「エンジン音では何も語れません」EV普及のカギは馬力でもトルクでもない? 年率20%超の成長が示す「次なる付加価値」とは

導入文

 電気自動車(EV)が未来の自動車の主流へ移る流れのなかで、これまでとは次元の異なる技術や仕組みの導入が必要になっている。

【画像】「えぇぇぇ!」 これがトヨタ自動車の「平均年収」です!(6枚)

 かつてのEVは内燃機関車のエンジンをモーターへ換えただけの段階に留まっていた。しかし現代のEVは、高性能化と効率化を徹底した結果、膨大な半導体や電子部品を集めた構造体へと変わった。この変化が意味するのは、車両の価値を決める要素が、動力の大きさから「エネルギーの効率的な分配」へと移ったということだ。

 電子部品の高密度化で発生する熱量は増え、放熱を担う冷却システムには従来を遥かに超える性能が求められている。さらに、EV専用の熱管理部品も相次いで採用されており、熱マネジメントの巧拙が航続距離やバッテリー寿命といった商品力、ひいてはメーカーの収益性を左右する。

 本稿では、現代のEVにおける冷却システムの実態や、最新の技術がもたらす産業構造の変化を見ていく。

EVに大規模な冷却が必要な理由

EVに大規模な冷却が必要な理由, 次世代の「液浸冷却」, 冷却だけでなく加熱も重要, 熱を制する者が勝つ時代

エンジン車と電気自動車の熱システムの比較(画像:TDK)

 現在のEVに採用されている基本的な冷却システムの仕組みを解説する。

 EVの電動走行を支える主要な構成要素には、走行用動力源の電動モーター、直流と交流の変換および出力を制御するインバータ、バッテリー電圧を降圧して電装品へ給電するDC/DCコンバータ、そして電力を蓄えて供給する駆動用バッテリーの四つがある。これらの各要素は半導体や高電圧機器を多数含み、動作時には激しい熱を発生させる。

 過剰な熱は電子部品の不具合や焼損に直結するため、適切な温度を維持する冷却機能は必須の条件だ。

 モーターやインバータ、コンバータについては水冷による冷却が標準的だが、バッテリーについては初期の日産リーフなどが空冷を採用していた。しかし、出力の向上やバッテリー容量の拡大、急速充電時間の短縮にともない、発熱量は飛躍的に増えた。その結果、冷却方式の主流は水冷へと完全に移っている。

 EVの性能限界は、発生する熱をいかに効率よく排除できるかにかかっており、高性能化が進むほど冷却システムの強化は避けられない。

 市場の動向に目を向けると、米調査会社LP informationは、EV冷却システム市場が極めて高い成長を遂げると予測している。2025年から2031年にかけての年平均成長率は

「20.8%」

に達する見込みであり、EV需要の拡大とともに巨大な利益を生む領域へと成長している。

 主要サプライヤーにはMAHLE、Valeo、Hanon Systemsといった国際的なメガサプライヤーが名を連ねており、彼らが持つ包括的なシステム提供能力が市場の支配権を握っている。部品単位の供給ではなく、車両全体の熱循環を最適化する技術を持つ企業が、今後の産業構造で圧倒的な優位性を持つ。

次世代の「液浸冷却」

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液浸冷却バッテリー(画像:XING Mobility)

 EVの冷却システムは現状、水冷式が主流だが、将来的な高性能化を見据えて

「液浸冷却」

の開発が加速している。液浸冷却は、PCやAI用サーバーの熱対策として実用化されている技術だ。半導体から発生した熱を空冷や水冷で間接的に逃がすのではなく、基板やセル全体を特殊な液体に浸すことで直接熱を吸収する。大規模なAIデータセンターで発生する膨大な熱を処理するために導入されており、水冷式を超える冷却効率を誇る。

 ただし使用されるフッ素系の特殊な冷却液は、水と比べて極めて高価であり、コストの上昇が普及への壁になっている。

 このシステムをEVへ応用する動きが活発化しており、MAHLEやValeoといった欧州の有力企業に加え、台湾のXING Mobilityが実用化を急いでいる。主な目的は駆動用バッテリーから生じる熱の処理だ。

