「馬」の速さは生まれか、鍛錬か。ウマの専門家に聞く、サラブレッドが速く走れるワケ【2026年・午年】

駈け抜ける競走馬(写真はイメージです)。
2026年は午年(ウマ年)。
12月14日に最終回を迎えたTBS日曜劇場「ザ・ロイヤルファミリー」では、GⅠレース「有馬記念」優勝を目指した競走馬と、それを取り巻く熱い人間模様が毎週のように話題となった。ドラマ効果もあってか、12月28日に千葉県船橋市の中山競馬場で行われた第70回有馬記念の売り上げは、前年比で約30%増の700億円超えに。レースはC.デムーロ騎手が騎乗したミュージアムマイルの優勝で、幕を下ろした。
速く、たくましく駈け抜けるために育てられる競走馬——。サラブレッドは、厳格に「血統」を管理された、走ることに最適化したウマだ。
ただサラブレッドは、生物として速く走れる“構造”を持っているだけではない。「人馬一体」などと言われるように、訓練の積み重ねやヒトとの関係の中で、そのスピードが際立っていく存在でもある。
サラブレッドはなぜ速いのか。競走馬専門家への取材のもと、その秘密を3つのキーワードから解き明かす。
「軽くて長い肢」で速く走る

ウマは巨体でありながら、ヒト(騎手)を背中に乗せた状態で時速数十キロもの速さで移動することができる。(画像はイメージです)
日本の競走馬の1000メートルレースの最速タイムは、時速に換算すると70キロメートルほど。ヒトの100メートル世界記録保持者より約2倍速い。
瞬間的な速度だけなら、地上生物の中で世界最速なのは、時速約110キロメートルで走るとされるチーターが有名だ。ただそれでもサラブレッドが走ることに最適化した動物だと言われる所以(ゆえん)は、数百キログラムにもなる重たい身体でありながら、時速70キロという高速で移動し、さらにそれをヒト(騎手)を背中に乗せた状態で、効率よく維持できるところにある。
ウマは、「速く」そして「効率よく」走る力が、生物として突出しているのだ。
なぜウマは速く、そして効率よく走れるのか ——。日本中央競馬会(JRA)競走馬総合研究所次長の大村一さんに素朴な疑問をぶつけたところ、2つのキーワードを挙げてくれた。

サラブレッドの肢は、同じウマ属のなかでも特に長いという。
1つ目は「軽くて長い肢(あし)」だ。
「ウマは、その軽くて長い肢を素早く振ることで速く走ることができます。なかでもサラブレッドの肢は、ドサンコなど他のウマに比べて長いという特徴があります」(大村さん)
肢の長さは、そのままストライド(一歩)の大きさに比例する。加えて、ウマは他の草食動物と比較して、肢の「指」にも特徴がある。奇蹄目のウマは「中指」一本が異様に発達し、それ以外の指が退化している。言ってみれば、中指一本で立っている状態なのだ。

同じ奇蹄目でも、指が3本あるサイ(左)と1本しかないウマ(右)では、肢の見た目がかなり異なる。
ウマが駈ける際に着地するのは、中指のつま先(ひづめ)の部分だけ。ヒトが速く走るために、かかとを床につけないように走る(フォアフット走法)のと同じように、ウマは生まれながらにして、力を効率的に伝えながら駈け抜けるための走り方を身に着けているといえる。
肉食動物から逃れるうえで「走る力」が重要だったのは、多くの草食動物に共通している。その中でもウマは、特に効率的に走ることに先鋭化して生き残ってきた種。特徴的な肢は、その進化の結果の一つだ。
トレーニングで心肺機能をさらに強化

JRA競走馬総合研究所の大村一次長。
ウマが速く走るキーワードとして、大村さんが2つ目に挙げたのは、「高い心肺機能」。なかでも注目するのは、持久力の指標である「最大酸素摂取量」だ。
強い馬力を出すには、呼吸によって肺に取り込んだ酸素を血液に移し、全身の組織に一気に届ける「心臓」の力が重要となる。ウマの心臓は、体重の約1.2%程度。ヒトをはじめとした一般的な哺乳類の心臓は体重の約0.6%であることを考えると、ウマは2倍近く大きな心臓を持っている。
また、走り込みなどのトレーニングには、もともと強靭なウマの心肺機能をさらに高める意味合いがある。
大村さんたちの研究では、サラブレッドの最大酸素摂取量は、トレーニングする前の2歳馬では150ミリリットルだったが、走り込みのトレーニングをすると200ミリリットルに増えた(いずれも1分間、体重1kg当たり)。6カ月以上のトレーニングを積むと、心臓の重さが10~20%程度増したという結果もある。

