プーチンが直面する「食品インフレ」が戦争継続の要所になる理由…バター価格4年で2倍、ロシアはどう抑え込むのか

都市部の生活悪化をプーチンが恐れる理由, 戦時下で「2倍」になったバターの価格, バター不足報道の真偽, 我慢の強制には限界がある

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領とアンドレイ・ベロウソフ国防相。2人は、2月23日、ロシア・モスクワのクレムリンの壁近くの無名戦士の墓で開かれた祖国防衛者の日を記念する花輪献花式に出席した。

ロシアとウクライナが交戦状態に入ったのは、2022年2月24日だった。それから丸4年が経過し、戦争は5年目に突入している。主権国家同士の戦争としては、現代では異例の長さである。アメリカのドナルド・トランプ大統領は意気揚々と仲介に乗り出したが、ことごとく不調に終わり、事態が収束に向かう展望はむしろ描き難くなった。

都市部の生活悪化をプーチンが恐れる理由

政治的にロシアの継戦能力を規定するものは、「国民の支持」だ。とりわけ重要なのが、モスクワやペテルブルクといった都市部の国民の支持である。ロシア側の戦死者は27万人以上に達したようだが、戦場に駆り出されているのは主に農村部の国民だ。戦争の悪影響は都市部の国民の生活にまだ強く及んでいないため、都市部の国民の支持を得られる限り、ロシアは政治的に戦争を継続できる。

言い換えると、都市部の国民が戦争を支持しなくなれば、ロシアは戦争が継続できなくなる。そのためにも、プーチン大統領は都市部の国民の生活が悪化しないように配慮してきた。しかし、都市部の国民の生活も徐々にではあるが苦しさを増している。とりわけ食品価格の高騰が続いている点はプーチン大統領にとって頭痛の種だ。

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図表1 ロシアのモノの価格(消費者物価ベース)

ロシアの消費者物価のうち、モノの価格の動きを確認すると、2023年までは食品価格と非食品価格がほぼ同じ上昇率だったが、2024年以降は食品価格が非食品価格を明確に上回るようになる(図表1)。特に2024年後半から2025年前半にかけては前年比10%を超える上昇率となっており、国民が強い痛みを被っていたことが分かる。

それでも、2025年後半にはインフレが鈍化し、12月には5.2%まで食品価格の上昇率が低下した。しかし年明け2026年1月には5.9%と反発し、2月以降も強含みになると予想されている。主な理由は、プーチン政権が戦費調達のために消費税に相当する付加価値税(VAT)の税率を年明けに20%から22%に引き上げたことにある。

戦時下で「2倍」になったバターの価格

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図表2 食品の値上がり率

ここで、戦時下での食品の値上がり状況について、品目別に細かく確認してみたい。2025年に値上がりした食品の筆頭はバターであり、値上がり率は20%を超えた。次いで鮮魚を含む魚製品が18%、チーズやパンが14%、植物油や茶・コーヒー、酒類、菓子が13%と、これらの品目が食品全体の値上がり率(10%)を超えている(図表2)。

とりわけバターの値段は、開戦前の2021年から2025年にかけて80%近く上昇しており、4年でおおむね2倍となった。「大砲かバターか」という古典的な格言のとおり、民生品の代表とされるバターは品薄が続いているようだ。ロシアからは散発的にバター不足の報道が聞かれ、政府も増産や輸入増に取り組んでいるが価格は安定しない。

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2025年6月23日。ソビエト連邦の軍服を着た女性交通管制官。ビクトリーパレード80周年を記念した展覧会にて。

魚製品の値上がりも興味深い。ロシアは漁業大国のイメージがあるが、天然物だけでは国内の需要を賄えないため、養殖物への依存度も実は高い。特にウラル以西のヨーロッパロシアでは、カスピ海をはじめ、ペテルブルク近郊の湖沼などで養殖が盛んである。そうした養殖魚の価格は、飼料高や薬品高などの影響を受けて急騰しているという。

そもそも食品高には人件費高が通底している。ウクライナとの戦争を継続する以上、軍需品の生産が優先されるため、民生品である食品の生産は後回しとなる。要するに、民生品の生産に携わるヒトは減る。人手不足となれば人件費高に拍車がかかり、それが食品の価格の上昇につながる。それを輸入でカバーしても、自ずと限界があるわけだ。

バター不足報道の真偽

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ロシアのスーパーマーケットの様子。2025年8月撮影。。

思い返すと、2024年後半、ロシアではバター不足が深刻化し、首都モスクワのスーパーなどでは欠品が相次ぐとともに、一部では盗難まで生じたと盛んに報じられていた。ロシアはバター消費量の4分の1を輸入に頼っているため、主要国からの経済・金融制裁に伴い輸入がひっ迫したことが、バター不足の大きな理由だったと考えられている。

同時に、戦時経済化に伴って、民生品であるバターの国内での生産も停滞せざるを得なかったようだ。その後、トルコ産バターの輸入増などでロシアのバター供給は増えたようだが、その事実に反して価格は上昇が続いている。2025年は対ドルで前年から10%ほどのルーブル高となったが、これも結局のところは、焼け石に水だったようだ。

物価高は需給バランスが崩れた結果である。バターのような食品は、いわゆるギッフェン財(需要が価格に左右されないモノ)であるため、その需要は基本的に景気に左右されない。にもかかわらずバターの価格が上昇し続けているということは、本質的に戦時下でバターの供給が不足しているためだ。これはあらゆる食品にも共通している。

スマートフォンや家電製品のような耐久財の場合、買い替えのタイミングは数年に一度であるし、中古品も出回るため、物価上昇の痛みを国民が感じにくい側面がある。対して、食品は身近であるから、その値上げが続くことは国民の生活に直撃する。政権を支持するしかないロシア国民とはいえ、こうした状況をいつまで堪えられるだろうか。

我慢の強制には限界がある

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ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と警護部隊。

古代中国の教えとして「衣食足則知栄辱」(衣食足りて礼節を知る)というものがある。身の回りにあるモノが満たされて初めて、人は他人を思いやる余裕が出てくるという意味だ。言い換えれば、生活が満たされていれば、人はそれほど不平や不満を抱かないということだし、逆に生活が見做されなければ、人の不平や不満は着実に募っていく。

人口の多い都市部で国民の生活が窮乏化すれば政変につながるのは、古今東西を問わず、世の常だ。もちろん、今のモスクワやペテルブルクの生活水準が、そうした政変が意識されるレベルまで落ちたとは考えられない。ただし、食品価格の高騰が続く状況に鑑みれば、戦争の長期化で国民の生活水準が低下していることも、紛れもない事実だ。

戦争から丸4年が経過し、プーチン大統領も、こうした事実と向き合わざるを得なくなっている。

それはロシアという難しい国を率いてきたプーチン大統領自身が一番よく認識しているかもしれない。こうした状況の下で、ロシアはどのように戦争を継続していくのか。戦争継続のため、国民の生活水準の低下をどんな手段で食い止めていくのか。

これが2026年のロシアのウクライナ侵攻を左右する、大きなポイントになる。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です