「ルパンの車」が現代によみがえらない理由。新型フィアット・500が物語る「安くて小さい国民車」の限界

ステランティス公式メディアサイト

小さくて、軽くて、狭い路地でもグングン進んでいける。フィアット・500は、そんな車だった。

戦後イタリアの混乱を抜け出すように1957年に誕生し、安価で実用的な国民車として街を埋め尽くした。あの丸いフォルム、チープで愛嬌のある音、手の内に収まるサイズ感は、多くの人の日常を動かし、文化そのものになった。

そして500は、ルパン三世の愛車として世界に広く刻まれた。華奢なのに機敏で、追手を軽やかに振り切る黄色いチンク。

その500が18年ぶりのフルモデルチェンジを果たした。しかし目の前に現れた新型500は、私たちが知っている「ルパンの車」とは別の姿をしている。重く、大きくなり、安くもない。しかもEVとして開発したはずが、販売失速で急きょハイブリッドへと戻り、ついにはEV専用ボディに内燃機関を押し込むという前代未聞の進化を遂げた。

なぜこうなったのか。現代の規制と電動化の構造の中では、かつてのような「安くて小さい国民車」が成立しなくなったからだ。

EV専用500は「都市の道具」になれなかった

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新型500のベースとなったフィアット・500eは、親会社であるステランティスにより、フィアットブランドの次の時代を象徴するEVとして投入された。ガソリンを完全に捨て、初めてEV専用プラットフォームを採用。外観は従来のかわいらしさを守り、内装は大型タッチディスプレイや先進運転支援で現代化。生産は先代の製造工場であるポーランド工場からイタリア・トリノのミラフィオリ工場に移り、世界へ送り出された。

だが販売結果は芳しくなかった。欧州での販売は2023年に約6.5万台だったものの、翌2024年には半減。北米では2024年1〜8月でたったの204台という数字に終わった。

500eは外観こそ従来の500らしさを残しているが、構造と思想はまったく別物だ。むしろ「似た姿をしているだけの新しい車」と考えた方が正確だ。

まず第一の要因は高すぎる価格だ。欧州の初期モデル「La Prima」は補助金適用前で約3万7900ユーロ(2020年のレートで約455万円)。都市のサードカーとしては完全に予算オーバーの領域。北米でも3万2500ドル(2023年のレートで約490万円)スタート。実用的な道具ではなく、完全にプレミアム玩具のカテゴリに入ってしまい、もはや手頃に手の届く大衆車とは言いづらくなってしまった。

次に航続距離。バッテリー容量は42kWhで、公称WLTP航続距離は約320km。しかし実際は200km台前半が現実的なラインで、真冬や高速走行では150kmを切るケースもある。

走行性能も並だ。最大出力136PS、100km/hに達するまでに要する時間は9秒台。街乗りに問題がないが、電気自動車ならではの圧倒的なパンチもない。BYDのように価格の優位性もなく、性能での差別化も果たせない500eは市場に埋没していた。

さらにはボディサイズ。旧型(2007〜)のガソリン500が全長3570mm・全幅1625mmだったのに対し、500eは全長3630mm・全幅1685mmへと拡大し、街乗りカーとしての極小サイズのアドバンテージを一部失った。都市部で重視される取り回しは、数字上でも明確に悪化している。

EV戦略の敗戦処理としてのガソリン回帰

新型フィアット500ハイブリット

500eの販売が鈍ると、まず揺れたのはトリノのミラフィオリ工場だった。欧州全体でEV需要が減速した2024年、500eの注文は明らかに細り、生産は何度も止まった。ラインはフルで回せず、稼働と停止を繰り返す。従業員には短時間勤務や一時帰休が適用され、ミラフィオリの先行きに対する不安が広がった。労組は、生産の不安定さと雇用への影響について懸念を公に示し、工場の将来像をステランティスに問い続ける。500eの失速は、そのまま工場の不安定さとして可視化されていった。

ここで企業が直面したのは、ごくシンプルな算数だ。EV専用モデルだけでは、ミラフィオリを安定して回せない。500eは象徴性こそ高いが、台数のベースにはならない。EVを諦めるかどうかという話ではなく、「この工場を何で食わせるのか」という、ごく実務的な問いが先に来る。

そこでフィアットが引っ張り出したのが、1.0Lの3気筒マイルドハイブリッドだった。これは新たなイノベーションといったものはない。むしろ逆で、2020年以降の旧500やパンダにすでに載っていた、FireFlyシリーズと呼ばれる現行の小排気量ユニットの延長線上にある。排気量1.0L、3気筒の自然吸気エンジンに12Vのマイルドハイブリッドシステムを組み合わせ、出力はおおよそ70馬力級。

その載せ替え先が、EV専用で作ったはずの500eのボディというところが、この話の皮肉な点になる。本来はバッテリーを床に敷き詰める前提で設計されたパッケージに、再びエンジンとトランスミッションを収める。

時代と折り合いをつけた結果の「ハイブリッド」

新型500ハイブリッドの100km/hに達するまでに要する時間は16.2秒。自然吸気モデルのホンダ・NBOXと同等の数字で、ヨーロッパ車として考えれば明確に遅い。従来のガソリン500が出していた167km/hの最高速は155km/hへと下がり、加速も鈍い。10年以上前に登場した85馬力の500ツインエアよりも、加速に時間を要する。

筆者が先代500ハイブリッドをイギリスで借りて乗ったとき、「必要最低限」という言葉があまりにしっくり来てしまった。街中のペースでは困らないが、高速の場合だと余裕はない。あれからEV専用として設計された重たいプラットフォームを維持したまま内燃機関を載せると、パッケージは歪み、力学的な余白はどんどん削られていく。

また、先述のようにボディサイズも一回り拡大していることにより、500が長年大事にしてきた「小さく、軽く、愛嬌があって、気楽に扱える」というキャラクターの一部が曖昧になる可能性は否定できない。

一方でポジティブな点もある。車体は500eベースになったことで、構造は強化され、衝突安全性も高まった。そのため車内の静粛性や剛性感も旧500より明確に良い。