楽天とNTT、通信の未来を分けるエコシステムと光

楽天グループの三木谷浩史会長兼社長(左)とNTTの島田明社長。MWC Barcelona 2026の基調講演にそれぞれ登壇した(写真:筆者撮影)
日本の通信大手2社が、世界に向けてまったく異なる切り札を見せた。
【写真で見る】三木谷氏は「契約者を増やし、ARPUを上げ、コストを下げる」とモバイル事業の要諦を語った
スペイン・バルセロナで2026年3月2日から5日にかけて、モバイル通信分野で世界最大級の展示会「MWC Barcelona 2026」が開催された。日本からは楽天グループの三木谷浩史会長兼社長と、NTTの島田明社長がそれぞれ基調講演に登壇した。NTTはNTTドコモ、NTTデータとのグループ共同出展で、共同出展は2019年以来7年ぶりだった。
三木谷氏はソフトウェアとエコシステムの輸出を、島田氏は光技術によるAIインフラの省電力化を訴えた。テーマは異なるが、日本発の技術とビジネスモデルを世界に売り込むという点では共通する。両者の講演内容を振り返る。
三木谷氏「エコシステムなしに未来はない」
三木谷氏の講演は、通信事業者のビジネスモデルそのものを問い直す内容だった。冒頭では講演の定番となっている創業エピソードを披露した。「約30年前にインターネットで物を買う人がいない時代に楽天を創業した。最初の月の楽天市場の取引額は3000ドルで、うち2000ドルは自分の買い物だった」。そこからモバイル事業の話に移り、「契約者を増やし、1人あたりの売上高(ARPU)を上げ、コストを下げる。やることはシンプルだ」と語った。

三木谷氏は「契約者を増やし、ARPUを上げ、コストを下げる」とモバイル事業の要諦を語った(写真:筆者撮影)
多くの通信事業者がモバイルネットワークの上にエコシステムを構築しようとしてきた。三木谷氏はこのアプローチとの違いを強調した。楽天はeコマース、旅行、オンラインバンキング、クレジットカード、証券など70以上のサービスを先に持ち、後からモバイル事業に参入した。既存のサービス群にモバイルを加えたことで、利用者の行動が大きく変わったという。
講演で示されたデータによると、楽天モバイルに加入した楽天会員は、サービス利用が2.43倍に増えた。楽天市場の流通総額(GTV)は48.8%増、楽天トラベルは19.6%増、楽天カードの利用額は30.9%増となった。「契約者をメンバーに変えることが重要だ」と三木谷氏は語った。

楽天モバイル加入者はサービス利用が2.43倍に増え、楽天市場のGTVは48.8%増になったとするスライドを示した(写真:筆者撮影)
楽天グループ全体で月間4560万件のトランザクションがあり、モバイル契約者数は1000万を超えた。利用者はただサイトを訪れるだけでなく、商品を買い、旅行を予約し、決済をする。こうした行動データの蓄積が、楽天の次の武器になっている。
データの活用にも踏み込んだ。楽天グループは年間3兆件以上のデータポイントを蓄積しており、これを広告やサービスの最適化に活用している。データとAIを組み合わせた検索機能の改善だけで、流通総額に約2億5000万ユーロの押し上げ効果があったという。「通信事業者はGoogleやAppleより多くのデータを持っている。データは金脈だ」と、他の通信事業者にもデータ活用を促した。

データとAIの組み合わせで流通総額に約2億5000万ユーロの押し上げ効果があったと説明した(写真:筆者撮影)
コスト削減の手段として掲げたのが、ネットワークの完全仮想化だ。従来の通信事業者は専用のハードウェアを使って基地局を運用するが、楽天モバイルはすべてをソフトウェアで動かす方式を採用した。自社開発の基盤を使い、短期間で全国ネットワークを構築した実績をアピールした。衛星通信ではAST SpaceMobileに出資し、地理的カバレッジ100%を目指す方針も示した。
三木谷氏が世界の通信事業者に提案したのは、楽天シンフォニーを通じたソフトウェア技術の提供だけではない。リワードプログラムやコンテンツプラットフォーム、メッセージングサービスまで含めた「エコシステムごとの輸出」だ。「テレコム業界はネットワーク接続を提供するだけの存在から変わるべきだ。エコシステムなしに未来はない」と講演を締めくくった。

