高速バスで横行する「相席ブロック」彼らは迷惑客か、それとも“神客”か?――格安モデルの死角に眠っていたバス業界の埋蔵金

空間を売り始めた高速バス

「相席ブロック」か「空間販売」か――高速バス業界が挑む座席の収益化が勢いを増している。

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 高速バス市場で、悪質な直前キャンセルによって隣を空席にする相席ブロックが大きな問題となった。過去にはひとりが10席を確保し、出発直前に9席を払い戻して広大な空間を独占した事例も報告されている(『読売新聞』2025年12月12日付け)。

 ネット予約の浸透は、対面での気まずさを取り払い、こうした行為への心理的な壁を低くした。わずかな負担で空間を私物化する行為に対し、京王バスやJRバス中国は手数料の大幅引き上げで対抗した。

 現在、この課題は厳罰化する対象ではなく、隣り合う二席を独占する「ダブルシート」という新しいビジネスへと移り変わっている。事業者の実例とデータを交え、空間消費の最前線を紐解く。これは、それまで不当に消費されていた空間の価値を、正当な利益へと結びつける大きな転換点だ。

需給バランスの歪み

 コロナ禍を経て高速バス需要が回復するなか、市場では需給の不一致が深刻化している。国土交通省のデータによれば、2025年10月第3週の「バスタ新宿」利用者数はコロナ禍前の102%に達した一方、バスの発着便数は91%にとどまる。

 ドライバーの労働時間規制強化の影響もあり、1便あたりの混雑率が高まっている。供給が絞られた結果、以前は期待できた「隣が空いているかもしれない」という偶然性は消滅し、車内の空間そのものが高い希少価値を持つようになった。

 このひっ迫した環境下で、ジェイアールバス関東が2022年頃から把握し始めた相席ブロックが深刻な影を落としている。乗客が隣り合う複数の座席を予約し、出発直前に一部をキャンセルして意図的に周囲を空席にする手法だ。その背景には、

・他者との密着を避けたい

・長距離移動における快適さを確保したい

という消費者の欲求がある。ネット予約の普及は、窓口での対面を介さず手続きを完結させるため、こうした行為への心理的な抵抗をなくした。

 利用者は移動の権利に付随する空間を自分勝手に切り離し、不備のある予約の仕組みを悪用して、空間部分だけを不当に安く入手しているのだ。

機会損失と法的リスク

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バスタ新宿(画像:写真AC)

 相席ブロックが運行会社に与える最大の打撃は、甚大な機会損失による収益性の悪化だ。実際には空席を求める客がいるにもかかわらず、ブロックされた座席のせいで予約が取れない

「偽の満席」

が発生する。直前にキャンセルされた席の再販売は極めて難しく、運行コストが変わらないなかで営業利益率が著しく低下する。年末の帰省ラッシュのように需要が集中する時期には、事前に計画を立てる家族連れなどが予約を取れず、他の移動手段へ流れてしまう実害も出ている。

 この不自然な予約データは収益管理システムの精度を損なう。架空の需要が混ざることで、正確な需要予測や適切な価格設定が機能しなくなるからだ。

 この行為には法的リスクもともなう。法律の専門家によれば、最初から二席以上を使う意思がないのに直前キャンセルを行い、損害を与える行為は、民法の不法行為に当たる可能性がある。他者への販売を妨げる行為として、刑法の偽計業務妨害罪(虚偽の手段で他人の業務を妨害する罪)に該当する恐れも指摘されている(同紙)。

 バス会社側は、得られるはずだった利益を失ったとして、損害賠償を請求できる場合もある。かつて設定されていた百円といった低額な手数料は、東海道新幹線の当日払い戻しで二千円ほどかかる仕組みに比べれば、あまりに安価だった。利用者の利便性を考えた善意が、現在では

「空間を不当に独占するための有利な道具」

として悪用されているのだ。悪質なケースでは、払い戻し手数料を支払ったとしても法的責任を問われる可能性があることを自覚しなければならない。

安価な移動とプライバシーの衝突

 問題の根っこは、

・低価格での大量輸送を前提としたこれまでの仕組み

・現代の消費者が求める空間の質

が衝突している点にある。高速バスは長い間、安価な移動手段として重宝されてきた。だが近年のプライバシー意識の高まりにより、見知らぬ他者と長時間密着して過ごす心理的な壁は高くなっている。

 相席ブロックは、安価で窮屈な4列シートと、高価で快適な3列独立シートの中間に位置する商品が不足しているために起きた現象だ。これは利用者が、サービスの枠組み自体が抱える不備を突いて、自ら空間を確保しようとした結果である。

 ネット予約の普及により、窓口や電話を介さず手続きが行えるようになったことも大きい。対面での気まずさが解消されたことで、身勝手な振る舞いへの心理的な障壁が取り払われた。

