頑張る人ほど失敗する…言語学者が教える「外国語習得の最短ルート」

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外国語を覚えるようとすると、多くの人は文法からじっくり取り組んでしまう。しかし、あらゆる言語を扱う言語学者は、そのような勉強法を採用していない。受験生やビジネスパーソンにも役立つ、外国語習得の近道とは?※本稿は、研究者の大城道則、青木真兵、大山祐亮『古代文字を解読していたら、研究に取り憑かれた話』(ポプラ社)のうち、大山祐亮による執筆部分を抜粋・編集したものです。
文法は素早く終わらせて
単語は長期戦で覚えていく
語学というものは、いかにやる気があっても自分に負荷をかけすぎないのが原則だ。毎日あれもこれもとたくさんやるのはかえって継続の妨げになる。主要な勉強法を一通り試してみてから、一番楽だった方法を試すと良い。
語学には主に文法と単語という2つの要素があるが、文法はさっくりスピード重視でさらい、単語はじっくり長期戦で挑むというのがおすすめだ。
勉強は長期戦を前提に習慣化するのが一番大切である。というのも、人間は本質的に怠惰なので、「今○○を頑張っている」という意識になるような行動を毎日するのはとても苦しい。それをまず受け入れるところから始めなければいけない。
「頑張る」という意識になってしまうようなノルマは継続という観点から見ると過剰で、「頑張れる自分」を前提にした計画はいずれ破綻してしまう。
語学の勉強に関しては、「頑張らないで済む」ような計画を立てることが一番重要だ。ご飯を食べたら歯磨きをするように、勉強が生活の一部として溶け込むような習慣化が理想である。
いくら歯磨きが重要だからといって、「毎日歯磨きを頑張るぞ!」とは普通ならないだろう。
毎日ほとんど無意識の習慣として継続することが、結果的に歯のダメージを防ぐことになる。
語学もそれと同じで、無理なく継続できるような計画さえうまく立ててしまえば、成果は後から勝手についてくる。
記憶を定着させるには
「書いて覚える」のが一番
勉強のためのノートは必ず手書きで作る(写真1)。

同書より転載
紙でなく電子でも構わないが、記憶の定着を考えると、ペンで文字を書く形式のものにするのが重要である。
綺麗にまとめるのではなく、書き散らすような形で「書いて覚える」のに使う。「そのまま使える例文」を丸暗記するのも良いが、個人的にはもっと単純な例文の反復から始めると良いと思う。
たくさんの例に触れて、帰納的に文法規則に慣れていく。
そして、1人で勉強しようとすると「読む・聴く」の練習が多くなりがちなので、「書く・話す」も交えること。単に受動的に情報を入れるだけではなかなか覚えられない。私の場合は読み書きの方にかなり比重が寄っている。
それ以外に、教材としてアプリを使うという手もある。移動中などのちょっとした時間に勉強ができて便利なのだが、それとは別に教科書をちゃんと用意した方が良い。
時間をかけられる時には教科書、時間がない時にはアプリといったように使い分ける。忙しい日にはアプリをやるだけでも全く問題ない。とにかく毎日少しずつでも何かしらやって、中断しないのが重要である。
単純な例文を書き写すだけでも
言語感覚が身についてくる
時間のある日は、まずウォーミングアップから始める。スポーツと一緒である。体を動かす単純作業に近いものから始める。私の場合は例文の書き写しで、それが終わったら複雑なことをする。まずは頭が回る状態にする。別に勉強を最後まで完遂しなければいけないという法律はないため、ウォーミングアップが終わったら論文の執筆や別の作業に進んでも良い。
私は単語も文法もとにかく書いて覚えるタイプである。古代語の場合でも音声の重要性は変わらないが、エジプト語のように表記上の問題で事実上音を扱う方法がないものもある。ラテン語やサンスクリット語は今でも会話に使う人がいる。
たとえ古代文字を記した文献の「現物」が粘土版や石板であっても、現代の学習者はノートに鉛筆で書くのが普通だ。文字を覚える時には単語単位で書き、単語を覚える時には文単位で書く。
これが書いて覚える時の鉄則である。とりあえず教科書や文法書に載っている例を片っ端から書き写す。まずは言語のリズムに慣れなければならない。
最初は主に「AはBだ」のような典型的な文がどんな響きや綴りになるのかを確認する。出現頻度が高い文字や単語を把握する。そうやって書き慣れてくると、徐々に次にくる単語や文字の予測がついたりするようになってくる。
私はとにかく「その言語の感覚をつかむ」ことを重視している。「感覚をつかむ」というと抽象的に聞こえるかもしれないが、要するにいちいち考えずとも理屈が頭にすり込まれている状態のことだ。どんな勉強法をするにしても、最終的にその方向にさえ向かっていれば大丈夫である。
途中で全て放り出して勉強をやめてさえしまわなければ、多少の効率の差などは些細なものだ。
ラテン字の例で考えると
文字と言語が別物だと理解しやすい
まず大原則として、文字の背景には言語がある。それはヒエログリフ(編集部注/古代エジプトで使われた象形文字)でも楔形文字でも漢字でも同じ。文字と言語の対応関係は1対1ではないし、「言語=文字」でもない。
ヒエログリフで書かれる古代エジプト語にしても、クフ王の時代の古エジプト語という段階と、ラムセス2世の時代の新エジプト語という段階では結構毛色が違う。
そして、より新しい時代になると、少し改変したギリシア文字で表記されるコプト語というのがある。これは文字こそ違えど古代エジプト語の末裔にほかならず、文法的には新エジプト語と大差ない。
楔形文字も同様で、「楔形文字」という言語はない。シュメール語をはじめとする何種類かの言語の表記に使われる。ラテン字(ローマ字)が色々な言語の表記に使われるのと全く同じである。
楔形文字自体には種類かある。一番有名なのは元々シュメール語に使われていたもので、その後漢字のように少しずつ字体を変えながらアッカド語・ヒッタイト語・フルリ語などに使われた。
そして、そこから派生して亜種の楔形文字が2種類できた。
ひとつはウガリット語の表記に使われたウガリット文字。「とめ・はね・はらい」に相当するような文字の要素は楔形文字と同じだが、表意文字がなく、現代でいうとアラビア文字のような性質をしている。
もうひとつは古代ペルシア語の楔形文字。こちらも表意文字がなく、現代でいうとひらがなのような性質をしている。文字にも言語にも色々な種類がある。
意味不明に見える象形文字は
漢字と同じ構造でできていた
ヒエログリフや楔形文字で書かれた言語を勉強したい場合にも、他の言語と同じように単語をベースにして勉強する。ヒエログリフや楔形文字の表記法には、実は漢字と結構近いところがある。
例えば、「草」という漢字は、「早」に草かんむりがついたものである。「早」の部分は「ソウ」という読みを表したもので、草に関するものだという印として草かんむりがついている。「早い」とは関係がない。
古代エジプト語のヒエログリフも同様の構造をしている。中エジプト語で草はsmwというのだが、これをヒエログリフで表記すると写真2のような感じになる。