「No Ecosystem, No Future」のスライドを背に講演を締めくくる三木谷氏(写真:筆者撮影)
島田氏、光でAIの電力問題に挑む
NTTの島田社長は、AIインフラが直面する電力消費の問題に正面から切り込んだ。NTTは世界トップ3のデータセンター事業者であり、大規模なクラウドやAIインフラを運用する立場から、電力問題は自社の経営課題でもある。
冒頭で示されたのは、AI市場の成長予測だ。今後10年で20倍、生成AIに限れば40倍に拡大するとの見通しを示した。成長に伴いデータセンターやサーバーの需要が急増し、電力消費が指数関数的に増えていく。

島田社長はAI市場が2030年までに20倍、生成AIは40倍に拡大するとの予測を示した(写真:筆者撮影)
島田氏はこの構造的な課題に対し、「光技術で、AIが必要とする性能を維持しながら電力消費を劇的に下げる」と宣言した。
NTTが推進する次世代インフラ構想「IOWN」の中核となるのが、光電融合(PEC:Photonics-Electronics Convergence)だ。現在のAIインフラは電気配線が主流だが、短い距離の電気接続でも大量の電力を消費する。光通信はデータ量が増えても消費電力がほとんど変わらない。この特性を生かし、通信から演算処理までを光技術に置き換えていく。NTTは2032年までに電力消費を従来の100分の1に引き下げる目標を掲げている。
PECには段階がある。第1世代の「PEC-1」はデータセンター間の光接続で、すでに商用化されている。次の「PEC-2」はデータセンター内部に光技術を導入するもので、ラック間やサーバー間を光で接続する。島田氏は2026年中の商用化を明言した。

PECデバイスのロードマップを示す島田社長。PEC-1からPEC-4まで段階的に光化を進める計画だ(写真:筆者撮影)
PEC-2は米Broadcomなどと連携して開発を進めており、大規模AIスーパーコンピューター向けの高速・低電力インターコネクトとして設計されている。障害時にデバイスを個別に交換できる構造で、運用環境での信頼性を重視した。
さらに先のPEC-3では、基板上の半導体間やパッケージ内部のチップ間配線まで光化する。2028年以降の実用化を目標に掲げ、従来比100倍の電力効率を見込んでいる。
光量子コンピューティングにも布石
島田氏は講演の後半で、光量子コンピューターにも触れた。GoogleやIBMが開発を進める量子コンピューターは、マイナス270度近い極低温に冷やす大がかりな装置が必要になる。NTTが理化学研究所と取り組む光方式は室温で動作し、冷却装置が要らないため消費電力が大幅に少ない。装置のサイズもサーバー1台分に収まる設計を目指している。

理化学研究所と連携する光量子コンピューター「OptQC」の実機写真も公開された(写真:筆者撮影)
2030年までに、量子コンピューターの性能を左右する演算単位「キュービット」を100万まで増やすことを目指す。現在の量子コンピューターはIBMの1000超が最大級で、100万は桁違いの野心的な目標だ。さらに将来的には1億キュービットも視野に入れ、個別化医薬品の開発や次世代エネルギー資源の創出といった社会課題の解決につなげる構想だ。
ソフトウェアと光、異なる切り札で同じ舞台に立つ
三木谷氏が売り込んだのは、楽天が日本市場で培ったソフトウェアとエコシステムの運用ノウハウだ。楽天シンフォニーは2025年、クウェートのザイン、ベトナムのモビフォン、バングラデシュのグラミンフォンなど複数の通信事業者と覚書を締結し、米AT&Tへのサービス提供も拡大した。ただし多くは覚書段階にとどまり、大規模な商用展開にはまだ距離がある。楽天モバイル自体は2025年末に契約者数1000万を突破し、2025年度にEBITDAベースで通期黒字化を達成したが、営業利益は依然赤字だ。国内の収益基盤を固めながら海外展開の成果を出せるかが問われている。
島田氏が掲げたのは、AIの爆発的成長がもたらす電力問題に対する技術的な回答だ。IOWNの仕様策定にはIntel、ソニー、NVIDIA、Qualcomm、Ericssonなど120以上の企業が参画しており、NTT単独のプロジェクトではない。一方で、NVIDIAやTSMCもシリコンフォトニクス技術を独自に開発しており、データセンター内の光配線は世界的な競争テーマになっている。PEC-2の2026年商用化が予定通り進むかどうかが、NTTの存在感を左右する。
アプローチは対照的だが、世界の通信事業者やテクノロジー企業に向けて日本発の価値を示すという意味では、両者の狙いは重なる。MWCの舞台で語られたビジョンの実現は、これからの実行にかかっている。