 従来の水冷方式では個々のバッテリーセルを直接冷却することに限界があったが、液浸冷却はこの物理的な制約を解消する。これにより、バッテリーの高出力化や超急速充電システムの導入が可能となり、航続距離の伸長と利便性の向上を同時に達成できる。

 産業の視点で見れば、液浸冷却への移行は自動車のサーバー化を加速させる事態といえる。また、ENEOSが冷却液の開発に参入している事実は、化石燃料の販売が先細るエネルギー企業にとって、車両内部を循環する流体市場を占めようとする生存戦略の一環と見なせる。

 一方で、フッ素系溶媒に対する法規制の強化といった地政学的な懸念が、普及を左右する材料として浮上している。液浸冷却は開発段階にあるものの、XING Mobilityが英国ケータハムの試作車に採用して注目を集めた。冷却液の価格や重量の課題は残るが、熱の制御が車両の優劣を決める状況下で、この技術の進展が業界の勢力図を塗り替える可能性を秘めている。

冷却だけでなく加熱も重要

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ヒートポンプシステム(画像:日産)

 ここまでEVの冷却について解説してきたが、実際には冷やすだけでなく、適切に加温する機能も欠かせない。

 内燃機関車はエンジンの排熱を暖房に転用できるが、EVに関しては熱源を自ら生み出し、あるいは周囲から効率的に回収する発想への転換が求められる。

 EV用バッテリーの主流であるリチウムイオン電池は特定の温度帯で性能を最大限に発揮する特性があり、極端な高温や低温の環境下では出力制限がかかる。そのため寒冷地などでEVを安定して運用するにはバッテリーの加熱が必須となる。

 しかしその加熱をすべてバッテリーの蓄電力のみで賄えば、電力消費が嵩み、結果として航続距離の低下を招く。そこで有力な技術として普及しているのが

「ヒートポンプ」

だ。ヒートポンプはエアコンの動作原理と同じ技術で、循環する冷媒を圧縮・膨張させる過程で外気の熱を効率的に取り込む。寒冷地であっても冷媒温度を外気温より低下させることで外部から熱を吸収できるため、高効率な加熱システムとして機能する。

 システムの駆動に電力は要するが、電気ヒーターによる発熱に比べて消費電力を大幅に抑えられ、EVの航続距離確保に直結する。この分野では国内最大手のデンソーが卓越した技術を保有しており、トヨタとともにハイブリッド車で磨き上げたシステムをさらに高度化させている。

 現代の熱マネジメントの核心は、車両全体で発生する熱を余さず回収し、必要な箇所へ分配する「熱の最適循環」にある。インバータやモーターの廃熱を回収してバッテリーの予熱や車内の暖房へ回す統合制御は、ハードウェアの構成以上にソフトウェアによる予測アルゴリズムが性能を決める。

 EVの冷却と加熱を統合したシステムは、車両の知能化が進むなかで重要性を増しており、市場予測が示す通り巨大な経済的価値を生む領域となった。この複雑な摺り合わせをともなう技術領域は、日本の部品メーカーが国際的な競争優位を維持するための最後の砦となっている。

熱を制する者が勝つ時代

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EV覇権を握る熱マネジメント。

 熱を制する能力が車両の序列を決める時代が到来した。

 これまで自動車の性能を測る尺度だった馬力やトルクは、限られたエネルギーを最適に循環させる熱マネジメントの効率性に取って代わられた。年率20.8%という市場成長の背景にあるのは、部品の需要拡大にとどまらず、車両の付加価値そのものが物理的な構成から統合制御へと移っている事実だろう。

 メガサプライヤーによる制御のブラックボックス化が進むなか、完成車メーカーが自社で全工程を完結させる難易度は上がり、サプライチェーンの力学は根本から変わっている。液浸冷却の採用は、自動車を高密度な移動式計算機へと変貌させ、エネルギー企業をも巻き込んだ新たな利益争いを引き起こす。

 日本企業がこの競争を勝ち抜くためには、長年磨き上げた物理的な調律能力を、ソフトウェアによる動的な最適化へと昇華させる必要がある。熱の流れを完全に掌握できない勢力に、次世代の覇権を握る余地は残されていない。