画像:『サラブレッドの生物学』よりBusiness Insider Japanが作成。
最新のトレーニングではさらなる効果も見込めた。
サラブレッドを研究用の低酸素室に入れ、ウマ用のトレッドミル(ランニングマシーン)を使って同様の訓練を積むと、最大酸素摂取量は通常の訓練時よりもさらに10%程度アップしたというのだ。
「注目すべきなのは、既にトレーニングを積んできたウマの最大酸素摂取量が、さらに伸びたことです。最新の科学的なトレーニングをプラスすることで、もう一段伸びる力があると期待しています」(大村さん)

ウマ用トレッドミルと専用のマスクを使い、酸素摂取量を測定する風景。
スピードの鍵握る「遺伝子」

18番目の染色体には、スピードに関連する遺伝子「ミオスタチン」がある。(画像はイメージです)
「軽くて長い肢」「高い心肺機能」に加え、サラブレッドでは「血統」、つまり「遺伝子」の影響も忘れてはいけない。競走馬理化学研究所 遺伝子分析課長の戸崎晃明さんが指摘するのは、スピードに関連する遺伝子の影響だ。
競走馬のスピードに関する遺伝子として重要視されているのが「ミオスタチン」と呼ばれる、2010年代に特定された筋肉の成長を制御する遺伝子だ。
動物は2本で一対になっている「染色体」上に1つずつ(合計2つ)、同じ遺伝子を持つ。ミオスタチンのDNA配列には「C-アレル」と「T-アレル」と呼ばれる2種類が存在し、ミオスタチン遺伝子はウマごとに「C/C型」「C/T型」「T/T型」の3つのタイプに分かれている。
C/C型は瞬発力に優れた速筋繊維の比率が高く、T/T型は逆に持久力に優れた遅筋繊維の比率が高い。そして、C/T型はこれらの中間的な特徴を持つ。このような筋繊維比率の違いが、各サラブレッドの「得意な距離」(距離適性)に影響を及ぼす。
戸崎さんらが、日本のサラブレッドの1710頭(雄1023頭、雌687頭)のデータを解析したところ、「C/C型」の遺伝子を持つ競走馬は1000〜1800メートルの短距離走で勝利する傾向があった。また「C/T型」は1200〜2000メートル、「T/T型」は「C/T型」よりもさらに長距離で勝利する傾向が強かった(下の2枚の図を参照)。

サラブレッドの距離適性と遺伝子型の関連
勝負決めるのは「ウマ7割、騎手3割」
ただ、似た血統であっても、よい成績を収める競走馬とそうではない競走馬が存在する。ウマの競走能力には、遺伝要因以外も重要な因子とされる。「人馬一体」と言われるように、騎手の力で結果が変わることもある。実際、ヒトが乗ることで、どんな影響があるのか。
戸崎さんは
「競走能力に関わる全ての遺伝子の組み合わせがベターなときによいパフォーマンスを発揮するウマが誕生するという意味では、血統は判断材料の一つです」
としつつも、次のように話す。
「同じ遺伝的能力を持つウマであっても、レースで勝てるかどうかは、トレーニングの質や量、騎手の技量、レースの枠順、コース条件などの環境要因が影響します。分からないことがあるからこそ、競馬にはロマンがあるのです」

人の指示を理解させるための調教をしている風景
大村さんは「競馬関係者の間で、レースの勝負を決めるのは『ウマ7割、騎手3割』と言われています。科学的な根拠はないものの、私としては、これを否定する材料もありません」と話す。
遺伝子型やトレーニングだけでウマは強くならない。本来は臆病なウマを、まずは人に慣れさせ、前進や停止、右回りや左回りなどの合図を教え、人を乗せることを許容させ、実際に騎乗者の指示に従うまでの一連の「調教」も重要になる。
「その意味では、『人馬一体』は調教のたまものという言い方もできるかもしれません」(大村さん)