なぜ箱根駅伝は「国民行事」であり続けるのか? 平均視聴率28%の舞台裏で、トヨタが「水素のセンチュリー」を走らせる理由
視聴率20%超を支える「年始の国民行事」
東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)は、毎年1月2日に往路、3日に復路が行われる全10区間・総距離217.1kmの大学駅伝である。関東の大学20校と関東学生連合チームが参加し、日本テレビ系列で全国中継される。2025年大会の平均世帯視聴率は約28%、延べ視聴者数はおよそ5500万人に達した。
1990年代後半以降、視聴率は長年にわたり20%台を維持しており、日本のスポーツ中継の中でも極めて安定した人気を誇る。出場校が関東地区に限られているため、視聴率は東日本で高く西日本では低い傾向があるが、それでも全国的な認知度は高い。
箱根駅伝の特徴は、特定のチームや選手を熱狂的に応援する「コアファン」に支えられているというよりも、幅広い層にとっての
「年始の風景」
として定着している点にある。正月に家族が集まり、テレビをつけると自然と流れている――その光景そのものがイベントの一部になっている。こうした、日常や季節行事と結びついた支持の構造を「ファンベース」と呼ぶことができる。
箱根駅伝のファンベースは、競技そのものへの深い知識や熱量を前提としない。
「なんとなく毎年見る」
「実家で流れているから見る」
といった緩やかな関与が積み重なり、世代を超えて共有されている点が特徴だ。結果として、競技人口や学生スポーツの枠を超えた国民的イベントとしての地位を保っている。
実際、沿道での観戦者数は100万人を超え、テレビ視聴とリアルな観戦が連動する巨大イベントとなっている。箱根駅伝は単なるスポーツ大会ではなく、正月という時間、家族、地域、メディアを巻き込んだ社会的行事として成立しているのである。
この大会を運営するのは関東学生陸上競技連盟だ。円滑な競技進行のため、コース上にはさまざまなモビリティが投入される。大会本部車、先導する白バイ、広報車、医務車、各大学の運営車両などが連携し、217kmに及ぶレースを支えている。箱根駅伝は、選手だけでなく、見えない運営インフラによって成立する巨大な「移動イベント」でもある。
運営車両が生み出す特異な露出環

トヨタ・センチュリーFCV(画像:トヨタ自動車)
レースの中継映像には、トップ集団を中心とした選手らが映し出されるのと同時に、
「運営車両」
が自然な形で映り込む。競技の安全性や円滑性を担保するインフラの役目を果たす運営車両は、企業にとって特異なパブリシティ環境を形成している。視聴者の記憶に運営車両が刻まれることで、箱根駅伝の経済的価値を高めている。
トヨタ自動車は、第102回大会(2026年)に
・電気自動車(EV)5台
・燃料電池車(FCV)13台
・ハイブリッド車(HV)22台
など、電動車40台を提供する。大会本部車には、トヨタの最高級車「センチュリー」のFCV仕様をオリジナル車両として提供する。
トヨタは、2003(平成15)年から箱根駅伝で使用される一部の運営車両の提供を始め、2011年からは協賛社として大会をサポートしてきた。燃料も植物由来の低炭素ガソリンに替え、車両からの排出ガスや二酸化炭素を限りなく減らし、
「選手と地球にやさしい大会」
を目指している。
実証の場としての価値

箱根駅伝イメージ(画像:写真AC)
箱根駅伝のように、広範囲にわたる地域で運営されるスポーツイベントには、多種多様な車両が必要となる。大規模イベントへの車両提供は、大会運営の合理化と高度化に寄与する観点から、自動車メーカーには必然で社会的にも受容性が高い。一方で、メーカー側にとっても最新技術を公共の場で活用できる機会となる。
箱根駅伝は、往復路ともに6時間以上にわたってレースが繰り広げられる。レース中にFCVやEVなどが長時間にわたって公道を走行し、通常よりも複雑な環境下で運用される。このため、
「新技術を搭載する車両を実証できる」
側面がある。さらに社会的にも、新たな技術に対する理解を促進させる役割も果たしている。
FCVやEVなどが抱える課題のひとつには、実際に使用するユーザーが限定され、存在自体が共有されにくい点がある。新技術の成熟度を実地で示す場として箱根駅伝が活用され始めており、その価値は高まっている。
トヨタが提供するセンチュリーFCVは、日本を代表するフラッグシップモデルである。ジャパンモビリティショー2025では、センチュリーをレクサスの上位に位置づける独立ブランドとなることが発表された。従来のセンチュリーが持つ
・静謐さ
・威厳
といった象徴性は、大会本部車としての格式や安定感に直結している。さらにFCV仕様となることで、次世代技術との融合も加味され、センチュリー新時代の幕開けを示唆している。
コンテンツ価値の上昇と相乗効果

