鉄道見本市「イノトランス」、アジア初開催の狙い

2年に1度、ドイツ・ベルリンで開かれる国際鉄道見本市「イノトランス」(写真:イノトランス)
中国の高速鉄道は2025年12月に3路線が新たに開業して国内の総営業距離が5万kmを突破、同時期のマレーシアではクアラルンプール―ジョホールバル間の電化工事が完了し直通の特急列車が運行開始するなど、世界の鉄道は成長の一途を続けている。
【写真はこちらから】行ってみたい?▶2年に1度、ドイツ・ベルリンで開かれる世界最大の鉄道見本市「イノトランス」▶多数の実物車両を展示したベルリンの屋外展示場や、日立など世界各社が出展したブースの様子など
鉄道ビジネスも花盛りで、鉄道事業者や車両メーカー、政策決定者、専門家など鉄道関係者が一堂に会するメッセ(見本市)が各国で開催され、どこの会場も盛況だ。
2025年11月26〜29日に幕張メッセで開催された「鉄道技術展」はJR各社などの鉄道事業者や日立製作所、三菱電機など車両・部品メーカー合わせ616社・団体が出展し、2010年の初開催以来最大の規模となり、来場者数は3万9120人を記録した。
「イノトランス」アジア開催の狙いは?
国外に目を向けると、世界最大の鉄道メッセはドイツ・ベルリンで2年おきに開催される「イノトランス」である。初開催は1996年。回を重ねるごとに規模は拡大し、直近の2024年には59カ国から2946社が出展し、128カ国から16万9214人が来場した。
最大の魅力は屋外展示。会場内に鉄道の引き込み線があり、鉄道車両を1編成丸ごと持ち込んで展示することができる。新型車両のお披露目が会場で行われることも多い。白いベールがファンファーレを合図にはがされ真新しい車両の姿が現れると、来場者たちが歓声を上げシャンパンで乾杯する。会期中はこんな光景をあちこちで目にすることができる。
イノトランスを運営するのはベルリン州やベルリン商工会議所などが出資する有限会社の「メッセ・ベルリン」。同社はイノトランスだけでなく、欧州最大の家電見本市「IFA」、世界最大級の旅行・観光見本市「ITBベルリン」など多様な産業の国際見本市を開催している。このようなインターナショナルなスケールもメッセ・ベルリンの強みである。
次回のイノトランスは今年9月22〜25日の予定だが、さらに2027年9月7〜9日にアジア市場に特化した「イノトランスアジア」が初開催されることが決まった。会場はシンガポールのサンズエキスポ&コンベンションセンター。鉄道技術、鉄道インフラ、公共交通、車内インテリア、トンネル建設の5分野における最新技術やイノベーションが紹介される。
なぜイノトランスアジアを開催するのか。ベルリンとどうすみ分けるのか。メッセ・ベルリンでイノトランスを担当するカイ・マンゲルベルガー氏の来日に合わせ、話を聞いた。

メッセ・ベルリンのモビリティ&サービス部門でシニア・バイス・プレジデントを務めるカイ・マンゲルベルガー氏(右)。左はメッセ・ベルリンのシニア・エグジビション・ディレクターを務めるレナ・リッター氏(記者撮影)
アジアでも2年おきに開催
――今日から始まった鉄道技術展に合わせての来日ですか(取材日は2025年11月26日)。
もちろん目的の1つ。明日行きますよ。楽しみです。でも日本のお客様やパートナーのみなさんと面談するのが大きな目的です。メッセには人々が出会って直接お話しできるという機能があります。それを私自身も実践しています。
――なぜイノトランスアジアを開催するのですか。
アジアでは鉄道プロジェクトが数多く進んでおり、大きな可能性があります。アジアにフォーカスしたイノトランスを作る構想は以前からありました。一方で、ベルリンのメッセの規模は年々拡大しており会場のキャパシティーは限界に近づいています。おかげさまでイノトランスは今年で30周年を迎えることとなり、このタイミングで開催を決めました。
今までベルリンに出展しなかったアジアの中小企業がシンガポールなら近いという理由から出展に興味を示しています。また、アジア地域に関心のあるドイツやオーストリアの企業も関心を寄せています。現段階で18カ国から申し込みをいただいています。
――アジアとはどの地域まで含むのですか。中東あたりまで含みますか。
基本的には東南アジアを中心にインドを含んだ地域で、オーストラリアも加える予定です。日本、韓国、中国からも話が来ています。中東についても希望があれば入れていきます。
――1回限りの開催ですか。
いえ、イノトランスは2年おきの開催なので、イノトランスが開催されない年に、2年おきにシンガポールでイノトランスアジアを開催します。

