「働かなくても時給1500円」のナゾ 障害者就労支援事業所の「あり得ない」手法

大阪市内の就労継続支援A型事業所を利用していた瀬戸京香さん(仮名)=10月、大阪府内

 大阪府に住む瀬戸京香さん(仮名)はずっと不思議だった。「家で仕事らしい仕事をしていないのに、時給1500円をもらっていました。おかしいですよね」。瀬戸さんには発達障害と精神障害があり、障害者の就労を支援する事業所で働いていたのだという。

 瀬戸さんの元には時々、200万~300万円台の金額が書かれた通知が届いていた。瀬戸さんは意味がよく分からなかったが、どうも「瀬戸さんを支援した」という名目で事業所が1カ月に受け取っている公的なお金のようだ。ただ、ほとんど支援は受けていない。「なのに、私1人の分で事業所が300万円も受け取っているの?」

 瀬戸さんの疑問について記者が取材すると、専門家も「あり得ない」と驚くようなカラクリが浮かび上がった。(共同通信=市川亨)

瀬戸京香さん(仮名)が利用していたA型事業所が入っていたビル=10月、大阪市内

▽「A型事業所」とは?

 瀬戸さんは2024年まで数年間、大阪市内の「就労継続支援A型事業所」を利用していた。A型事業所は、国が定めた障害福祉サービスの一つ。障害者に働く場や訓練を提供し、一般企業への就労を支援する。

 基本的にはA型事業所へ通って働くが、在宅勤務も可能。仕事内容はパソコン作業や清掃、製造、クリーニングなど事業所によってさまざまだ。

 事業所は利用者と雇用契約を結び、原則として最低賃金以上を「生産活動」の収益から支払う。一方、事業所は障害者への支援の見返りとして国から障害福祉サービスの給付金(報酬)や雇用保険の助成金を受け取れる。

 今年6月現在、全国に約4400カ所あり、約8万7千人が利用する。精神・発達・知的障害の人で9割近くを占め、軽度の人が多い。

 瀬戸さんもそんな一人だったというわけだ。利用を始めたとき、瀬戸さんはA型事業所のスタッフからこう言われたという。

 「うちでは『36カ月プロジェクト』という仕組みに入ってもらうことになっています」

▽「家にいるだけで給料がもらえた」

 「36カ月プロジェクト」とは何なのか。瀬戸さんら元利用者や運営法人のスタッフらによると、次のような仕組みだ。

 まずA型事業所を数カ月利用し、一般企業に就労。6カ月たったらA型事業所に戻り、数カ月後にまた一般就労に移る。これを繰り返し、6カ月の一般就労を6回行うので、「36カ月」というわけだ。

 「一般企業への就労」と言っても、実際には運営法人や関連会社に就労する形で、A型事業所利用中と一般就労中どちらも仕事はほとんどなかったという。瀬戸さんはこう話した。

 「パソコンでタイピングの練習をしたり、指示された調べ物をネットでやったりしたけど、やってもやらなくても同じでした。コロナ下で在宅勤務が長く、仮に家でゴロゴロしていても給料がもらえる状態でした」

 内部資料によれば、瀬戸さんは一般就労の期間中、A型事業所の運営側で「職業指導員」ということになっていた。それを瀬戸さんに伝えると、「全く知りませんでした」と答えた。

 瀬戸さんの時給は6カ月ごとに自動的に50円上がり、最後は1500円になった。「絶対おかしいと思っていたけど、怖くて事業所には聞けなかった」。瀬戸さんは体調不良もあって利用を辞め、現在は全く別のA型事業所で働いている。

絆ホールディングスが入るビル=10月、大阪市内

▽全国平均の10~15倍の給付金が事業所に

 瀬戸さんが利用していたのは、大阪市にある「絆ホールディングス(HD)」という会社の子会社や関連法人が運営するA型事業所5カ所のうちの一つ。

 ほかの複数の元利用者に話を聞くと、瀬戸さんと同様、次のように証言した。

 「まともな仕事をしていないのに、高い時給がもらえて違和感や罪悪感があった」

 「これでは自分がダメになると思って、辞めました」

 事業所が利用者への支援で月に200万~300万円台の給付金を受け取っていることを示す通知を、やはりそれぞれ受け取っていた。

 A型事業所に支払われる給付金は、全国平均では利用者1人当たり月20万円前後。絆HDでは10~15倍ほどで、異常な金額だ。なぜそんなことになっていたのか。

 

