北陸新幹線5.2兆円の岐路!「8ルート」「直通性」で浮かぶ本質、誰が損し誰が得するのか?

揺らぐ北陸新幹線

 北陸新幹線・敦賀以西延伸は2016年に一度「小浜・京都ルート」で政治決着した。しかし2025年9月30日の日本経済新聞は、「2016年に検証した費用対効果の確度が揺らいでいること」、「建設資材の高騰等で、当時2.1兆円と試算した小浜・京都ルートの整備費が3.4兆~3.9兆円に膨らみ、さらに2%のインフレが続けば最大5.2兆円にまで膨らむ可能性」を報じている。

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 5.2兆円と2.1兆円では2倍以上の差が生じ、小浜・京都ルートの前提条件が崩壊している訳である。

 これを受けて12月15日に都内で自民党および日本維新の会が北陸新幹線敦賀以西延伸について議論する委員会を開催した。席上では、日本維新の会が新たに示した八つのルート案の費用対効果等成立条件を再検討する方針を固めた。結果、ルートの決定は2026年以降に持ち越される結果になっている。

8案乱立が映す制度疲労

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米原駅の位置(画像:OpenStreetMap)

 参考までに8ルート案を整理しておこう。

・小浜・京都ルート:過去に一度決定された経緯があり、今回あらためて俎上に載せられている。

・小浜・亀岡ルート:当初から検討されていた案の一つで、京都駅を通らないことを前提としている。

・米原乗入れルート:既存の東海道新幹線に乗り入れて西へ延伸する構想である。

・米原乗換えルート:東海道新幹線への直通ではなく、米原駅での乗り換えを前提としている。

・湖西新幹線ルート:琵琶湖西岸を通過し、新たに新幹線を建設することを想定している。

・湖西在来線ルート:新幹線を新設せず、既存の湖西線を活用する案を含んでいる。

・舞鶴・京都ルート:舞鶴を経由して京都に至る構想で、京都駅を通過することが前提となる。

・舞鶴・亀岡ルート:舞鶴を経由しつつ亀岡へ向かう案で、京都駅は経由しない。

自民党と日本維新の会の整備委員会が8ルート案で再検討を決定した背景には、

・財政制約や物価高騰

・沿線自治体の利害の不一致

・JR西日本の経営体力

という三重の制約が存在する。本稿では、ルート論争を地理や感情ではなく、

・事業主体(JR西日本)の収益構造

・路線ネットワークの最適化

という経済合理性から整理する。ちなみに12月19日の読売新聞によると、JR西日本の倉坂昇治社長が18日の会見で

「お客様の利便性やこれまでの利用の状況を踏まえると、鉄道事業者としては小浜・京都ルートが望ましいと考えている」

と強調し、従来通りの意向を示したことを報じている。

筆者の意見

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2025年10月29日発表のプレスリリース「輸送密度2000人/日未満の線区別経営状況に関する情報開示」(画像:JR西日本)

 筆者(高山麻里、鉄道政策リサーチャー)は、今回の敦賀から京都・大阪への延伸ルート選定は、事業主体であるJR西日本の将来的な路線ネットワーク再編、赤字ローカル線の補完の可能性を軸に評価すべきだと考える。

 JR西日本は北陸新幹線の運行だけを行っている訳ではないので、もっと俯瞰的に見る必要がある。JR西日本は1987(昭和62)年4月1日の国鉄の分割民営化で担当エリアが極めて広くなり、しばしば

「分割バランスの不均衡性」

が問われる事態となっている。北陸エリアから在来線は下関、新幹線は博多までがJR西日本の管轄である。一方でJR西日本は経営資料を2024年に公表している。管轄エリアが広いので営業係数悪化路線も多い訳だ。

 JR西日本という事業主体で見る場合には、北陸新幹線単独での採算性議論は不十分である。しかし実態としては単独での採算性議論に終始している状況だ。

 日本海に面する京都府北部地域は、“海の京都”というブランディングが進む。綾部市、京丹後市、福知山市、舞鶴市、宮津市、伊根町、与謝野町の7市町村地域を合わせた名称である。

 京都府による「観光入込客数及び観光消費額(令和4年)・海の京都観光圏「海の京都DMO」観光マーケティング調査データ」等によると、宿泊客数では京都市と海の京都エリアで約10倍の開きがあった。観光消費額では、京都市が海の京都エリアの約21倍もの消費額になっていた。

 さらにいえば、2021年2月度に更新の海の京都観光マーケティング調査データ等によると、海の京都エリアの旅行者は圧倒的にリピーターが多く、新規の観光客が少ないことがわかっている。リピーターとして定着させる魅力がある観光地であるが、新規の観光客を獲得させないといけない。これが海の京都エリアである。

 これは隣接する福井側の小浜でも同じである。小浜は民家を改装した宿泊施設やグルメが人気だが、やはり以前調査した時はリピーターが多いことがわかっている。福井県は小浜・京都ルートを変わらず推しているが、小浜線沿線サイドの観光地エリアとしてのポテンシャルを伸ばす意欲は見え隠れするし、京都府としても総体的な集客は歓迎であろう。北部地域の海の京都へのリピーターやファンが多いデータがあるからなおさらである。

