離島の定期航路が消える日──なぜ年間89億円の補助金は「採算度外視の命綱」を救えないのか?

利用激減で揺らぐ286航路の未来

 近年、日本の離島を結ぶ定期航路は利用者の減少と経営悪化により、減便や休止が相次いでいる。現在、日本には有人島が416島存在する。そのうち、離島振興法に基づく離島振興対策地域に含まれるのは254島だ。離島と本土を結ぶ定期航路は、2022年4月時点で286航路あるとされている。

【画像】「えぇぇぇぇ!」これが4年で108人死亡した 岡山県の「人食い用水路」です!(計14枚)

 すべての航路の改廃情報を正確に把握するのは困難だ。行政資料にも全国の航路数に差異が見られる。とはいえ、後述の具体的データからも航路数が縮小傾向にあることは間違いない。2022年4月に国土交通省が公表した資料「離島の現状と取組事例について」には、離島の現状を示す数値が記されている。

 まず人口動態についてだ。1955(昭和30)年から2015年の間に全国の人口は約4割増加した。一方、離島の人口は6割以上減少している。

人口増減率の差異は以下の通りだ。

・離島:▲9%

・過疎地域:▲5%

・全国:▲0.8%

一方で、多くの航路は国の補助を受けて維持されている。定期航路が消滅すれば、島の生活インフラが失われることを意味する。しかし、

・人口減少

・コスト上昇

というふたつの課題が維持を難しくしている。

 今後も続く人口減少にともなう地域社会の縮小のなかで、離島航路はどのように維持されるべきか。本稿ではこの課題に焦点を当てる。

乗客減と燃料高騰の悪循環

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離島のイメージ(画像:写真AC)

 離島航路が抱える最大の構造的課題は、利用の薄さと維持費の重さの不均衡にある。特に、1便あたりの乗客数が採算ラインを下回る状態が常態化すれば、事業の継続性は根本から揺らぐ。

 燃料費や人件費の高騰は、航路維持にとって深刻な問題だ。例えば三重県鳥羽市の例を挙げると、2020年5月には軽油価格が1Lあたり66円だったが、2022年4月には115円にまで上昇した。これにより、一般会計からの繰り入れは従来の1億円台から2億2200万円へと大幅に増加せざるを得なくなっている。

 こうした状況下で、補助を受けている民間運営の航路でも赤字は増加傾向にある。人件費の上昇や今後の人手不足、さらには船体更新の必要性も重なり、事業はほぼ使命感だけで維持されている状態が常態化しつつある。

 離島の維持に欠かせない国の補助も、コストの上昇には追いついていない。国による補助は離島航路整備法に基づき、前年度の10月1日から当該年度の9月30日までの1年間を対象に、標準的な賃率や経費単価で算定した標準化した欠損額を補助している。この交付額は過去10年ほど年間60億円台で推移してきたが、燃料費と人件費の高騰により、2021年度には約89億5000万円まで膨らんだ。

 一方で、全国の国庫補助対象航路の赤字は燃料費高騰とは無関係に拡大し続けている。2008(平成20)年度の約106億9000万円から2019年度には約127億1000万円に増加。2021年度には183億2000万円にまで膨張した。

 補助しているのにコスト増が埋まらない背景には、制度の仕組みがある。補助額は毎年度、標準化方式によって算定されている。これは、対象航路が効率的に運営した場合の標準的な収支を基に、標準的な赤字(標準欠損額)を算出し、その一定割合を補助する方法だ。しかし、この制度には以下の課題が内包されている。

・燃料価格が急騰しても、標準的な燃料単価はすぐに見直されない

・修繕費や人件費が地域ごとに実態として高くても、補助額は全国一律の標準値が適用される

この結果、補助を受けても経営改善が進まず、離島航路の危機が深刻化している。

住民の命綱としての離島航路

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離島のイメージ(画像:写真AC)

 離島航路は単なる交通インフラにとどまらず、住民の命綱としての役割を果たしている。特に、医療機関や高等学校、行政窓口が島内に存在しない地域では、航路が唯一のアクセス手段だ。日常生活を維持する上で不可欠である。