 ※【「絆ホールディングス」は、東京に本社を置く「絆ホールディングス株式会社」とは、別の会社ですのでご注意ください。】

絆ホールディングス傘下のA型事業所が利用者1人当たり月に330万円余りの給付金を受け取っていたことを示す通知

▽「制度の趣旨に反し、抜け道を突いている」

 カギは国の給付金の仕組みにある。A型事業所が障害のある利用者を支援して、一般企業への就労につなげた場合、いわば「ご褒美」として事業所への給付金が加算される制度がある。

 「就労移行支援体制加算」と呼ばれ、一般就労して6カ月以上定着した人数が多ければ多いほど、翌年度の給付金が増える仕組みだ。

 絆HD傘下のA型事業所では、36カ月プロジェクトによって一般就労の人数が年間200人などに膨れあがり、その分、給付金が約200万~300万円になっていたというわけだ。

 ただ、障害福祉の業界関係者はこう口をそろえる。「通常は事業所が頑張っても、一般就労に移行できるのは年間数人程度。200人なんてあり得ない」

 厚生労働省の委託を受けて2024年度に全国のA型事業所の実態を調査したコンサルタント会社「インサイト」(大阪市)社長の関原深さんは、こう指摘する。

 「形式的には違法ではないが、制度の趣旨に反している。抜け道を突く行為で、普通のモラルがあったら、こんなことはしない。行政が調べれば、一般就労や生産活動の実態がないことや、給付金を利用者への賃金に充てるという違法な状態だったことは分かるはずだ。そこから切り崩せたのではないか」

A型事業所の実態に詳しい関原深さん=2024年7月、大阪市

▽少なくとも約27億円を過大受給か

 指導監督権限のある大阪市も何もしていなかったわけではない。

 市の文書によると、2023年度に絆HDの傘下事業所へ調査に入り、こう指導していた。

 「利用者が具体的な業務に従事していない。訓練や支援を適切かつ効果的に行うこと」

 「(36カ月プロジェクトについては)加算金の主旨・目的に沿わない。加算金の算定(請求の意)にあたっては十分に検討されたい」

 市は事前に厚労省と相談したが、やはり「違法とは言えない」という結論になり、この程度の指導にとどまった。

 絆HDがその後も加算金を受け取り続けたため、厚労省も対応に乗り出した。2024年度に制度を改正し、過去3年間に加算が適用された利用者については原則、複数回の適用は認めないようにした。

 ところが、絆HDは24年度以降も加算金の請求を続けた。大阪市は25年8月に傘下のA型事業所へ監査に入り、24年度以降に少なくとも約27億円の加算金を過大に受け取っていたとみて、行政処分や指導を検討している。

絆HDとは別のA型事業所を経営する男性=10月、大阪市内

▽「働く意欲の芽を摘んでしまう」

 絆HDの存在は大阪市内の他のA型事業所にも影響を与えていた。市内で別のA型事業所を経営する男性はこうぼやく。

 「利用希望者から絆HDと比べられ、『なんでこっちは時給が低いのか』『向こうでは休憩していても賃金が出る』などと言われるんです」

 市内の業界関係者の間では、以前から絆HDの手法は問題視されていたという。男性はこう憤った。

 「本来なら、一般就労した人がA型利用に戻ってくるということは、支援や見極めが足りなかったという意味で、事業所の『負け』なんです。絆HDでは利用者が『働かなくてもお金がもらえてラッキー』となってしまい、働く意欲の芽を摘んでしまう。障害者の社会参加を促すのが私たちの役割なのに、正反対のことをやって稼いでいる」

 絆HDの創業者で「今も実質的なトップ」(元スタッフ)とされる取締役の男性は著書でこう書いている。

 「僕の会社は社員の2人に1人が障害のある人です」「多様な職種で活躍し、障害者が強力な戦力となって(会社を)成長させているのです」

 そして、絆HDは2024年に厚労省から「障害者雇用に関する優良な中小事業主」として認定されている。

 同社は今回の問題について、取材にこう答えた。「事実確認を行い、対応する。今後も法令を順守の上、障害者の就労支援に真摯に取り組む」

▽取材後記

 元スタッフらによると、絆HDが36カ月プロジェクトを始めたのは、2020年ごろだという。大阪市は給付金の返還請求を検討しているが、あくまで2024年度以降の分だ。

 それより前は違法とは言えないため、返還を求めるのは難しいとみられる。その額も数十億円に上る可能性がある。取材では多くの関係者がこう話した。「行政が甘すぎる。もっと早くに厳しく対応すべきだったのではないか」

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 障害者の就労支援では、「就労継続支援B型事業所」についても問題が指摘されています。B型事業所に関する情報をお寄せください。[email protected]