ベルリンでの「イノトランス」に出展した日立のブース(記者撮影)
なぜシンガポールを会場に?
――メッセ・ベルリンが運営するほかのメッセでも同様の展開をしているのですか。
はい。例えば新鮮野菜と果物のメッセ「フルーツロジスティカ」はアジアでも開催しています。旅行業界のメッセであるITBはアジア諸国だけでなくアメリカにも進出を決めています。もちろんベルリンのメッセをそのままベルトコンベアーに乗せて流しているかのように世界各国で展開するわけでなく、地域ごとの需要を見定めて、クオリティーをしっかりとコントロールして展開しています。
――なぜ、会場としてシンガポールが選ばれたのですか。
シンガポールは鉄道網が発達していますが、製造業としての鉄道は強くない。その意味で非常にニュートラルな開催地です。アクセスがよく入国しやすいというのも決め手の1つになりました。
――どんな展示になるのですか。
強調したいのは、クオリティーを重視することです。イノトランスというブランドを冠するのですから、展示から会議のプログラムに至るまでイノトランスのクオリティーをしっかり維持します。例えば、鉄道輸送において湿度とどのように向き合っていくかといったヨーロッパでは問題とならないようなアジア独自のテーマにもフォーカスしていきます。
――ベルリンのように実物車両を展示するのですか。
うーん、会場の近くにも線路はあるのですがメトロの営業線です。ベルリンのように会場内に引き込み線があるわけではありません。屋内に1両単位で展示することはあるかもしれませんが、ベルリンのように編成単位でずらりと並べるようなことは考えていません。

ベルリンの「イノトランス」は編成単位の屋外実車展示が特徴の1つだ(記者撮影)
ベルリン開催と競合しない?
――ベルリンでもアジアの企業が多数出展しています。シンガポールでの開催はベルリンと競合しないのですか。今までベルリンに出展していた企業が、シンガポールで満足してベルリンに行かなくなるという懸念はありませんか。
ベルリンにおける出展者を地域別で見ると、アジアの出展者の割合は全体の14%程度です。日本からもたくさんの企業がベルリンに出展していますが、我々が把握していなくても面白い企業がたくさんあるはず。アジアの数ある中小企業の中には、ベルリンは遠いがシンガポールなら近いので出展しやすいと考える企業もあるでしょう。
ベルリンとの競合という課題は私たちのほかのメッセでもありましたが、実際には、まずアジアに出展して、「次はぜひベルリンに出展したい」となるポジティブな展開のほうが多いです。
――アジアの各地でもメッセが開催されていますが、どのように差別化を図るのですか。
日本の鉄道技術展のようなすばらしいメッセがアジアの各地にあるのは承知しています。でも、世界の鉄道業界の国際的な傾向をつかんでいるメッセはなかなかない。私たちのメッセの特徴はインターナショナルだということです。ドメスティックな市場に特化したメッセが、例えば日本、韓国、中国などその地域とのビジネスを中心とするなか、イノトランスアジアはアジア地域を網羅するビジネスの機会を提供していきます。

ベルリン「イノトランス」の中国鉄路ブース(記者撮影)
鉄道のトレンドはどう変わったか
――ベルリンのイノトランスについてもお聞きします。この30年で世界の鉄道のトレンドはどのように変化しましたか。
現在の大きなテーマはデジタル化やAIですね。2024年のイノトランスでは「AIモビリティラボ」という展示を行ったほか、世界中のコンピューターシステムやネットワークに豊富な知識を持つ善意のハッカーが参加する「Hackathon(ハッカソン)」というイベントも開催しました。鉄道分野におけるAIの活用法という課題を提示して、イノトランス開催期間中の4日間で解決を競うという内容です。今回も行います。
――ITテクノロジーに関する展示も増えていますが、デジタル技術は「もの」がないので、展示を見てもわかりにくいという難点があります。
おっしゃるとおりです。VR(仮想現実)ゴーグルを装着して実際の様子が見られるといっても、記憶に残るものが少ない。実際の車両に乗ったり触ったりするほうが印象に残りますよね。車両を持ち込むことができるというのがイノトランスの強みなのです。屋外線路の使用料金は1m当たり235ユーロ(約4万3000円)。ゼロからVRを開発するよりも安上がりかもしれませんよ。