京大発ノーベル賞「MOF」ベンチャーが示す、素材大国日本に必要な視点。「すごい技術」だけでは成功しない

2025年のノーベル化学賞は、金属有機構造体(MOF)を開発した、京都大学の北川進特別教授らに授与された。12月の授賞式の様子。
「ノーベル賞の受賞によって知名度は上がったかもしれません。ですが、それを使いこなすための技術に特段の進展があったわけではなく、超えるべきハードルは変わらずに存在します」
こう冷静に話すのは、京都大学発のスタートアップ「Atomis(アトミス)」の浅利大介代表だ。アトミスは、2025年に「金属有機構造体」(MOF:モフ)の研究でノーベル化学賞を受賞した京都大学の北川進特別教授の成果を基に2015年に誕生した素材スタートアップだ。
MOFは、たくさんの穴が空いている「多孔性材料」の一種。気体の分子を閉じ込めたり、分離したりすることが可能な新素材として、地球温暖化や宇宙開発などさまざまな分野で社会実装が進みつつある。ただ、大規模な社会実装に向けて課題もある。
特に浅利さんが危惧するのは、素材ベンチャーのスタートアップエコシステムが未成熟なことだ。 日本に残された「素材」というフロンティアを社会実装していくためのヒントを、アトミスの例から探っていく。
MOF「次世代」材料と期待

取材に応じる、Atomisの浅利大介代表。2017年にAtomisに加入し、代表を務めてきた。
冷蔵庫の消臭剤として使われる活性炭。実はこれも「多孔性材料」の一種だ。「ノーベル賞」と聞くと、最先端の限られた場所で使われる科学技術のように感じるかもしれないが、身近な場所にも似た素材はある。
その中でも、金属有機構造体のMOFが「次世代」の多孔性材料として注目される理由は、デザイン性の高さにある。
MOFはブロックのように組み立てられる有機物と、接着剤となる金属イオンからなる。組み合わせのパターンは10万種類以上にも及ぶ。組み合わせ次第で、穴の大きさや機能を自由にデザインし、狙った気体分子だけをナノサイズの無数の穴に閉じ込めることができる。そのデザイン性に裏打ちされた選択性の高さや、大量の気体を吸着できる点が、すごさの所以(ゆえん)だ。

MOFの分子構造の一例を示す模型。北川特別教授と共にノーベル化学賞を受賞したオマー・M・ヤギー博士がノーベル賞博物館に寄贈した。分子によって格子状の構造ができ、内部が空洞になっていることがよく分かる。
大気中から、温室効果ガスの二酸化炭素やメタンだけを閉じ込めて除去できれば、地球温暖化問題の解決に寄与できる。小型衛星が宇宙空間を進むための燃料タンクにMOFを使えば、さらなる小型化や長時間稼働を実現できるかもしれない。
北川さんは、ノーベル賞受賞が決まった記者会見で「これからは気体の時代だ」と語っていた。浅利さんはその意味を、次のように解説する。
「人間は、これまで石炭(固体)や石油(液体)という有限の材料を使う一方で、気体を有効利用できていませんでした。気体の吸着や分離、貯蔵などを実現して環境問題やエネルギー問題を解決することで、人は次の時代を拓くことができるのではないでしょうか」
「ゼロからイチ」至難の業

Atomisが作ったMOF。
MOFがいくら「画期的な素材」とはいえ、アトミスが誕生してからの10年で社会に劇的に普及したわけではない。そこには構造的な課題があると浅利さんは指摘する。
「素材」は、自動車や電機電子、医薬品などさまざまな用途で使われ、「産業全体の競争力の源泉であるとともに社会全体を支える基幹産業」(経済産業省)ともされる。だが、工場建設などの設備投資には多額の資金がかかる一方で、「製品」という最終的な果実を得るまでの資金調達の仕組みが十分整えられておらず、素材ベンチャーを取り巻く環境は厳しい。
浅利さんは
「売り上げが本当に立つのか分からない段階で、資金を提供し続けてくれる企業や投資家は限られている。大学発の研究をもとに、『ゼロからイチ』を作り上げるのは至難の業なのです」
と話す。
製薬業界では、大手製薬企業が画期的な新薬を世の中に出すことを目指すバイオベンチャーと契約を結び、複数のパイプラインを持つことが一般的だ。バイオベンチャーはパイプラインの供給元としての役割を担い、マイルストンを達成するごとに大手企業から追加資金を調達するエコシステムができている。
一方、素材ベンチャーには、バイオベンチャーのような強靭なエコシステムが構築されていない。加えて、素材ならではの事情として、供給する材料は安くて耐久性が高いことが前提。試験的に原料を提供しようにも「サンプルはタダ」という文化が根強く、スタートアップが受託開発のような形で開発費を賄うことも一筋縄ではいかない。
「新素材を世の中に出していこうと思うと、やっぱり強いドライビングフォースが必要です。材料を中心に、アプリケーションを考える人がいないと、ゼロからイチは生まれない」(浅利さん)