 JR西日本もこの観光ポテンシャルを生かした沿線開発と収益化は図りたいはずである。福井県の大阪開業の試算は以下のサイトに掲載されているが、交流人口が1年に約1910万人増加として期待を寄せている。同様に海の京都にも交流人口増加の期待が集まる。

 亀岡や舞鶴を通るルートで京都市内回避という案は政治的妥協案ではなく、“海の京都”観光圏での定住人口及び交流人口の定着、観光を中心にした地域経済への効果を期待できる。

 米原乗り換え案は「格下げ」ではなく、東海道新幹線の既存輸送力(米原~京都・新大阪は時間16両編成で2本程度)を活用するコスト最小化モデルで魅力は否定されない。全線直通に固執する方が中途半端な投資となりうる。ただし沿線開発の可能性は短距離で限られるのが米原経由である。

 総括すると、日本海側の小浜エリアや海の京都エリアでのリピーターを生み出しうるポテンシャルを生かした地域開発と北陸新幹線利用者増加を考える上では、小浜と舞鶴・亀岡経由で大阪を目指すコンセプトは一理あるということだ。京都駅を通らないことも重要で、京都~大阪の重複による様々なコストを考えなくてよい。

 米原経由であればメンテナンスコストを想定しても、米原乗換え案を推したい。JR東海のインフラを活用することでエコの推進も可能である。

筆者への反対意見

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「北陸新幹線 敦賀以西ルート案別比較」(画像:京都府)

 一方で、本稿が提示した舞鶴・亀岡ルートや米原乗り換え案に対しては、鉄道の基幹インフラとしての本質や、利用者の行動心理の観点から根強い慎重論が存在する。

 まず、新幹線の最大の価値は

・直通性

・速達性

にあるという点だ。米原乗り換えルートは建設費こそ抑制できるが、ビジネス客や高齢者にとって乗り換えという物理的・心理的障壁は極めて大きい。移動の連続性が断たれることは、北陸・近畿圏の心理的距離を再び遠ざけ、ブランド価値を著しく毀損するという批判は免れない。

 次に、京都駅という巨大ハブを回避することのリスクである。舞鶴・亀岡ルートは“海の京都”への集客を期待するが、京都駅はJR各線、近鉄、地下鉄が交差する近畿圏有数の結節点だ。

 ここをバイパスすることは、奈良や滋賀南部、三重方面といった広域なネットワークからの接続性を放棄することを意味する。特定地域の振興を優先するあまり、国家基幹インフラとしての広域移動の最適化という主目的が疎かになるという、主客転倒の懸念も指摘されている。

 また需要密度と財務リスクの不整合も無視できない。舞鶴・亀岡ルートは現状の人口規模や需要予測が小浜・京都ルートに及ばず、建設費の回収年数が極めて長期化する恐れがある。民間企業であるJR西日本にとって、長期的な経営の重荷になるリスクを指摘する声は多い。

 最後に、制度的信頼性の問題だ。一度は2016年に政治決着したルートを、コスト増のみを理由に白紙撤回し再検討を繰り返すことは、今後の整備新幹線計画全体において

「一度決まったことも後から覆せる」

という悪しき前例となり、公共投資の予見可能性を損なうという制度論的な懸念も、既存案を支持する層の強い論拠となっている。

8ルート再検討が突きつける本質

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京都(画像:Pexels)

 従前の公開データや“海の京都”のポテンシャルを俯瞰すれば、京都非経由での舞鶴・亀岡ルートによる新市場開拓や、コストを最小化する米原乗換え案は、変化する時代における極めて合理的な選択肢に見える。しかし同時に、反対意見が鳴らす

・ネットワークの分断

・制度的信頼の毀損

という警鐘もまた、数十年後の国家の骨格を左右する重い真実である。

 今回の8ルート再検討が私たちに突きつけている本質は、地理的ルートの優劣ではない。それは、

「新幹線 = 万能成長装置」

という昭和・平成期の成功モデルから脱却し、人口減少とコスト増大が不可避な成熟社会における新たなインフラの定義を確立する過程そのものと捉えるべきではないか。

 筆者が注目する舞鶴・亀岡や米原という案は、コスト回避の妥協案ではない。それは、既存の京都・大阪一極集中のネットワークを組み替え、JR西日本の経営自立と地域開発を両立させるための攻めの問いかけである。対して小浜・京都ルートの維持を求める声は、国家基幹インフラとしての直通性・速達性・公共性という、鉄道が持つ普遍的価値の死守を求めている。

 延伸ルートの最適解は、もはや地図の上には存在しない。

「誰のための新幹線で、そのコスト(赤字)を誰がどの世代まで引き受けるのか」

という責任分配の図面を、今一度白紙の状態で描き直せるか。この8案乱立という迷走に見えるプロセスを、JR西日本の経営戦略、地域経済の自立度、そして国費投入の正当性という三条件を冷徹に折り合わせるための必要な対話へと昇華させなければならない。

 新たな地域開発の可能性を小浜や“海の京都”に見出すのか、あるいは無駄を削ぎ落としたネットワークの効率化を米原に託すのか。その選択の先には、私たちがどのような成熟社会を築きたいのかという、明確な意志が問われている。読者の皆さんはこの5.2兆円の行方に、どのような未来を託すべきだと考えるだろうか。