イケア「モーニングを100円~に値下げ」の賢い戦略

イケアに朝行くと、すでに行列ができている, 「階段式」価格がもたらすカスタマイズの妙, 飽きさせない「3カ月サイクル」の戦略, 「デモクラティックデザイン」が支える採算性, 実績が証明する「呼び水」としての効果

イケアが「モーニングメニュー」を刷新! お得すぎる朝食に込められたマーケティング戦略に迫ります(写真:イケア提供)

イケアに朝行くと、すでに行列ができている

1月初旬の朝10時、某所にあるイケアを訪れると、開店直後にもかかわらず、レストランエリアは熱気に包まれていた。

【画像】100円、300円、600円…どれも超絶お得、大人気のイケアのモーニングメニュー

イケアの大型店舗に設置されたレストランでは、朝から家族連れやカップルがトレイを手に列を作っている。その多くの目当ては、2024年11月に刷新された「モーニングメニュー」だ。

イケアに朝行くと、すでに行列ができている, 「階段式」価格がもたらすカスタマイズの妙, 飽きさせない「3カ月サイクル」の戦略, 「デモクラティックデザイン」が支える採算性, 実績が証明する「呼び水」としての効果

1月初旬の朝に訪れたIKEA のレストラン風景(写真:筆者撮影)

驚くべきは、その価格設定である。イケアのロングセラー商品であるシナモンロール(通常、1個120円)に、ハッシュドポテトがついたセットが100円で提供されているのだ。

イケアに朝行くと、すでに行列ができている, 「階段式」価格がもたらすカスタマイズの妙, 飽きさせない「3カ月サイクル」の戦略, 「デモクラティックデザイン」が支える採算性, 実績が証明する「呼び水」としての効果

イケアのロングセラー商品であるシナモンロールに、ハッシュドポテトがついた「モーニングAセットは、現在100円で提供されている(写真:イケア提供)

【画像20枚】100円、300円、600円…どれも超絶お得、大人気のイケアのモーニングメニュー

なぜ、世界最大の家具販売店であるイケアが朝食に力を入れ、安さを打ち出すのか。その裏側には、緻密なマーケティング戦略と、家具を求める人々への深い洞察があった。

「階段式」価格がもたらすカスタマイズの妙

モーニング刷新の背景には、イケアが毎年掲げる“テーマ”がきっかけだったという。

2025年度(2024年9月〜2025年8月)のテーマは、「眠り」。このテーマに対して、同社のフード部門は何ができるかとディスカッションをした。その中で『お客様には心地よい睡眠をとった後、美味しい朝食を食べて、一日を豊かにしていただきたい』という思いに行きつき、メニューのリニューアルにつながったのである。

以前から実施されていたイケアのモーニングの価格帯は、400円、600円、800円という「階段式」だった。今回のリニューアルでは階段式を保ちつつ、100円、300円、600円とさらに安価な価格帯へとシフトしたのである。

そもそも、なぜ階段式なのだろうか? イケア・ジャパンのカントリーフードマネジャー、菊池武嗣さんは、次のように語る。

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菊池 武嗣(きくち たけつぐ)/イケア・ジャパン カントリー フードマネジャー 2013年に入社。IKEA 立川にて、フードマネジャーとしてキャリアをスタート。2015年からはカスタマー・リレーション・マネジャーを兼任し、顧客対応と店舗運営の両面で経験を積む。2019年には IKEA for Business 渋谷のマネジャーとして法人向けサービスを推進し、2021年からは IKEA 渋谷のディプティ・マーケット・マネジャーとして店舗全体の運営をリード。2023年6月より現職、カントリーフードマネジャーとして日本国内のフード部門を統括(写真:イケア提供)

「イケアは、『より快適な毎日を、より多くの方々に』というビジョンを掲げています。100円というところがクローズアップされがちではあるんですけれど、お客様の年齢やお財布事情など、あらゆる方々に楽しんでもらいたいと思っているからです」

つまり、「階段式」の価格戦略は顧客の窓口を広げ、幅広いニーズに対応できるようにしているのだ。例えば、モーニングの300円のラインでは、シナモンロールとゆで卵に加え、ハッシュドポテト、フライドチキン、プレーンソーセージ、ベジタブルメダリオン(野菜のパティ)の中からいずれか1つ選べるようになっている。

様々な組み合わせを提供することで、たとえ顧客が毎日来店したとしても、飽きずにリピートし続けてもらうことを狙っている。心地よい睡眠をサポートする寝具の提案と、満足感のある朝食。イケアはこれらをセットで提案することで、顧客の一日をトータルで豊かにすることを目指した。

顧客一人ひとりのお財布事情とその日の気分に寄り添い、誰にでも楽しんでもらえる選択肢を用意する。これについて菊池さんは、「人によって異なる、アフォーダビリティ(求めやすさ)に対応するためです」と語る。

今回のリニューアルには、イケアブランドのアイデンティティをどう表現するかという深い議論が交わされた。

10年前に朝食を提供していた時は、スクランブルエッグとベーコンといった、いわゆる一般的なモーニングのメニューを出していた。しかし、今回の刷新にあたっては、イチからメニュー作りが始まった。

「まず、『私たちのアイコニックな商品を入れたいよね』という話になりました。お客様にイケアらしさを体験していただくために、定番の商品のシナモンロールをメニューの主役にしたのはそのためです」(菊池さん)

