【米ドル自己崩壊】ドル以外の通貨で貿易決済する中国とブラジル、通貨の信用を毀損し続けるトランプ政権の自業自得

 米国のマルコ・ルビオ国務長官がフォックスニュースとのインタビューで、中国とブラジルが米ドル以外の通貨で貿易決済を行う協定を結んだ旨に危機感を示したことが話題になっている。世界第2位の中国と中南米最大の大国であるブラジルが“ドル離れ”を進めれば、米ドルの利用の制限を通じた経済制裁が効かなくなるとも述べている。

 イラン情勢の緊迫化で息を吹き返した感がある米ドルだが、基本的にドナルド・トランプ大統領が就任して以降の“ドル不安”は今も続いている。それどころか、イラン情勢の緊迫化で“有事のドル買い”が生じたことで、ドル不安の像が見えにくくなっているだけでなく、むしろ加速している恐れすら意識される。

 トランプ大統領とその政権ブレーンたちは、“強くて安いドル”の実現に執念を燃やしていた。基軸通貨としての米ドルの価値を保つか、あるいは向上させつつ、為替レートを切り下げることを重視していたわけだ。その手段の1つとして、いわゆるトランプ関税を打ち出した結果、投資家の米ドルに対する信頼は低下しドル不安が生じた。

 トランプ政権は、これまでアメリカが積み上げてきた実績を通じて得てきた投資家の信頼をことごとく裏切っている。イラン情勢の緊迫化に伴い有事のドル買いが生じたとはいえ、ドル不安そのものは和らいでいない。米ドルは“弱くて高いドル”に転じただけであり、そのうち“弱くて安いドル”になるというのが筆者の基本認識である。

中国とブラジルの動きに危機感を示したルビオ国務長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 中国とブラジルによるドル離れの試みが、米国に対する信頼の低下を意味しているとするならば、これはドル不安の裏返しだといって差し支えないだろう。また近年の中国とブラジルの貿易関係を考えた場合、両国が米ドルの代わりに人民元を、特にブラジルが中国の人民元を用いた決済を増やすことには、相応のメリットがあると考えられる。

米ドルの比率を一気に落としているブラジル

 2025年時点でブラジルの貿易総額は6450米ドルに達したが、うち対中貿易の規模は1750億米ドルと27%に相当した。10年前の2016年は600億米ドル程度だったため、金額は3倍程度に増えている。一方、対米貿易の規模は2025年時点で870億米ドルと、対中貿易の半分程度に過ぎず、欧州連合(EU)向け(1030億ドル)より少ない。

 ブラジルの対中貿易収支は一貫して黒字であるため、人民元で決済をすれば、支払う人民元よりも受け取る人民元が多くなる。それに、米ドルに代わる国際通貨(ハードカレンシー)として人民元を欲している新興国も少なくないため、ドル離れを進めたいブラジルに利が大きい。中国にとっても、悲願たる人民元の国際化にも資する動きだ。

【図表1 ブラジルの国別貿易収支】(出所)国際通貨基金(IMF)

 ところで、2023年にブラジルの大統領に返り咲いたルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ氏(ルラ大統領)は、生粋の反米左派である。ルラ大統領の下でブラジルの外交は親中・離米の傾向を強めてきたが、トランプ大統領の誕生でブラジルのドル離れが加速したことが、中銀の公表する『国際準備運用報告書』の内容から窺い知れる。

 具体的には、外貨準備に占める米ドルの割合は2024年末時点で78.5%と、親米右派のジャイル・ボルソナロ前大統領時代末期の2023年末(80.4%)とそれほど変わらなかった。ところが2025年末は72.0%と、一気に低下しているのである。一方、上昇したのは何より金(3.6%から7.2%)であり、ユーロ(5.2%から6.6%)だった。

【図表2 ブラジルの国際準備の構成割合】(出所)ブラジル中銀

 人民元の割合も5.3%から5.9%に上昇したが、金やユーロに比べると限定的である。金はさておき、ユーロと人民元の差は、それこそ通貨の国際化のレベルの違いを反映したものだろう。依然として資本規制が強い中国の人民元は、貿易以外の手段を通じてはなかなか入手できない。人民元の国際化を阻む最大の課題こそが資本規制である。