トヨタが箱根駅伝に提供する電動車群(画像:トヨタ自動車)
箱根駅伝では、過去10年間で8回優勝している青山学院大学を軸に、駒澤大学や國學院大学といった有力校が競い合い、注目度を高めてきた。大会としての存在感も年々強まり、テレビ中継における露出効果も拡大している。
とくに、運営車両の映像露出は大きい。大会本部車や大学の運営車両は中継の中で繰り返し映し出され、車名やデザイン、走行シーンが視聴者の記憶に残りやすい。結果として、車両そのものが広告媒体として機能している。
トヨタが箱根駅伝に提供するFCV、EV、HVは、こうした文脈の中で重要な役割を果たしている。単一の技術に依存せず、複数の動力方式を同時に提示することで、多様な選択肢があることを示している。
トヨタは、国や地域によって異なるエネルギー事情や利用環境に対応するため、複数の電動車を展開してきた。箱根駅伝での車両提供も、その考え方の延長にある。中継を通じて映し出される運営車両は、生活を支える技術として視聴者に届き、複数の技術ルートがあることを自然に伝えている。
この取り組みは、2024年のパリ五輪での実績とも連動している。トヨタは同大会で、FCV「ミライ」500台、EV1000台を含む約2700台の電動車と、約700台のラストマイルモビリティを提供した。箱根駅伝は、こうした実証の延長線上に位置づけられる。
トヨタは、実際の運用を通じて技術の信頼性を示し、環境配慮型企業としての姿勢を積み重ねてきた。この継続性そのものが、日本発の技術を社会に定着させる基盤になりつつある。
開発体制と運用ノウハウの蓄積

トヨタ・センチュリーSUV(画像:トヨタ自動車)
大会本部車として使われたセンチュリーのFCV仕様について、開発にどれほどの期間を要したかは公表されていない。ベースとなったのはセンチュリーSUVのプラグインハイブリッド車だが、設計段階からFCV化を想定していた可能性がある。短期間で専用車両を用意できた背景には、設計・製造・運用部門の連携があると考えられる。こうした経験は、少量多品種の車両開発を進めるうえで重要な知見となる。
トヨタが提供した約40台の電動車のうち、FCVとEVがほぼ半数を占めた。運行管理では、整備や充電、水素補給といった実務対応が求められる。こうした運用経験は、今後の大規模イベントにも活用でき、電動車を使った運営モデルとして蓄積されていく。
箱根駅伝のコースは、市街地から山間部まで広く及ぶ。これは、水素や電力インフラを実地で運用する機会にもなる。実際の道路環境で電動車を走らせることで、インフラ整備の必要性が社会に可視化される。箱根駅伝は、技術と社会をつなぐ実証の場としての役割も担っている。
技術実証とブランディングの同時進行

トヨタのロゴマーク(画像:AFP=時事)
箱根駅伝では、環境に配慮したモビリティが運営の中心に置かれている。トヨタが全面的に支援することで、大会運営の安定性が高まっている。安全性や信頼性の向上は、将来の大会運営のモデルづくりにもつながる。
トヨタにとっては、FCVの技術実証とブランド発信を同時に進められる点が大きい。長期的に見れば、FCVなどの新技術を社会に根付かせるための土台づくりになる。日本市場における技術理解を深める機会としても意味を持つ。
さらに、スポーツイベントと産業技術が連携する新しい形が生まれつつある。民間技術を公共の場で活用する取り組みは、今後さらに広がる可能性がある。多様な技術を受け入れる社会を築くうえで、こうしたモデルは重要な役割を果たすだろう。