関西では盛況だったと言われるけど… 「国民的出来事になり損ねた」社会学者が振り返る万博、その理由は

取材に応じる社会学者の大沢真幸さん
2025年大阪・関西万博は10月、2005年愛知万博を上回る2557万人の一般来場者が訪れて幕を閉じた。関西では盛況だったとの評価が定着し、12月に入ってからも大阪の街中を歩くと、大人気となった公式キャラクター「ミャクミャク」のキーホルダーをかばんに付けた人々を目にする。だが、ほかの地域に目を向けると、あの鮮やかな赤と青のカラーは万博会期中もあまり見かけなかった。
158カ国・地域が一堂に会し、多様性の意義を問いかけた半年間は私たちにとってどんな意味があったのか。社会学者の大沢真幸さんに聞いた。(共同通信=井沼睦)

大阪・関西万博の会場から撤去されるミャクミャクのモニュメント=10月29日午後、大阪市此花区の夢洲
▽実際に行っていなくても
―大阪・関西万博には行きましたか。
「仕事で関係している劇団の公演を見るために8月に一度、大阪・関西万博を訪れました。それぞれのパビリオンは芸術的な価値があり、面白い試みがありました。見た人に意味のある刺激や知恵を与えたのだと思います。しかし、万博というイベント全体で見ると、国民にとって歴史的記憶として残る出来事になり損ねたと感じます」
「万博に何十回も行った人は、私が批判的なことを言うと『何も知らないくせに』と思うかもしれません。しかし、実際に見ているかどうかは重要ではありません」
「例えば、1970年大阪万博は、戦後日本の精神史を象徴する祭典でした。浦沢直樹氏が漫画『20世紀少年』で描いたように、万博に行けなかったことが人生の悔いになるほどでした。歴史的出来事は、その場にいない人も参加意識を持ち、終わった後も何度も思い返されるものです。今回は関西と他の地域で極端に熱量の差がありました」

閉幕日、大勢の来場者でにぎわう大阪・関西万博の大屋根リング=10月13日、大阪市此花区の夢洲
▽「輝く未来」イメージできない
―今回の一般来場者総数約2557万人のうち、国内の来場者に占める近畿以外の割合は約33%でした。1970年大阪万博の来場者は約6421万人で、たしかに桁違いの、すさまじい熱狂ぶりがうかがえます。でもそれは、万博のせいなのでしょうか、時代のせいなのでしょうか。
「両方でしょう。まず『いのち輝く未来社会のデザイン』というテーマが空虚に響きました。1970年万博の『人類の進歩と調和』が時代精神の核を捉えることができたのは、当時の人々が人類の進歩を心から信じていたからです。一方、今の私たちは、人類が輝く未来をイメージできません」
「核兵器使用をちらつかせる戦争や気候変動、経済の低迷。『進歩』として歓迎されてきたはずの新技術である人工知能(AI)でさえ、人類はとんでもない代償を支払うことになるのではないかという、悲劇的結果への不安が伴います。どのシナリオでも長期的に破滅に向かっているようにしか見えない。そして、人類がネガティブな方向に向かっていることを皆知っている。万博の主催者は『やるからには希望を感じさせなければならない』と考えたのだと思いますが、それは今の時代、とてもハードルが高いということは忘れてはいけません」
▽絶望から目をそらす
―状況を打破する策はあるのでしょうか。
「絶望を直視することから始め、希望に反転させる作業が必要になります。例えば、万博に政治的なことを持ち込まないようにするのではなく、ガザ戦闘についてイスラエル、パレスチナ双方の知識人を呼び議論する。気候変動の解決策を並べるのではなく、それが難しいから、今こんな状況になっているのだということを示す。AIが現れた未来のポジティブな面だけでなく、暗い面も見せる。それを経た上で、なお希望を持たせることができるかが勝負です」
「ですが、今回の万博は絶望から目をそらす麻酔に過ぎませんでした。会場に来ると何となくわくわくするけど、閉幕し、麻酔が切れると『万博ロス』に陥ります。『ロス』は人気のテレビドラマが終わる時などに使われ、それがどれほど素晴らしかったかを表現する言葉になっていますね。楽しいイベントが終わって悲しいというのは分かるのだけど、それはよくよく考えるとイベントが成功していないという証拠なのです。万博の成功とは、来場者が現実に戻った後に、未来に対する勇気が持てることでしょう」

閉幕日を迎え、夕日に照らされる大阪・関西万博の会場=10月13日午後5時12分、大阪市此花区の夢洲(共同通信社ヘリから)
▽夢の中へ
―大屋根リングをシンボルに「多様でありながら、ひとつ」という理念を掲げた万博ですが、会期中に行われた参院選では「日本人ファースト」をキャッチコピーとする政党が躍進したほか、国際協力機構(JICA)のホームタウン事業撤回騒動など、実際の社会では外国人への警戒感、嫌悪感が広がったように感じます。
「『私たちは悪いことをしていないし、一生懸命やっている。それなのに生活が苦しい』という不遇感の原因を外国人に転嫁する動きです。自分たちの『命が輝いていない』状態を説明する要因として、外部から入ってきている外国人に、自分たちの本来得られるべき利益が回っているのではないかと思うことで、精神的に安定し、腑に落ちた気分になる。その主張のうちの何割かには、真実が含まれます。中国人が日本の不動産を買っている、とかです。これらが正しかったとしても、混乱の原因は別のところにある。個々の細かい真実がむしろ、真の原因を見えなくする効果を持つのです」
「まさに万博の最中に、排外主義的なポピュリズムが人気を博すのは、皮肉なことです。いかに万博が本当の問題に立ち向かわなかったかを示しています。あるいは、本当の問題に立ち向かっていない私たちの社会をこの万博が象徴していたとも言えます」
「万博が非日常の空間だというなら、日本は日常の外交では握れない主導権を取りに行けばよかった。夜道に落とした鍵は、リスクを負い暗闇を探さないと見つからない。だけど、今回の万博は皆が嫌な気持ちになることは避け、明るい夢の中に誘うだけでした。」
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おおさわ・まさち 1958年長野県生まれ。京都大教授などを歴任。「ナショナリズムの由来」で毎日出版文化賞、「自由という牢獄」で河合隼雄学芸賞。