横浜のJR貨物線駅 地中に眠る…神奈川台場をVRで再現 外交儀礼施設「歴史的意義知らせたい」

神奈川台場の魅力を紹介する冊子を手にプロジェクトを説明する山本さん。背後のモニターは、右上に明治初期の台場が見える=横浜市中区で
幕末に勝海舟の設計で横浜港に建設された神奈川台場(横浜市神奈川区)へタイムスリップ-。公益社団法人「神奈川台場地域活性化推進協会」(山本博士理事長)が、デジタル技術を駆使して横浜開港期の台場の風景を再現するプロジェクトを進めている。3月までに体験型の仮想現実(VR)システムなどを完成させて5月に公開し、教育や観光事業への活用を通じて貴重な歴史遺産の保存活動に弾みをつけたいと期待を込める。(阿部博行)
神奈川台場は横浜開港の翌年の1860年に建設され、海外から入港する船を祝砲や礼砲で歓迎する「外交儀礼施設」の役割を担った。99年に横浜の外国人居留地が廃止されたことに伴って撤廃され、その後の埋め立てで姿を消した。跡地は現在のJR貨物線東高島駅周辺の約2万6千平方メートルに及び、いまも地下に遺構が眠っている。

コウモリ台場と呼ばれた神奈川台場の制作途中のデジタル映像(神奈川台場地域活性化推進協会提供)
同協会は昨年から「デジタルコンテンツ制作プロジェクト」として市と地元企業から3500万円の資金を集め、公募型プロポーザル方式でTOPPANエッジ社(東京)に制作を依頼。山本理事長が所蔵する明治初期の神奈川台場の写真や絵はがき、横浜開港資料館の所蔵資料などを基にコンピューターグラフィックスによる臨場感あふれる映像と活用システムの制作に取り組んできた。
完成後は、黒船が浮かぶ横浜港と台場の遠景や大砲と弾薬庫の再現映像などを解説動画に盛り込み、学校の授業などで活用してもらうほか、ネットでも配信する。専用パソコンを用いる「体験型VRシステム」ではコントローラーを操作して仮想空間の台場を散策することができる。
スマートフォンで拡張現実(AR)を体験できる「ARスポット」も神奈川区の星野町公園と神奈川台場公園、西区の臨港パークと中区の横浜ハンマーヘッドの計4カ所に設置し、クイズ形式で周遊してもらう。台場の石積みの一部が露出する星野町公園では、AR用の標柱にスマホをかざすと、画面に石積みや土塁、大砲が浮かび上がり、それを背景に写真を撮影できる機能を備える予定だ。

制作途中の神奈川台場のデジタル映像(神奈川台場地域活性化推進協会提供)
協会は1992年に神奈川区民が中心で設立した「神奈川台場を守る会」が前身。遺構の保存研究のほか、横浜開港資料館の協力で台場の歴史を紹介する冊子「神奈川台場物語」を制作販売し、市内の小学校に1万冊以上を寄贈してきた。3年前の神奈川区民まつりで市民から「本を配ってもデジタル世代の若者には響かないのでは」という声が寄せられたこともあり、今回のプロジェクトを立ち上げた。
山本理事長は「神奈川台場は開港都市横浜の誕生に関連する象徴的な施設であり、地中の遺構は関東大震災や横浜大空襲による破壊を免れた。後世に伝えるべき横浜の宝物であり、デジタル技術で子どもたちに台場の疑似探検や撮影を楽しんでもらい、その歴史的な意義を多くの人に知らせたい」と話している。
<神奈川台場> 幕臣の勝海舟が設計し、幕府の命令で四国の松山藩が横浜開港と同じ1859年に着工し、翌60年に完成。横浜市神奈川区の海岸部に石積みと土塁で台場を築き、警備の者が詰める番所や弾薬庫などを建設し、14門の大砲が設置されたが、礼砲や祝砲を発射する外交儀礼施設の役目を果たし、99年に撤廃されるまで一度も攻撃に使われなかった。敷地はサッカー場四つ分の広さがあり、陸地と2本の道でつながっていた。台場の形が羽を広げたコウモリに似ており「コウモリ台場」と呼ばれていたと伝わる。
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