午後4時台に退勤する国デンマーク、現地で働く日本人の「ある1日の時間割」

午後4時台に帰宅するのが普通の国がある。長時間労働に追われていた新聞記者の著者が、39歳で移住したデンマークで目にしたのは、夕方の早すぎる帰宅ラッシュだった。短時間労働にもかかわらず、デンマークの一人当たりGDPは日本の約2倍、IMD世界競争力ランキングでも常に上位に名を連ねる。この「短時間労働なのに、しっかりと強い経済力」という一見矛盾した世界の謎を追い続けてきたのが、新刊『第3の時間──デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術』の著者・井上陽子さんだ。本記事では、デンマークで働く井上さんに話を聞き、その独特な労働観に迫る。(取材・構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

1日を3分割にする「8-8-8」という考え方, なぜデンマーク人は残業しないのか?, とある1日のスケジュール, 「夕方は仕事以外の時間」という社会の合意

写真:井上陽子

1日を3分割にする「8-8-8」という考え方

―― 本のタイトルである「第3の時間」とは、一体何を指すのでしょうか。

井上陽子(以下、井上):デンマークには、1日24時間を「8時間の労働」「8時間の自由時間」「8時間の休息」の3つに分けるという、「8-8-8」と呼ばれる考え方があります。

 この考え方のルーツは、19世紀末の労働運動にさかのぼります。8時間労働を求める運動や「8-8-8」のスローガンは、デンマーク発祥というわけではなく、もともとはオーストラリアなどで始まった運動の国際的なスローガンをデンマークが取り入れた、という経緯があるそうです。

―― 労働時間の短縮のために掲げられたスローガンなのですね。

井上:元々はそうなのですが、デンマークにはなぜ残業の文化が入ってこなかったのかについて取材するため、コペンハーゲンにある労働者博物館の館長に話を聞いたとき、こう言われたんです。

「8-8-8のポイントは、労働時間の短縮そのものよりも、8時間の自由時間にある」

 その瞬間、目から鱗が落ちました。当時すでにデンマークに何年も住んでいましたが、午後4時台に発生する帰宅ラッシュや、趣味や地域の活動に積極的な人々の姿など、それまで見てきた光景が一気に腑に落ちた感覚でした。私の常識とはまったく異なる考え方で1日を過ごす、デンマーク人の人生観が表れていると気づいたんです。

―― それまでの井上さんの時間の捉え方とは、何が違ったのでしょうか。

井上:日本やアメリカで働いていた頃の私の毎日は、ほとんど、2つの時間でしか構成されていないようなものでした。ひとつは「仕事」、もうひとつは「仕事から回復するための休息」です。仕事以外の時間は、睡眠とわずかな気分転換だけ。

 振り返ると、人生を「仕事」と「休息」の往復でしか捉えていなかった気がします。それが、ワーク・ライフ・バランスだと思っていました。仕事が終わった後に、仕事と関係のない活動をするエネルギーはほとんど残っていませんでした。

なぜデンマーク人は残業しないのか?

―― 日本とデンマークでは、実際の労働時間にどれくらいの差があるのですか。

井上:実は、労働時間そのものはほとんど変わりません。日本は法定労働時間が週40時間ですが、デンマークでは労使が結ぶ「労働協約」で標準化された労働時間が週37時間です。ただ、大きく異なる点は、週37時間と決まっていれば、それ以上は本当に働かない、という線引きが極めて明確なことです。

1日を3分割にする「8-8-8」という考え方, なぜデンマーク人は残業しないのか?, とある1日のスケジュール, 「夕方は仕事以外の時間」という社会の合意

労働者一人当たりの年間労働時間の比較(『第3の時間』より)

 日本では「仕事が終わらなければ残業する」という感覚が一般的かもしれませんが、デンマーク人は仕事の後の時間を“聖域”のように扱い、夕方の早い時間にさっさと退勤します。かつて私が当然だと考えていたような、「1日の中で仕事を何よりも優先すべきだ」という価値観とは違うのです。

 私自身、移住した当初はこの短時間労働に馴染めず、遅くまで働いていた時期もありました。でも、周囲が当たり前のように午後4時台に退勤し、夕方以降の時間にしっかりと人生を楽しむ様子を目の当たりにするうちに、考え方が変わっていきました。

―― どのように変わったのですか。

井上:仕事の量に合わせて仕事時間を決めるのではなく、お尻の時間を決めた上で、その時間内にいかに価値のある仕事をするか、と考えるようになりました。今では、働く時間を短くしたからといって、結局、得られる成果はさほど変わらないという実感もあります。