「どこにでもある朝食」から、イケアでしか味わえない「ブランド体験としての朝食」へ。この思想の転換が、100円モーニングという強力なコンテンツを生んだのである。

飽きさせない「3カ月サイクル」の戦略

一方で、モーニングメニューだけではなく、頻繁に来店するリピーターを惹きつけ続ける仕組みも展開している。約3カ月に一度のペースで更新している「季節や期間限定メニュー」という戦略だ。

このシーズンに合わせたイケアのレストラン限定商品は、イケアの「スウェーデンらしさ」と「日本のローカルニーズ」を融合させている。スウェーデン本国では必ずしも主力ではないメニューであっても、日本の顧客が「週末に家族で少しいいものを食べたい」と願う心理をくみ取り、独自のラインナップを構築しているのだ。日本で人気が高いローストビーフや抹茶のデザートなどが、その代表例だ。

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「さつまいもフェア」のメニュー(写真:イケア提供)

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「ストロベリーフェア」のメニュー(写真:イケア提供)

これらの新メニューは、社内キッチンで毎週のように行われる試食会を経て世に出されるという。

「開発メンバーがデザインした料理を、ビジネス全体を考えるチームが実際に食べて議論します。その場で意見を出し合い、『これだと重すぎる』とか『こちらのほうが高級感がある』といった意見をもとに、その場でアレンジを加えていくんです。社内にいる外国籍のスタッフに『スウェーデン人から見てこれはどう思うか?』と意見を求めることもあります」(菊池さん)

想定外のヒットも誕生した。2025年の秋に投入したさつまいものデザートメニューは、想定の1.5倍以上の売れ行きを記録し、終了期間を待たずに売り切れてしまったという。なかには、こうした限定メニュー目当てに、足しげく通う客もいるという。

「デモクラティックデザイン」が支える採算性

ここで、もう1つの疑問が浮かぶ。原材料費が高騰する中で、なぜ100円という価格が維持できるのだろうか?

私がイケアでモーニングを注文した時、配膳のスタッフにメニューを伝えると、すぐに温かい料理が届いた。一つひとつが美味しく、決して「安かろう、悪かろう」ではないことがうかがえた。

イケアに朝行くと、すでに行列ができている, 「階段式」価格がもたらすカスタマイズの妙, 飽きさせない「3カ月サイクル」の戦略, 「デモクラティックデザイン」が支える採算性, 実績が証明する「呼び水」としての効果

モーニングメニューのラインナップ(写真:イケア提供)

そこには、イケア独自の製品開発哲学である「デモクラティックデザイン」という考え方が生きていた。これは、①優れたデザイン、②機能性、③品質、④サステナビリティ、⑤低価格という5つの要素をすべてバランスよく満たすための基準だ。イケアは家具から小物、フードに至るまで、すべてがこの要素をクリアして世の中に送り出している。

この厳しい基準に達した商品を制作するにあたり、圧倒的な販売量をメーカーに約束することで、リーズナブルな仕入れ価格を実現しているという。

イケアに朝行くと、すでに行列ができている, 「階段式」価格がもたらすカスタマイズの妙, 飽きさせない「3カ月サイクル」の戦略, 「デモクラティックデザイン」が支える採算性, 実績が証明する「呼び水」としての効果

なお、IKEA 長久手ではシナモンロールとゆで卵、選択メニューの3点セットが300円(一部他店舗でも実施)、さらには「100円カレー」というカレーライスを一皿100円で提供する実験的な試みまで行われている。いわゆる名古屋の「モーニング文化」を意識した形だ(写真:筆者撮影)

北欧らしいサーモンなどは海外で調達し、鮮度が必要なパンなどは国内で調達するほか、物流の最適化も徹底してコスト管理を行っている。会員向けに無料提供されるドリンクバーについても、ヨーロッパのカフェでも使われるような本格的なマシンを導入し、クオリティには一切妥協していない。

イケアに朝行くと、すでに行列ができている, 「階段式」価格がもたらすカスタマイズの妙, 飽きさせない「3カ月サイクル」の戦略, 「デモクラティックデザイン」が支える採算性, 実績が証明する「呼び水」としての効果

ドリンクバーも、ヨーロッパのカフェでも使われるような本格的なマシンを導入(写真:イケア提供)

実績が証明する「呼び水」としての効果

この戦略は見事に数字に表れている。モーニングの刷新後の2024年11月〜2025年8月にかけて、朝の時間帯(開店から11時まで)の利用者は全国で40万人に達した。前年同期の28万人から大幅な伸びを記録したのである。

レストランのにぎわいは店舗全体にポジティブな影響を与えているようだ。「お客様が物理的にお店に来てくださることで、高揚感が生まれ、結果として家具部門の売り上げにもつながっています」と菊池さん。

イケアのモーニングを楽しむ人々の顔は、みな笑顔である。私は、2歳の子どもを連れてモーニングを楽しんだが、小さなキッズスペースもあり、「子どもも楽しんでいるようだし、買い物をしようかな」という心の余裕が生まれた。周りを見渡すと、同じような感覚で訪れている家族連れが多いように感じた。

イケアのレストランは、単なる飲食店ではなく、店舗全体へ顧客を送り出す「最強の呼び水」となっているのかもしれない。

続く後編では、独自のモーニング戦略の裏側にある、イケアの「歴史と理念」を深掘りしていく。

※価格情報は1月上旬時点の情報です。レストランのメニューは予告なく変更、または終了する可能性があります。一部店舗ではサービスが異なる可能性があります。