高市首相が指示した「労働時間規制の緩和」検討、経済の底上げ効果は限定的…結局は賃上げと生産性向上が欠かせない

残業を増やしても経済の底上げ効果は軽微(写真:Trickster/イメージマート)

(河田 皓史:みずほリサーチ&テクノロジーズ チーフグローバルエコノミスト)

「労働時間」への注目度が高まっている。直接的なきっかけは高市総理の厚生労働省に対する労働時間規制緩和の検討指示だ。それを踏まえてこれから各種の会議体などで議論が進んでいくものとみられるが、その底流には、労働時間面での制約が経済成長の制約になっているとの経済界の問題意識がある。

 経済成長率を①労働時間、②就業者数、③その他(労働生産性)に分解すると、「②就業者数」と「③その他(労働生産性)」がプラスにもかかわらず、「①労働時間」がマイナスであるがゆえに経済があまり成長しなかったという見え方になる(図表1)。

■図表1:実質GDP成長率の要因分解(出所:内閣府、厚生労働省)

 こうしたグラフを見ると、「なるほど、労働時間が減ったから経済が成長しなくなったのか。じゃあもっと働かせよう!」という発想になるのも無理はない。確かに、月間平均労働時間は長期的に減少トレンドにあり、1980年代と比べれば大幅な減少となっている(図表2)。

■図表2:月間労働時間(出所:厚生労働省)

労働時間の減少は「残業削減」が主因ではない

 労働時間はなぜ減少しているのだろうか。労働時間減少というと「残業時間が減った」ことをイメージするかもしれないが、実際はそうではない。残業時間(所定外労働時間)は10~15時間程度で長期的に安定しており、むしろ減少しているのは残業時間以外の部分(所定内労働時間)である(図表3)。

■図表3:所定内労働時間と所定外労働時間(出所:厚生労働省)

 所定内労働時間が減少している理由としては、①完全週休二日制の導入(1990年代前半)、②パートタイム労働者の増加(1980年代後半以降)、③祝日数の増加(1980年代~2010年代)、④有給休暇取得率の高まり(2010年代後半以降)などが挙げられるが、最大の要因は「休暇の増加」(①+③+④)である。

 そうした歴史的経緯を踏まえると、労働時間を増やすことだけを目的とするなら、単純な「巻き戻し」として休暇を減らす(例:祝日を減らす、土曜勤務を復活させる)のが最も強い効果を持つと思われる。だが、言うまでもなくこれは超不人気政策であり、政治的に実現可能性が小さい。

 そうした中で、より現実的な線として「働きたい人がもっと働けるように、労働時間規制の緩和を検討しましょう」という方向性が模索されているものと思う。

労働時間の増加による成長底上げ効果は「微益」

 2010年代後半以降に追加された労働時間規制が、労働時間に与えた効果については複数の実証研究*1が存在している。しかし、労働時間規制は総じてそれほど大きな効果を検出しているわけではなく、月間労働時間ベースで2~5時間程度と推計されている。フルタイム労働者の月間平均労働時間160時間対比で考えれば、1~3%程度に相当する。

*1

 参考文献

・新田尭之(2023)「残業時間規制の効果検証と課題(詳細版)―労働時間減少・長時間労働抑制では効果、真の働き方改革には課題も―」、大和総研

・Burdin, Kambayashi, and Kato (2024) ”The Impact of Overtime Limits on Firms and Workers: Evidence from Japan’s Work Style Reform,” IZA DP

 つまり、規制緩和によって労働時間が多少増えたとしても、図表1の「労働時間」のマイナス寄与(-6%程度)が多少減るかもね、という程度の話である。これから毎年1~3%マイナス寄与が縮小していくというなら、経済成長のトレンドが変わるということなので重大な話だが、規制緩和による労働時間増加は「1度限りのレベルシフト」に過ぎず、経済成長のトレンドへの影響はない。一言で言えば「微益」と思う。

「労働時間増加」だけでは労働者サイドからネガティブに捉えられがちなので、「労働時間増加によって賃金・所得を増やして消費拡大につなげよう」という需要サイドの文脈で語られることもある。この点の効果についても、規制緩和が「1度限りのレベルシフト」であることを踏まえれば、やはり「微益」であろう。

 本連載でも何度か指摘している通り、賃金水準からインフレ分を差し引いた「一人当たり実質賃金」は長期的に減少を続けている(図表4)。これには確かに労働時間減少の影響も含まれるので、その影響を除いた「時間当たり実質賃金」(=インフレ分を調整した時給)でみるとマイナス幅は相応に縮小するが、それでも数%は減少している。

■図表4:実質賃金(出所:厚生労働省)

 残業増加で1~3%賃金が増えたとしても、こうした累積的な実質賃金マイナス幅が多少減るという程度の話である。結局のところ、「better than nothing」(ないよりはマシ)に過ぎない。

 本質的に必要なのは、あくまでも「時間当たり実質賃金が増加する(=インフレ率を明確に上回る)だけの賃上げを毎年継続すること」である(が、残念ながらその実現可能性は高くないということを過去に本連載で述べた)。

実質賃金の上昇と生産性向上が欠かせない

 日本経済の「供給力」、特に労働投入量を確保するという観点では、労働時間を増やすことは確かに1つのオプションである。①人口、②労働参加率、③就業率(=100-失業率)、④労働時間を掛け算したものが一国全体の労働投入量になるので、労働投入量を増やすためには①~④のいずれかを増やす必要がある。

「①人口」はこれから大幅に減っていくことが確実だし、「②労働参加率」は遠からず頭打ちとの見方が多い。「③就業率」も既に100%に近く引き上げ余地は乏しいので、消去法的に「④労働時間」に目が向くのは自然と言える。

 だが、本稿で繰り返し指摘してきたように、労働時間を延ばすのは、所詮「1回限り」あるいは「数回限り」の策に過ぎない、一人の人間に与えられている時間・体力には限りがあるためである。

 したがって、人口の大幅減少が確実な日本において供給力を確保していく観点では、労働時間引き上げだけでは不十分だ。資本装備率の引き上げ(≒設備投資)や業務プロセスの効率化などにより、労働生産性を“持続的に“高めていくことが重要である。

 以上をまとめると、労働時間引き上げは、日本経済の需要増加・供給増加のいずれにとっても微益に過ぎないのではないかというのが筆者の感覚である。需要拡大には実質賃金上昇、供給拡大には生産性向上が本筋である。これらの課題に関する議論も忘れずに盛り上げていくことが必要と思う。

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