沈みゆく「海事大国」日本――DX後進の危機! 業界団体「3500億円投資」は救済の決定打となるか?

海事産業のDX停滞

 日本の物流を支える海事産業は、深刻なデジタルトランスフォーメーション(DX)後進状態にある。ここでいうDXとは、業務の効率化や新しい価値創出を目的に、デジタル技術を活用してビジネスの仕組みやサービスを変革することを指す。

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 環境規制への対応には1隻あたり数億円を投じるが、デジタル化は停滞している。背景には

・業界構造の分断

・巨額投資の負担

がある。その結果、新興デジタル企業に市場を奪われ、利益率が低迷する可能性が高い。今後10年の投資判断が企業の生き残りを左右し、多くの事業者がDX化に向けた投資を進めている。

人材不足と高齢化の圧力

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サプライチェーンのイメージ(画像:Pexels)

 日本の貿易は99.6%が海上輸送に依存しており、スマートフォンや自動車、食料品など私たちの生活に欠かせない物資の大半は船で運ばれている。しかし、この巨大産業は現在、深刻な課題に直面している。それがDXの遅れである。

 日本は中国や韓国、欧州と比べてもデジタル化の進展が遅いと指摘されている。新型コロナウイルスの影響でオンライン会議や図面のペーパーレス化は進んだものの、基本的なデジタル化の段階に留まっていた。

 人材不足が深刻化するなかでようやく本格的な取り組みが始まったが、ビジネスモデルを変革するレベルのDXにはまだ遠い。こうした遅れは、企業の競争力に直接的な影響を与えている。

 DXの遅れは目に見えにくいが、企業収益を着実に圧迫している。少子高齢化で人口が減り、人材不足が進むなか、最も重要な課題は作業の効率化である。さらに環境規制の強化で作業パターンは増え、脱炭素に対応した代替燃料の登場により港の役割も変化している。

・新燃料に対応した船の開発

・貿易パターンの変化

も、この数年で急速に進んでおり、今後も続く見込みだ。人材不足は経営を圧迫する要因でもある。日本の内航船は日本人船員しか乗船できず、船員の高齢化が進む一方で若手の確保は難しい。DXで業務を効率化し、働きやすい環境を整備できなければ、優秀な人材はIT企業など他業界へ流出してしまうだろう。

レガシーシステムの足かせ

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サプライチェーンのイメージ(画像:Pexels)

 海事産業のDXが進まない理由は、経営者の意識だけではなく、業界特有の構造的な課題が変革を阻んでいる点にある。

 海運ビジネスには船主、運航会社、港湾、荷主、造船会社など多くの関係者が関わる。この複雑な構造がDXの最大の障壁のひとつとなっている。業界全体の効率化には、すべての関係者が同じシステムを使う必要がある。しかし初期費用やメリットの分配を巡り、各社の利害が対立しやすい。また、各社が従来のレガシーシステム(過去の技術や仕組みで構築されているシステム)から脱却できない点も障害になっている。

 海事業界にとって最も切迫した問題は環境規制への対応である。バラスト水処理装置やNOx、SOxなどの規制が続くなか、国際海事機関(IMO)は国際海運からの温室効果ガス(GHG)削減目標として「2050年頃までにGHG排出ゼロ」を掲げている。各社はこれら規制への対応に追われている。

 特に近年注目されているのが新燃料への転換である。従来の油燃料からCO2排出削減を目的に、LNGやメタノール、アンモニアなどの新燃料が登場している。しかし、新燃料への対応には多くのコストがかかる。

 新燃料用のタンク設置や燃料の積み込み・使用設備、安全性の確保などが必要となる。LNG燃料船は重油燃料船に比べ、建造コストが15~30%増加すると言われる。ケープサイズバルクキャリアの船価は約100億円であり、1隻あたり最大30億円の費用が積み重なる。さらに新燃料供給のインフラも整っておらず、港湾側でも多くのコストがかかる。

 このような状況では、多くの企業が「目の前の規制に対応するだけで手一杯」と考えている。DXへの投資は後回しにならざるを得ないのが現状である。

 海事産業のDX推進を阻む根本的な問題は、デジタル人材の不足である。経済産業省によると、日本全体でIT人材が不足しており、その不足数は2030年には79万人に達するとされる。特に、サイバーセキュリティ対策やAI技術など、新しいビジネスを担う人材の不足が深刻である。

 各社はIT人材の採用を進めているが、若手は働きやすい環境や最新技術に触れられるIT企業やスタートアップを選ぶ傾向が強い。船という特殊な業界では、求められる専門知識の幅が広い点も採用のハードルとなる。その結果、

「DXを進めたくても、プロジェクトを推進できる人材がいない」

という悪循環に陥る企業が少なくない。外部のコンサルタントやITベンダーに頼る手もあるが、莫大なコストがかかる上、社内にノウハウが蓄積されないという課題もある。

海事産業に吹く追い風

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サプライチェーンのイメージ(画像:Pexels)

 しかし、海事産業にも追い風が吹き始めた。2025年10月21日に発足した高市政権は総合経済対策の重点戦略分野のひとつに造船を挙げている。一方、業界団体の日本造船工業会は民間の借り入れも含めて3500億円規模を投じる方針を示した。民間を含めれば、投資規模は1兆円に達する見込みである。

 政策のなかには先進生産技術の開発だけでなく、港湾ロジスティクスの強化も含まれており、DX化に向けた取り組みを後押しする内容となっている。2024年には国土交通省が「造船のDXオートメーションによる省人化推進」として1億8000万円を計上しており、業界のDX推進に追い風が吹いている。

 海事産業のDX遅れは一時的な問題ではない。放置すれば、企業の競争力だけでなく、日本の海事産業の基盤そのものを揺るがしかねない。

・環境規制への対応

・DXへの投資

このふたつのバランスが今後10年の企業の命運を分ける。

 目の前の規制対応に追われてDXを後回しにすれば、市場は新興企業に奪われるだろう。逆に、段階的かつ戦略的にDXを進めれば、コスト削減と競争力強化を同時に実現できる。経済合理性を見極めた投資判断が、今まさに求められているのだ。