「ハンガリーのトランプ」退陣危機、3.7兆円EU基金復活で日本企業に商機拡大か

ハンガリーのオルバーン・ヴィクトル首相 Photo:Janos Kummer/gettyimages
「ハンガリーのトランプ」が
16年ぶりに退陣の可能性
2026年4月に予定されているハンガリー総選挙は、単なる一国の政権選択にとどまらず、欧州連合(EU)の結束、そして日本企業の欧州戦略にも多大な影響を及ぼす転換点となる可能性がある。「ハンガリーのトランプ」の異名を取り、16年にわたり強権的な姿勢で国を率いてきたオルバーン・ヴィクトル首相の長期政権が、退陣の危機に瀕しているからだ。
2010年の政権奪還以来、連続4期、通算5度目の首相の座にあるオルバーン氏は、憲法改正や選挙制度改革を通じて強固な権力基盤を築き上げてきた。しかし、直近の世論調査では、政権与党「フィデス(Fidesz)」が新興の野党勢力にリードを許すという、政権発足以降ほとんど見られなかった事態が発生している。
政治専門サイトのPOLITICOが複数の世論調査を集計し算出している政党支持率をみると、2024年末以降、マジャル・ペーテル氏率いる新興政党「ティサ(Tisza)」の支持率がオルバーン首相率いるフィデスの支持率を上回る状況が続いている(図表1)。
オルバーン政権はこうした世論を受け、支持率回復のためにエネルギー価格への補助金や所得税控除の拡大、高齢者向け生活必需品の消費税免除といった財政拡張的な政策を打ち出している。加えて、今回の総選挙を「戦争か平和かの選択」と位置づけ、自らを唯一の平和・安定勢力とアピールしている。
ウクライナ支援やEUのロシア制裁を「ブリュッセル(欧州委員会・EU)の戦争推進策」と批判し、それに対抗することで国の平和を守る政権というイメージを押し出す戦略だ。
これらの戦略は一部奏功しており、2025年後半以降、フィデスの支持率は回復傾向にある。それでも、直近の支持率はフィデスの39%に対してティサが48%と、10ポイント近い大差をつけられたままだ。
物価高と政治の腐敗に
国民の不満が噴出
なぜ、これほどまでに与党から支持が離れたのか。最大の要因は物価高と政治の腐敗への不満だ。
ハンガリーの消費者物価(HICP)上昇率はコロナ禍後の2021年頃から、他のEU諸国と同様に上昇し始めた。しかし、2022年後半から急騰した同国のインフレ率はEU加盟国内でも突出した水準となり、2023年1月のピーク時には前年同月比+26.2%を記録した(図表2)。
2022年は、パンデミックからの急速な景気回復とロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格の高騰が相まって、欧州全体が物価高に苦しんだが、なかでもハンガリーはその影響を大きく受けた。
エネルギー供給の大部分をロシアに依存していたことに加え、ウクライナの隣国であるという地政学的な要因などから通貨(フォリント)安が進行し、輸入インフレが加速した。加えて、2022年4月の総選挙に向けてオルバーン政権が所得税の還付や年金の追加支給といった大規模な財政出動を行ったことで国内の需要が拡大したことも、インフレ高進に拍車をかけた。
オルバーン政権下の汚職や収賄疑惑については、今に始まったことではない。オルバーン氏の幼なじみや娘婿といった友人・親族が関わる企業が政府の公共事業を次々と入札するなど、権力による縁故主義によって政府関係者に富が集中していることなどがかねてから批判されていた。それでも、オルバーン政権の伝統的で保守的な価値観を強く支持する保守層が地方部を中心に根強く存在し、フィデスの人気を支えていた。
しかし、2024年2月に発覚した大統領による恩赦スキャンダルが、オルバーン政権にとって大きな打撃となった。
ノバーク大統領(当時)が2023年、児童への性的虐待事件の隠蔽に関与した人物と知りながら恩赦を与えていたことが判明し、野党のみならず与党内からも批判の声が相次いだ。大統領や法務大臣が辞任し、オルバーン首相も直ちに憲法を改正して「児童に対する犯罪者への恩赦」を禁止すると発表するなど火消しを図ったものの、これまで強固に政権を支持してきた保守層の道徳的支柱を揺るがした。