良貨から悪貨になりつつあるトランプ政権下の米ドル

“悪貨は良貨を駆逐する”という格言がある。いわゆるグレシャムの法則だが、これは基本的に金属本位制の下で成立した法則だ。時々の為政者が通貨の流通量を増やすために、金貨や銀貨を割金(他の金属を混ぜること)して悪貨を鋳造した場合、純度が高い良貨が退蔵されたり海外に流出されたりするため、インフレが悪化する。

 他方、現在の管理通貨制度の下では、むしろ良貨が悪貨を駆逐する“逆グレシャムの法則”が成り立つ。管理通貨制度の下での良貨とは、そのユーザー、特に投資家の信頼が厚い通貨を意味する。その信頼は過去の実績、すなわち信用によって担保される。実績を積み重ね信用を獲得した経済が発行する通貨こそ、価値が高いと信頼される。

 トランプ政権の下で米ドルの信用が傷つき、信頼が薄らいでいることは確かだろう。その意味で米ドルの良貨としての価値も低下したといえる。一方、人民元が悪貨を駆逐する良貨になるためには、中国が経済で一段の実績を積み重ねる必要がある。技術面での最重要課題は、資本規制の撤廃を通じて流通量の拡大を推進することに他ならない。

 つまり、いつでもどこでもだれでもが公平かつ透明なルールの下で、自国通貨と自由に交換できるだけの量の人民元を中国が海外に供給できるかがカギとなる。それを実現するためには、為替レートの安定か金融政策の自主性のいずれかを放棄する必要がある。現実的な観点から言えば、前者を放棄して後者を優先する選択となるだろう。

 それに為替レートの安定を放棄し、変動相場を容認するなら、それこそルールベースのマクロ経済運営に努めない限り、投資家は人民元を信頼しない。人民元の国際化で中国に問われるものは、投資家の信頼を得るための実績を積み重ね、信用を築いていくだけの覚悟の有無だ。中国がその確たる意志を持っているかはまだよく分からない。

米ドルの“自己崩壊”の受け皿としての人民元

 話を冒頭のルビオ国務長官の危機感に戻したい。ドル離れの動きそのものは、2022年以降の対ロシア制裁の流れの中で徐々に顕在化していたが、それをドル不安というかたちでさらに悪化させたのは、ルビオ国務長官を含めた当のトランプ政権である。いわばトランプ政権は米ドルの“自己崩壊”を進めたわけであり、自業自得といえる。

 米ドルの強さは抜群の流動性にある。いつでもどこでもだれでも使える国際通貨は、今のところ基軸通貨である米ドルしか存在しない。それに慢心し、荒唐無稽な手法で強くて安いドルを実現しようとしたトランプ政権が米ドルの自己崩壊を招いている。少なくともトランプ政権である限り、米ドルは信頼を回復できないだろう。

 人民元の国際化には資本規制の緩和という極めて大きなハードルが待ち構えているため、そう簡単には進まない。ただ、中国が世界最大の貿易立国と化した以上、人民元が自壊する米ドルの“受け皿の一つ”になり得る通貨であることは確かである。ブラジルの国際準備に占める人民元の割合の変化は、人民元の国際化を図る有用な指標だ。

 なお、ブラジルでは今年10月に大統領選が行われる。ルラ大統領の支持率は拮抗しており、場合によっては右派から新大統領が選出されるかも分からない。仮に右派の大統領が誕生したとしても、ブラジルの国際準備に占める人民元の割合がユーロ以上に上昇し続けるなら、人民元がドル不安の受け皿として機能していることの証左となる。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。

関連記事

【原油高止まりは長期化必至か】イランショックで人民元による原油決済「ペトロ人民元」は実現するのか?

足もとの原油高は息切れが鮮明なロシア経済の追い風になるか?実質ゼロ成長と消費者ローンの延滞率上昇が物語ること

天然ガス価格の高騰に拍車をかけるEUによるロシア産LNGの禁輸措置、4月25日に発動すればさらなる混乱は必至