 例えば、長崎市の茂木港と天草下島の苓北町にある富岡港を結ぶ航路は、2011(平成23)年10月にフェリー運航会社の安田産業汽船が撤退した。しかし、長崎大学病院への通院者に欠かせない航路だったため、地元出資によって苓北観光汽船が新たに設立され、高速船での運航が続けられている。

 このように、多くの離島航路は採算性を超えた社会的使命に基づき維持されている。現行の補助制度は標準化方式を採用し、個別事情や社会的使命の重要性を十分に考慮できていない。むしろ、

「赤字でも社会的責務として運航を続けよ」

という暗黙の期待が制度設計の前提になっているとすらいえる。経済合理性と公共性の狭間で、現場の事業者に負担が集中しているのが実態だ。

補助減で進まぬ黒字化改革

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離島のイメージ(画像:写真AC)

 離島航路の補助制度は、もともと採算性確保が困難な航路への一時的支援として構築されたものである。しかし現在では、補助がなければ存続できない制度依存が常態化している。赤字体質を前提とした運営が制度的に固定化されつつあるのだ。

 制度設計上、赤字であることが補助の前提となっているため、

「黒字化すれば補助が減らされる」

という逆インセンティブが働く。このため、民間航路でも経営改善への強い動機が生まれにくい。結果として、永続的な赤字補助で穴を埋める準公営的な運営が実態となっている。

 それでも国や自治体は正式な公営化に踏み切らず、責任やコストを負うことを避け、補助金で延命させる姿勢を続けている。赤字航路の運営を地方自治体が引き受けることは、財政面や人員面で困難をともなうのが現実だ。

 そんななか、例外的に主体的な取り組みを行った自治体もある。広島県尾道市は、尾道水道を挟んで向島と結ぶ2航路を第三セクター形式で引き継ぎ、運航継続を実現した。また、2023年には呉市の大崎下島と大崎上島町を結ぶフェリー航路が一時廃止届を出したが、最終的に呉市が赤字分を補助し、航路を維持している。いずれも自治体が

「準公営化」

を選択し、明確に関与することで維持されたケースである。しかしこれは、尾道市や呉市といった一定の財政的・行政的余力を持つ自治体だからこそ可能だった側面が強い。

 実際には多くの自治体がそこまでの負担を引き受けられず、赤字の一部を補填する以上の対応に踏み切れない。その結果、離島航路は民間に委ねられたまま、常に消滅のリスクに晒されつつ、補助で運営されているのである。

航路撤退が促す若年層流出危機

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離島のイメージ(画像:写真AC)

 離島航路の減便や不採算による撤退は、単なる交通手段の縮小ではない。島の存続条件そのものを脅かす深刻な事態である。

 定期航路が減便されると、通勤・通学・通院など生活の基盤が不安定になる。若年層や子育て世帯は

「ここで暮らせない」

と判断し、本土へ転出する。すると航路の利用者数がさらに減少する。結果として、運航会社はさらなる減便や撤退を検討せざるを得なくなり、住民流出のスパイラルが加速する。

 最終的に航路が廃止されれば、島は産物の出荷や観光客誘致が困難になり、経済的価値を失う。

 このように、航路の将来撤退リスクは、現時点で運航されていても既に島の地価や雇用環境に織り込まれている。若者は

「この島に未来はない」

と感じ、残る理由を見いだせずに去っていく。廃止される前から、その影響が確実に島を蝕んでいるのだ。

離島航路の行政責任論

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離島のイメージ(画像:写真AC)

 近年発達している新たな交通手段は、離島航路の課題解決に貢献するだろうか。

 人手不足対策としては、無人運航の実証実験が各地で始まっている。ドローン配送も、医薬品や小荷物の輸送に限り、一部離島で実用化されている事例がある。

 しかし、これらは赤字に苦しむ離島航路の根本的な解決策とはなっていない。船舶の無人運行はまだ実証段階にとどまる。ドローンも最大積載量が15kg前後であり、生活必需品や人の輸送には代替できない。