 そもそもデンマークでは、保育園や学校の運営自体が、保護者の短時間労働を前提に成り立っています。そのため、長く働くことが物理的に難しい、という社会的な背景もあります。

―― 子どもの教育に対する考え方も、日本とは大きく違うのでしょうか。

井上:たとえば、小学校低学年くらいまでは「プレイデート」という習慣があります。クラスの中で数人のグループを作り、放課後に一緒に遊ばせるのですが、驚くことに、これを学校側から“必須”の課題として与えられています。デンマークの学校では、宿題はほとんど出ませんが、子ども同士の遊びは「必須」。このあたりに、社会的なつながりを大事にするデンマークらしさを感じます。

とある1日のスケジュール

井上:プレイデートの日は、息子と同じプレイグループのクラスメートを学校まで迎えに行き、一緒に遊ばせなくてはいけないので、午後3時頃には仕事を切り上げて、子どもたちを家に連れて帰ったりします。また、各自の誕生日会は、クラスの数人だけを呼ぶといじめの温床になるということで、クラス全体で季節ごとに祝うのですが、自分の子どものグループの誕生会の日には、午後4時どころか、午後2時半ごろに仕事を切り上げます。

―― 午後2時半ですか。誕生日会がある日は、どのような1日になるのでしょう。

井上:朝8時までに子どもを学校に送り、8時半頃から仕事を始めます。そして2時半には仕事を切り上げ、3時に学校へ。同じ誕生日会グループの親たちと協力しながら、クラス全員の子どもを集めて、トランポリンで遊ぶ屋内施設など、誕生日会の会場に地下鉄などで連れて行きます。

 そこで、午後6時すぎまで遊ばせながらお祝いして、解散。自宅に戻り、夕食を食べて8時に子どもを寝かしつけます。仕事は2時半までしかできていないので、子どもが寝た後の1~2時間で残りの仕事を片付けて就寝、という1日ですね。

 プレイデートや誕生日会だけでなく、保護者たちが自主的に集まってクラスの問題を話し合う場など、夕方の時間帯には学校関連の予定が次々に入ります。その都合で早く退勤することも珍しくありません。デンマークの子どもがいる家庭は、だいたいどこも、こんな働き方をしています。デンマークの働き方は、「午後4時台に帰る短時間労働」というよりも、仕事で結果を出している限りは、働く時間帯や場所を選ぶ裁量が個人に委ねられているという、「柔軟な働き方」に大きな特徴があります。

1日を3分割にする「8-8-8」という考え方, なぜデンマーク人は残業しないのか?, とある1日のスケジュール, 「夕方は仕事以外の時間」という社会の合意

井上陽子(いのうえ・ようこ) ジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー 筑波大学国際関係学類卒業後、読売新聞社に記者として入社。社会部で国土交通省、環境省などを担当したのち、ワシントン支局で特派員を務める。読売新聞在職中に、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。2015年、妊娠を機に夫の母国であるデンマークに移住。ビジネス・インサイダーなどメディアへの執筆のほか、デンマークの経済社会や働き方に関する講演、日本とのビジネスに取り組むデンマーク企業などのサポートも行っている。共著に「『稼ぐ小国』の戦略 世界で沈む日本が成功した6つの国に学べること」(光文社新書)。

「夕方は仕事以外の時間」という社会の合意

―― そうした育児の役割は、両親でどのように分担しているのですか。

井上:子どもが2人いるので、私が学校関係の打ち合わせに出る場合には、夫は自宅で子どもたちの面倒を見ますし、夫が出る場合にはその逆、となります。

 デンマークは男女ともにフルタイムで働く共働き家庭がほとんどで、家事育児はほぼ同じように両親の間で分担しています。「どちらかが長時間働き、どちらかが家事育児の大半を引き受ける」という家庭は、母親が専業主婦である海外駐在員の家庭といったケースを除いて、ほぼ見かけません。送り迎えに来るのも、父親と母親の半々くらいです。

 そこに男女の区別はありませんし、仕事上の役職も関係ありません。夕方以降の時間に起きるさまざまなイベントのために職場を早く出るのは、誰もが当たり前にやっていることですし、健全な家庭生活を送るためには必要という理解もあるので、職場で罪悪感が生じることはありません。こういった働き方が可能なのは、デンマーク全体で「誰にとっても、仕事以外の時間は大切にされるべき」という認識が共有されているから。この共通認識があるからこそ、短時間労働で回る社会が成立しているのです。