対するティサは、元々は政権に近い立場にいたマジャル氏が内部告発的に立ち上げた新興保守政党であり、「EUとの関係改善」や「反汚職」を掲げて急速に支持を拡大している。
従来の野党が「左派・リベラル」の色が強く、保守的な地方層に浸透しきれなかったのに対し、ティサは「愛国的な変革」を訴えることで、フィデスの岩盤支持層を切り崩している点が特徴だ。小選挙区の情勢調査でも、ティサとフィデスは拮抗しており、2010年以降で初めて、現実的な政権交代の可能性が高まっている。
懐疑派筆頭格の退場で
EUの一体感が回復か
ハンガリーの総選挙の行方は、ハンガリー国内のみならず、EU全体にとっても重要な意味を持つ。オルバーン氏は、「非リベラル民主主義」を標榜し、法の支配や移民政策、環境政策などを巡ってEUと激しく対立する、EU懐疑派の筆頭格であるからだ。
特にロシアのウクライナ侵攻以降は、EU加盟国でありながら親ロシア的な姿勢を明確にしてきた。2026年2月23日のEU外相会合でも、ハンガリーが拒否権を行使したことで、ウクライナ向けの900億ユーロ(約16.6兆円)の無利子融資で合意することが出来なかった。追加の対ロシア制裁も見送られた。
仮にティサが政権を握れば、ハンガリーの外交方針はEUとの協調路線へと大きく転換すると見込まれる。マジャル氏は、公共メディアの独立性や法の支配の回復を公約に掲げており、これらの問題を重視するEUとの関係は改善する公算が大きいだろう。
これはEU全体の一体感回復にも直結する。ウクライナ支援や対ロシア・対中国政策において、全会一致を原則とするEUの意思決定プロセスがスムーズになり、安全保障やエネルギー政策での連携が強化されることが予想される。また、オルバーン氏という象徴的なリーダーを失うことで、スロバキアなど他のEU懐疑派加盟国の影響力や、EU加盟国内の反EU勢力の勢いが削がれる可能性もある。
EU基金の復活と
日本企業の好機
政権交代が実現した場合、経済面で最も大きな影響を及ぼすのが、凍結されたEU基金の復活である。
現在、ハンガリーは「法の支配」の不備を理由に、EUから割り当てられるはずの結束基金やパンデミック復興基金の多くが停止されている。凍結されている資金は約200億ユーロ(約3.7兆円)と、ハンガリーのGDPのおよそ10%に相当する巨額の資金であり、この欠如が近年の経済低迷の一因にもなっていた。
新政権がEUの要求する司法改革や腐敗防止策を実行すれば、これらの凍結資金が解除され、ハンガリー国内に莫大な投資マネーが流入することになる。資金の使途は、インフラ整備やクリーンエネルギーへの転換などが中心となると見られ、ここに日本企業の商機がある。
ハンガリーには既に約180社の日系企業が進出しているが、現時点では自動車関連産業が中心となっている。EU基金が復活すれば、インフラやクリーンエネルギー分野でさらなるチャンスが広がる。
インフラ整備では、鉄道網の整備が進むことが予想される。日本企業がこれまで培った鉄道網の構築や管理・運営のノウハウが活きるだろう。クリーンエネルギー関連では、日本企業が得意とする水素技術、ヒートポンプ、スマートグリッド関連技術への需要が高まるはずだ。また、EUでシェアが広がる電気自動車(EV)向けの高性能素材といった分野でも、日本の製造技術は十分に競争力を持っている。
ハンガリーは、法人税率が9%とEU域内で最も低く、地理的にも欧州の中央に位置する物流の要衝である。労働力不足や賃金高騰といった課題はあるものの、製造拠点としての魅力は依然として高い。
近年、ハンガリーにおける日本企業のプレゼンスは中国勢や韓国勢の勢いに押され気味であったが、この政治的転換は再びプレゼンスを高める絶好の機会となりうる。選挙情勢を注視しつつ、EU基金の使途や新政権の経済政策を見極め、機動的に投資判断を下せるよう準備を進める必要があるだろう。
(伊藤忠総研副主任研究員 高野蒼太)