの全体を反映しておらず、関係者の受け止め方は比較的冷静だ。

第一に、訪日外国人旅行者に占める中国人の存在感はかつてほど圧倒的なものではない

一斉キャンセルの実態, 中国人旅行客の存在感は低下, 現在の中止は「忖度」, 内心は「早く落ち着いてほしい」

画像:JNTOのデータを基に編集部で作成

観光庁の統計によると2025年1~10月の訪日外国人旅行者は3554万7200人。前年同期から17.7%増えた。通年でも、過去最多だった2024年(3687万人)を上回るのほほぼ確実だ。

そのうち中国人は同40.7%増の820万3100人。ゼロコロナ政策や処理水放出の影響で戻りが遅かった分、今年の伸び率は非常に高いが、それでも訪日外国人旅行者全体に占める割合は23%で、コロナ禍前の2019年の30%(総数3188万2000人、中国人959万4000人)から大きく低下している。

日本のインバウンドにとって中国人は重要なターゲットではあるが、伸びしろは違うところにある。

一斉キャンセルの実態, 中国人旅行客の存在感は低下, 現在の中止は「忖度」, 内心は「早く落ち着いてほしい」

2019年(1月〜12月)と2025年(1月〜10月)の国別訪日観光客の割合。

現在の中止は「忖度」

第二に、中国の大型連休が近づくと「爆買い」について聞かれる筆者がいつも答えていることではあるが、ツアー客が爆買いをするというような中国人の旅行スタイルは過去のものになっている。

観光庁の統計によると2015年はツアーの比率が42.9%だったが、2025年4~6月は11%に下がり、9割近くが個人旅行だった。

「団体旅行が〇件キャンセル」という報道はキャッチーであるが、中国人の訪日旅行の1割にすぎない。

これまでの報道を見ると、中止に・キャンセルになっているのは団体旅行や自治体や団体の交流事業だ。中国関連の仕事先に影響をヒアリングしたところ、とある中国IT大手の日本メディア向け説明会が、立ち消えになっていた。関係者は「メディアから日中関係の質問が出るのが嫌で取りやめたのかもしれない」と話していた。

目下、やめても実害が少なく、やることで面倒に巻き込まれかねないものが、自主規制や忖度によって中止されていると考えている。

内心は「早く落ち着いてほしい」

一斉キャンセルの実態, 中国人旅行客の存在感は低下, 現在の中止は「忖度」, 内心は「早く落ち着いてほしい」

Zhu Yaozhong/VCG

では、中国人の訪日旅行の9割を占める個人旅行は現在どうなっているのか。この3連休で観光地を取材したメディアの報道では、「中国語が減っているような気がする」と商店主の言葉があったり、気にせず浅草寺を観光している中国人がいたり、結局は「よく分からない」ようだ。

個人旅行者の動向はつかみづらく、だから日本のメディアや日本人が10年前の爆買いのイメージを引きずっているとも言える。ある場所で減っているとしても、別の場所に流れているかもしれない。

たまたまではあるが、知人の中国人男性(40代)が訪日旅行自粛呼びかけの数日前に日本旅行の航空券を予約したので、どうするか聞いてみた。彼は「旅行予定の1月下旬までまだ2カ月あるので、しばらく様子を見る」とのことだった。

団体旅行と違い個人旅行は、航空券、ホテル、交通、現地のアクティビティをそれぞれ手配しているし、「この時期にしか見られない景色を見に行く」「アニメのイベントに参加する」など明確な目的があることも多い。旅行を取りやめるにしても、相当なコストが発生する。

この男性は、「自分が購入した航空券はキャンセル無料の対象になっていないので、キャンセルすると大損になる」とも話していた。

そう言われて改めて調べてみると、中国の大手航空会社は日本発着のフライトについて無料でキャンセル・変更する措置を取り、これまで54万件がキャンセルされたと報道されているが、基本的にキャンセル無料が適用されるのは12月31日までの旅程となっている。

旅行者や航空会社は「年内に状況が落ち着いてほしい」というのが本音なのではないだろうか。