悪循環にもう耐えられない…東北大学DXリーダーが語る「国立大DX」のリアル、現場の疲弊と改革への熱意とは?

躍進の東北大学で、DXリーダーが疲弊する理由, なぜ「変えたいのに変えられない」のか, 気持ち悪いから変えたい, 孤独な大学DX推進者コミュニティに、全国120超の大学が集まる, DXの先にある本当の変革

仙台市中心部にある東北大学 片平キャンパス。最先端の研究棟が並び、食堂は学生たちの活気で満ちていた Photo by Mayumi Sakai

「DXは技術の話じゃありません。99%は人です」――東北大学でDXをリードする藤本一之さんはそう語る。東北大学と言えば、他大学がこぞって参考にする大学DXの先駆者なのだが、その中心人物が現場の負荷の大きさを明かした。一体何が起きているのか。(ノンフィクションライター 酒井真弓)

躍進の東北大学で、DXリーダーが疲弊する理由

 東北大学は2024年、「国際卓越研究大学」の第1号に選ばれた。世界トップレベルの研究力を期待され、国が重点支援する大学だ。仙台市内のキャンパスには、ナノから宇宙まで最先端の研究棟が並ぶ。今後、研究者や学生は2000人規模で増える見込みだ。業務量が膨らんでも質を保つには、デジタルを使って仕事の仕方を抜本的に変えていく必要がある。

 しかし――「モチベーションが下がることもありますね」

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東北大学 経営戦略本部 データ戦略室 主任経営企画スタッフ 藤本一之さん Photo by M.S.

 キャンパスの一角にある会議室で、藤本一之さんはそうつぶやいた。3部署を兼務しながら東北大学のDXをリードしてきた人物だ。なぜ昼間からこんなに疲弊しているのか。背景には、大学組織が抱える構造的な問題があった。

なぜ「変えたいのに変えられない」のか

 大学DXの課題は何か。藤本さんは、「99%は人だ」と言う。

 国立大学の場合は、2004年度の法人化以降、運営費交付金の減少と横ばいが続いた。2026年度は対前年度188億円増額の見通しとなり、国立大学協会会長が「これほどの大幅な増額が措置されたのは、法人化以来初めてで、極めて画期的なこと」とコメントしたが、長年このような状況が続いたため、「求められる水準」と「投入できるリソース」の差が広がりやすい。

 業務のやり方を変えたくても、研修や移行期間の二重運用といった切り替えコストがかかる。その余裕はないから、紙の運用で何とか回してしまい、改善は先送りされていく。現場には、“前に進めたいのに進めない”もどかしさが積み上がっていく。

 意思決定のプロセスも重い。会議の前に関係者を回って説明を重ねるのは、認識のズレを防ぐためだ。しかし、調整に時間がかかるうえ、会議をする頃には既定路線ができあがっていることも少なくない。

 ミドルマネジメント層の負荷も大きい。法人化以前の国立大学は公務員組織で、マネジメント経験を積む機会が少なかった。そこへ業務の高度化や人員減が一気に押し寄せ、現場と上層部の板挟みになっている。問題が起きれば矢面に立つが、うまく回せていると目立たない。報われにくい立場だ。

 複数の大学でDXを支援する寺尾健志さんは、「今は特にマネジメントの課題が大きい。働く人のやりがいやモチベーション維持に十分取り組めている大学は少ないのでは」と語る。

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東北大学 経営戦略本部 データ戦略室 特任准教授/寺尾コンサルティング 寺尾健志さん Photo by M.S.

気持ち悪いから変えたい

 閉塞感は相当なものだ。それでもDXを進めようとするのはなぜなのか。仕事だから? いや、人は環境に順応する生き物だから、定年までやり過ごすことはできるだろうし、そんな人は世の中にたくさんいるじゃないか。藤本さんは少し考えてから、「言葉が正しいか分からないけれど、私はそれが気持ち悪いから」と答えた。

 教育のため、組織のため――そんな崇高な理由ではない。今この瞬間も現場は悲鳴を上げている。本当は改善したいのに、その時間(スイッチングコスト)を捻出できず、誰も最初の一歩が踏み出せない。すると、非効率なまま運用が続き、さらに現場が消耗し、ますます改善に手が届かなくなる。藤本さんは、その悪循環がもう耐えられないのだという。