 移動中に動画を視聴したり仕事をしたりする現在の利用形態において、隣接する他者の存在は情報の安全性を損なうリスクにもなる。物理的な快適さだけでなく、デジタル環境の安全性を確保したいという欲求が空間消費の質を変えている。

 事業者はこれを一部のモラルに欠ける振る舞いとして切り捨てず、空間を占有する権利に対する確実な支払い意欲の現れと見なして、サービスの提供方法を改める必要がある。

ペナルティ強化と空間販売

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3列独立シートのラクシア(画像:ウィーラートラベル)

 事態を重く見た主要事業者は、キャンセル料規定の抜本的な見直しを断行した。京王バスは2024年7月から当日のキャンセル料を運賃の50%へ引き上げた。JRバス中国も同年9月より、出発2時間前までのキャンセルで50%、それ以降は100%を徴収する規定を導入している。

 ジェイアールバス関東は東京~大阪間の路線で、乗車前日や当日の手数料を運賃の20%から30%へ変更した。富士急バスは東京~富士五湖間の路線で、一律100円だった手数料を乗車前日以降は運賃の50%へと改定した。西日本鉄道も東京行きの便で、従来は110円だった前日からの手数料を運賃の50%としている。WILLER TRAVELも出発7日前から手数料を発生させるなど、抑止力を強めている。

 同時に各社は空間ニーズを正規サービスとして商品化し始めた。WILLER EXPRESSは隣り合う2席をひとりで独占できる「ダブルシート」プランを提供している。JRバスグループも共通プラットフォーム「高速バスネット」で「隣席空席確保プラン」を展開中だ。

 こうした取り組みは、固定されていたバスの乗車定員を、需要に合わせて柔軟に変化させる在庫管理の手法を確立した。一台の車両を、状況に応じて満席で走らせるか、空間にゆとりを持たせて走らせるかを動的に切り替えている。

 市場は座席という一部分の販売から、空間という広がりを持った価値の提供へと大きく変化した。これは鉄道の優等車両や航空機の追加サービスと同じ収益の仕組みを取り入れたものであり、高速バスがより快適な移動を目指す事業へと進んでいることを示している。

AIとDXによる座席運用

 業界が利益率をさらに高めるには、キャンセル料の引き上げといった場当たり的な対応に留まらず、収益を最大化する高度な手法の確立が欠かせない。現在の罰則強化だけでは、手数料を支払ってでも強引に隣を空けようとする利用者とのいたちごっこが続く恐れがある。

 ネット予約という非対面の仕組みが、身勝手な予約への心理的障壁を下げている現状を直視すべきだ。

 今後はAIを駆使し、ブロック行為が発生しやすい区間や時期を特定した動的な座席運用が求められる。予測データに基づき、特定の座席を最初から「ダブルシート専用枠」として高値で流通させる戦略が有効だ。

 AIが予約者の過去の履歴から、空間を確保したい意向の強い層を判別し、出発前に

「追加料金で正規のダブルシートへ変更できる」

といった案内を自動で行う仕組みも考えられる。これは不適切な振る舞いを防ぐと同時に、快適さを正当な権利として購入するよう促す手法となる。

 出発直前に空席が確定した際、車内の乗客へ「追加料金で隣を空席にできる」とスマホ通知を送るアップセル施策も収益向上に寄与する。これまで利益を生まない無駄な余白だった空席を、直前まで価値を持つ商品へと変えていく必要がある。

 こうしたデジタル技術の活用により、現場の負担を抑えつつ、直前の在庫を効率よく収益に結びつける体制が整うだろう。

洗練された移動サービスへの転換

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高速バス座席販売の変革。

 相席ブロックという一部の利用者による振る舞いは、日本の高速バス業界における収益の仕組みを大きく進化させるきっかけとなった。事業者はこれまで損失として処理するしかなかった「隣の空席」を、確実な利益をもたらす商品へと鮮やかに転換しつつある。

 インターネットを通じた予約の普及は、利便性を高めた一方で、手続きの匿名性が身勝手な予約行動を助長した側面も否定できない。だが業界はこうした負の側面を封じ込めるだけでなく、潜在的なニーズを掘り起こす原動力に変えてみせた。

 日本の高速バス市場は、不特定多数を一度に運ぶ効率性だけを追求する形態から脱却した。利用者は移動中の時間を自分だけで占有することに価値を見出し、納得できる金額を支払う段階に入っている。

 かつての100円という安すぎる手数料で放置されていた空間は、今や運賃の50%や100%といった正当な対価、あるいは数千円単位の付加価値を生む商品へと姿を変えた。高速バス業界は今、限られた車内空間の密度をコントロールし、それを権利として販売する、洗練された移動サービスへの歩みを進めている。