同書より転載
クリップのような形がSで、角ばった鳥がM、ウズラのひなのような鳥がWである。漢字の「草」と同じで、大部分の要素は発音を表していて、その後ろに付け足すような形で漢字の部首に相当する文字(限定符という)が付いている。
楔形文字で書く時も同じように「発音+限定符」という組み合わせになるが、楔形文字の場合は限定符は単語の前である。どちらかというとヒエログリフの方が漢字の造字法に近く、限定符を多用する。楔形文字はより表音文字的で、限定符を使用しない単語も多い。
古代エジプト語でも
勉強法は変わらない
古代語や古代文字の勉強も、小学校の国語の勉強と同じである。文字が読み書きできるようになるためにはとにかく書いて覚えるしかない。横着して読むだけで済ませようとすると、これまた漢字と同じで「読めるけど書けない」という事態が頻発する。
1文字1文字に分けて練習するよりは、単語単位で練習した方が良い。日本人の漢字学習の場合には「馬馬馬馬馬馬馬馬」などと同じ漢字を繰り返し練習することも多いが、それは既に母語として「馬」という漢字を含む単語をたくさん知っているからだ。
外国語として古代エジプト語やアッカド語、ヒッタイト語などを一から勉強する場合には、「馬」という文字と同時に、その文字を使う「馬車」「馬脚」「駿馬」「早馬」といった単語も覚えた方が効率的である。

『古代文字を解読していたら、研究に取り憑かれた話』 (大城道則、青木真兵、大山祐亮、ポプラ社)
古代エジプト語の場合、英語や漢文などと勉強法の勝手はあまり変わらない。漢文の句法や英語の文型を勉強するのと同じような意識で十分太刀打ちできる。ギリシア語やラテン語のように複雑な活用に苦戦するタイプの言語ではない。少なくともヒエログリフの綴りからうかがい知れる範囲では。文字のハードルさえ越えてしまえば、そこまで複雑な言語というわけではない。古代エジプト語も本質的には普通の言語である。
ところで、ヒエログリフのWという文字、とてもかわいいので気に入っている。私は生き物ではアヒルが好きで、ピヨピヨしているひなも、大きくなったのも好きだ。
以前ポーランドに行った時に、とある庭園で孔雀とアヒルがいるのを見かけた。他の観光客は全員孔雀の方に群がっていたのだが、私は孔雀には目もくれず、ずっとしゃがみこんでアヒルを眺めていた……ということを、妻に言われて初めて自覚した。アヒルの方がかわいいんだから、良いじゃないか。