「このままでは日本がやばい。危機感を抱くだけで終わって、具体的なアクションにつながらないのは、今の世代で終わりにしたい。DXは、現場が無理なく回り、改善に手を伸ばせる余白を取り戻すためにやるんです」(藤本さん)

孤独な大学DX推進者コミュニティに、全国120超の大学が集まる

 そんな藤本さんには、よりどころがある。藤本さんらが立ち上げた「大学DXアライアンス」だ。各大学で孤独に闘うDX推進者たちが、組織の垣根を越えてノウハウを共有する。参加大学は1年半で全国120を超えた(2026年1月時点)。

 共有されるのは、技術の話というよりも、“政治”の話だ。たとえば藤本さんは、2019年にGoogle Workspaceを導入した経験を共有した。それ以前、学内のメールシステムには年間数千万円ものコストがかかっていた。にも関わらず、メールが届くまで5分かかることもあったという。藤本さんが、Gmailが使えるGoogle Workspaceを提案すると、「米国に情報を抜かれるのでは」と猛反対を受けた。

 いわゆるパトリオット法(米国愛国者法)への懸念だ。米政府がデータを傍受できるリスクがあるとして、2015年頃まで一般企業でもクラウド反対の根拠にされていた。その印象が根強く残っていたようだ。

 ただ、「これが使い慣れたマイクロソフトのサービスなら、こんなに苦労しない」と寺尾さんは言う。パトリオット法は米国企業のサービス全般に共通するリスクだ。それなのに、昔から使っている製品は課題があっても受け入れ、新しいものは理屈をつけて遠ざけてしまう。「おばけ怖い理論ですよね。よく知らないものへの恐怖から、グーグルというだけで頭ごなしに否定してしまう」(藤本さん)

 パトリオット法の影響をゼロにはできない。だからこそ藤本さんは、「信じる・信じない」ではなく「リスク管理」の議論にシフトさせた。法令を読み込み、懸念点を整理し、ベンダーと協議を重ね、大学として許容できる条件を詰めていった。

 最後の決め手は金額だった。「今のメールシステムをあと4年使い続けたら、たかだかメールの送受信に、ちょっと言えないくらいの金額ですよ」。

 こんな1ミリもカッコよくない話こそ、各大学で闘うDX推進者たちが求めているノウハウだ。

 宮城大学から「大学DXアライアンス」に参画している山﨑拓哉さんには、忘れられない思い出がある。「大学DXアライアンス」の参加受付サイトを立ち上げたときのことだ。プログラミング未経験ながら根気強く夜中まで作業していた山﨑さんに、藤本さんは「いいね、いいね」と声をかけ続けてくれたという。

「何がうれしいって、ここには自分の仕事に『いいね』と言ってくれる人がいるんですよ。その一言で頑張れます」(山﨑さん)

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宮城大学 事務局 企画・入試課 企画・広報グループ 主事 山﨑拓哉さん。2024年度に人事交流で宮城大学から東北大学に出向していたとき、プログラミング未経験ながら「大学DXアライアンス」参加受付サイトを制作。 Photo by M.S.

DXの先にある本当の変革

 変化の兆しはある。藤本さんのもとには全国から講演や研修の依頼が届くようになった。そこで出会った人たちが「自分たちも一歩前に進みたい」と感じ、仲間になっていく。そんな連鎖が生まれ始めた。「ようやく理解が広がってきた」と、藤本さんは少し表情を和らげた。

 東北大学は入試改革にも取り組んでいる。2050年を目標に、総合型選抜を段階的に拡大していく方針だ。学力試験だけでなく、研究計画書やプレゼンテーションなどを多面的に評価するのだという。大学が学生を選抜する時代から、何を学びたいかで大学と学生がマッチングする時代へ。入試という入り口だけではなく、本質から変わっていきたいと藤本さんは言う。

「私たちが実験台となって、成功も失敗も、それぞれの大学で頑張っている同志の皆さんの学びにしていただけたらうれしいです」(藤本さん)

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