 その一方で、長崎県五島市のように、従来の定期航路の一部をデマンド型運行(海上タクシー)に転換する試みも始まっている。これは国の補助対象にもなっている。

 デマンド型運行は柔軟な運航が可能だ。小規模・少人数の移動に適しており、高齢者の通院などには一定の効果が期待されている。

 ただし、この方式がすべての航路に適合するわけではない。特に通学など、定時性・安定性が重要な航路には向かない。高齢者のみが住む島では有効でも、一定の若年層が暮らす離島では定期航路が不可欠である。

 実際、長崎県五島市の前島航路では、一日3便のうち1便のみ定期運航し、残り2便を予約制のデマンド運行としている。これは前島の人口が23人(2015年国勢調査)という小離島であるからこそ成り立つ特例に過ぎない。

 結局のところ、小規模な例外を除けば、離島における定期・共通インフラとしての航路は不可欠である。その維持責任は行政が主体的に担うべきものだ。

赤字に耐えた廃止決断

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離島のイメージ(画像:写真AC)

 定期航路の廃止は、多くの場合、住民や自治体との事前協議なしに突然発表される。事業者は赤字に耐えつつも、

「住民の足を守る」

という使命感で粘り続ける。だが限界に達すると初めて運休や廃止を表明するのだ。危機が表面化してから、ようやく行政が支援を検討し、住民が実態を知る後追いの対応になる。

 この背景には、離島航路の多くが民間企業により運営され、経営状況の詳細が不透明なことがある。補助金で延命するのが当たり前となり、関係者の危機感が薄れている。結果として、撤退判断が明るみに出た時点で手遅れになっているケースが多い。廃止が発表されても、赤字航路の維持を主張するのは難しい。たとえ

「地域の未来に不可欠なインフラだ」

と訴えても、現状の客数や赤字額という定量的なデータに反論するのは困難である。そのため航路の廃止は突然の発表となり、議論や善後策の協議時間もなく、最後の一便で幕を閉じることになる。

小離島を蝕む便数削減

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離島のイメージ(画像:写真AC)

 冒頭で述べた全国286の離島航路の多くは、消滅の危機に直面している。国が補助対象としていること自体が、航路消滅のリスクを示しているのだ。

 特に小規模な離島では、利用者の減少による負のスパイラルが加速し、廃止リスクが高まっている。例えば、福岡県宗像市の市営渡船地島航路や大分県佐伯市の蒲江・深島航路、さらには五島列島の小離島航路などは、島の人口減少を背景に今後の存続が極めて困難になる見通しだ。

 多くの場合、まず赤字や利用者減少を理由に便数削減が進む。便数が減ることで利便性がさらに低下し、通学や通院が難しくなる。結果として、島の生活自体が維持困難となっていく。この過程を経て、島は人が暮らす場所からただ不便な場所へと変貌してしまう。

 現在重要なのは、こうした島の航路維持を

「費用がかかりすぎる」

「非効率で税金の無駄」

などと簡単に片付ける考えを改めることだ。これは交通インフラ全般にいえることで、過疎地域に住むこと自体を非効率とし、自己責任とみなす見方が根強く存在している。

 だが、人はどこに住んでいても、生き続ける権利を持っている。したがって、航路は人が住み続けるか否かを決定づける基盤そのものであるという視点に立ち返る必要がある。

インフラ判断不在の代償

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離島のイメージ(画像:写真AC)

 離島航路の維持をめぐる問題は、採算性だけでは語れない。問われているのは、どこまでインフラを守るのか、そして誰がその線引きをするのかという、社会全体の意思である。

 市場に委ねれば、航路は消える。制度で支えれば、延命はできる。だが、いずれも決断を先送りするだけなら、実態は

「放置」

に等しい。いま問うべきは、航路を残すか否かではない。その判断を、誰が、どの基準で引き受けるのかという覚悟の有無である。