西武王国崩壊から20年――鉄道は所沢、経営は都心へ 沿線の常識を捨て、あえて拠点を切り分けた33年目の決断

「西武王国」の2拠点体制

 西武グループと聞くと、一定世代以上には、オーナー経営者の堤義明氏が築いた「西武王国」の印象が強く残る。グループの源流は不動産会社・箱根土地にあり、義明氏の父・康次郎氏が基礎を築いた。義明氏はそれを継承し、昭和後期から平成初期にかけて、プリンスホテルの全国展開や球団経営などを推進し、バブル期に事業の絶頂を迎えた。

【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが35年前の「所沢駅」です!(計11枚)

 しかし2004(平成16)年、義明氏は総会屋への利益供与事件をきっかけとする一連の不祥事で失脚する。堤一族による間接的な株式保有を通した同族支配は終わりを告げた。

 その後、西武グループは同族経営を脱し、みずほ銀行出身の後藤高志氏(現西武HD会長)が主導してグループを再編した。米投資会社サーベラス・グループが一時的に筆頭株主となったが、既に株式は売却され、現在は普通の企業グループとなっている。この流れは多くのメディアや書籍で報じられており、今では歴史的過去の出来事となった。

 西武グループは2019年春、所沢に集約していた本社機能の一部を池袋に移転した。対象は持ち株会社の西武HD、中核企業の西武不動産、プリンスホテル(現西武・プリンスホテルズワールドワイド)である。一方、西武鉄道は引き続き所沢に本社を置き、現在も運営している。

 移転当初、一部の地元では

「所沢の空洞化」

を懸念する声があった。しかし、西武グループと住友商事が大型商業施設などを整備したことで、現時点では大きなまちへの影響は見られない。

 西武HDなど主要3社の池袋移転から6年が経過し、池袋と所沢の2拠点体制はほぼ定着したといえる。

本社移転の逆行

西武池袋線と西武新宿線が交差する所沢駅(画像:銀河鉄道世代)

 西武グループの主要3社が所沢から池袋に本社を移転すると発表した際、違和感を覚えた人もいるだろう。

 西武グループが池袋から所沢に本社を移転したのは1986(昭和61)年である。当時、東京都区部に本社を置いていた大手私鉄のなかで、沿線の中間都市に本社を移したのは西武が初めてだった。

 その後、京王が1988年に新宿区から多摩市に本社を移転し、京成は2013(平成25)年に墨田区から市川市に移転、京急は2019年に港区から横浜市に移転した。小田急は本社自体は移さなかったが、2023年に本社機能の一部を海老名市に移転し、新宿と海老名の2拠点体制としている。

 横浜駅が沿線最大の乗降客数を誇る京急は事情がやや異なるものの、全体としては都区部から沿線中間都市への本社移転の流れである。西武グループの2019年の3社移転は、これとはほぼ逆方向の動きといえる。

 西武グループが先鞭を付けた大手私鉄の沿線中間都市への本社移転には合理的な理由があった。大手私鉄は伝統的に沿線郊外の不動産開発に注力しており、都区部に比べて現場に近い中間都市に本社を置く方が利便性が高かった。

 また、都区部の一等地にある老朽化した本社ビルをそのまま使うより、建て替えや再開発を通じて売却した方が経済的に得策という事情もあった。

 さらに、東京都区部の通勤ラッシュを緩和するために、本社スタッフを沿線方向に向かわせる意味合いもあった。ただし、通勤全体の人数から見れば、その効果は小さいものである。

本社移転の地方影響

所沢駅前の西武鉄道本社(画像:写真AC)

 そもそも、本社を移転するとは何を意味するのか。会社法では、会社を設立・登記する際に本店所在地を定めることになっている。本店所在地とは、法人税などの国税を納める場所を指す。

 一方、本社は会社法上の名称ではない。一般的には実質的な本社機能がある場所を指す。こちらは法人住民税や固定資産税などの地方税を納める場所となる。

 国税は管轄の税務署に納められ、国庫に入る。これに対して地方税は本社所在地の自治体に納められるため、自治体にとっては本店所在地よりも本社所在地の方が重要である。

 西武グループは1986年に所沢へ移転した後も、本店所在地は豊島区南池袋の旧本社ビルのままであった。2019年のグループ3社の本社移転は、旧本社ビルを建て替えた新ビル「ダイヤゲート池袋」に入居する形で、本店所在地に本社を戻したことになる。

 本社が完全に撤退すれば、自治体は税収だけでなく、人の往来を含めた経済活動にも影響を受ける可能性がある。自治体が懸念するのは当然である。所沢から池袋に移転する本社スタッフは、西武HDを中心に約400人とされる。

 西武グループは所沢駅前に本社機能を持つふたつのビルを構えていたが、移転後は1つに集約した。空いたビルは賃貸オフィスに転用している。

本社最適化の範囲

住友商事との共同事業となる広域集客型商業施設「エミテラス所沢」(画像:住友商事)

 ただ、3社の本社移転による所沢への影響は、危惧されていたほど大きくはなかった。

 第一に、西武鉄道や西武バスなど沿線に密着した交通サービス業は引き続き本社を所沢に置いている。所沢は西武池袋線と西武新宿線が交差する主要幹線上にあり、緊急時の対応を含め、鉄道の現業部門を管理・統括するには池袋より適している。

 また、西武グループは所沢駅西口土地区画整理事業で、住友商事との共同事業として広域集客型商業施設「エミテラス所沢」を2024年9月に開業した。3社の本社移転後も、所沢への投資を続けている。

 一方、池袋に移転した3社のうち、西武HDは持ち株会社であり、交通や観光、不動産などの現業部門は持たない。現西武・プリンスホテルズワールドワイドは全国展開するホテルチェーンで、現業部門も全国に分散している。現西武不動産は沿線地域での事業比重は比較的高いものの、軽井沢での別荘分譲など、現業部門は沿線地域に限定されていない。

 3社の池袋移転は、現業部門が沿線地域なのか全国なのかに応じて、本社所在地を最適化した結果といえる。

 3社が入居する「ダイヤゲート池袋」は、西武池袋線の線路を跨ぐ形で建設された。壁面は鉄道のダイヤグラムをモチーフにしたデザインで、西武グループのシンボル的存在となっている。オフィスフロアは15階建てで、3社が占めるのは5フロア、残りは賃貸オフィスとして運用されている。このビル自体も、西武グループにとっては資産価値の高い「売り物」のひとつである。

 大手私鉄の先駆けとして沿線中間都市に本社を移転し、さらに早期に2拠点体制を整えた西武グループ。今後、他の大手私鉄がこの動きに追随するかが注目される。