「高市発言」で中国人観光客が激減したら、日本経済はどうなる?

高市首相の台湾有事での存立危機事態発言でインバウンド需要への影響は?(Photo by Reuters)
高市早苗首相が国会で台湾有事を「存立危機事態」に該当し得ると発言したことを受け、中国政府が日本への渡航自粛を呼びかけた。インバウンドが過去最大規模へ膨らむ中での外交緊張であり、観光関連株が急落するなど株式市場も即座に反応を示した。中国人観光客の渡航自粛が本格化すれば、日本経済にどのようなインパクトがあるのか?
台湾有事をめぐる発言で「高市ショック」か?
高市氏の国会答弁は11月7日に行われたもので、中国政府はこの発言を「越えてはならない一線を越えた」と強く批判し、同14日に日本渡航について自国民に「重大なリスクがある」として渡航を控えるよう注意喚起した。
日本政府観光局(JNTO)の発表では、2025年の訪日客数でも1〜9月累計で3165万人に上り、過去最速で年間累計3,000万人を突破しているが、そのうち中国からの観光客は前年同期比42.7%増の748万7200人と、韓国からの679万3600人、台湾からの503万6700人を上回るトップ。中国の支配下にある香港からの182万2700人を加えると総観光客数は900万人を超える。訪日客の約4分の1が中国人なのだ。
さらに観光庁の「インバウンド消費動向調査」によれば、2024年の訪日外国人旅行消費額は8兆1000億円に達し、そのうち中国人観光客による消費は1兆7000億円超と全体の約2割を占める最大の顧客層だ。つまり「中国人観光客が激減する」ことは、観光産業だけでなくマクロ経済にも一定のマイナス要因になることは間違いない。

地震デマによる渡航自粛騒動があったばかり
中国人観光客の「渡航自粛」の実例がある。今年前半に広まった日本の予言漫画の内容から「7月に日本が大地震に見舞われる」というデマが香港を中心に流布。気象庁は6月の会見で「科学的根拠はない」と異例の否定コメントを出したが、香港からの訪日客は6月に前年同月比33.4%も減少した。
ショッピングサポートアプリ「Payke」を運営するPayke(那覇市)が同年7月に実施した、予言漫画に関する訪日観光客の認知や受け止め方、行動変化に関する意識調査によると、香港在住者の約16.8%が旅行を延期、約3.9%がキャンセルしたと回答している。
同社ではインバウンド消費額の機会損失はおよそ644億5000万円〜1338億4000万円程度にのぼった可能性があると試算した。
実質GDPを0.29%引き下げる試算も
では、デマよりも観光の足を引っ張る「中国政府による渡航自粛」が呼びかけられた場合、日本経済にどれほどの下押し圧力が生じるのか。
野村総合研究所(NRI)によれば、民主党政権下の2012年9月に、日本が尖閣諸島を国有化したことをきっかけに、中国政府が日本への渡航を控えるよう注意喚起したところ、団体旅行を中心に訪日中国人観光客が前年比25.1%も減少した。
仮に同様の減少率だったとした場合、年間で1兆7900億円のインバウンド消費が押し下げられ、実質GDPを0.29%ほど押し下げるという。地震デマによる渡航自粛とは比べ物にならないマイナスインパクトになるだろう。
大打撃の観光関連産業
業種別に想定される事態を見ていこう。
インバウンドによる高額消費で恩恵を受けている大都市の百貨店では正式な統計はないものの、業界内ではインバウンド売り上げの4~5割が中国人観光客によるものと推定されている。
百貨店での「高額ブランド商品の爆買い」はピークを越えたが、それでも重要な顧客層であることには変わりはない。
中国人観光客の来店が激減すれば、インバウンド売り上げの不振から百貨店全体の売上高でも10%近い下落要因となり得る。化粧品・ブランド品など粗利の高い部門がインバウンドに依存しており、利益への打撃は売上高以上に深刻である可能性が高い。

写真はイメージです
インバウンドで中国人が退場する“穴”は大きい。
ホテルへの打撃も大きい。帝国データバンクの調査によれば、ホテル・旅館業界はコスト高と人手不足のため収益余力が薄い状態が続いており、2025年度上半期の倒産件数も横ばいだが負債額は増加している。
ここにインバウンド需要の急減が重なれば、都市部のシティホテルでは稼働率低下と客室単価の下落が起きかねない。
地方の温泉地旅館では平日稼働が急落し、資金繰りに直結する事態となり得る。中国人団体客が「平日の空室対策」の主力だった地域もあり、渡航自粛が長引けば、倒産・休廃業が連鎖するリスクが現実味を帯びる。
地方空港も例外ではない。JNTOは、中国の地方都市から地方空港への新規路線や増便が2025年の訪日客数を押し上げた主要因であると説明している。
中国線が搭乗率悪化で減便・運休になれば、地方空港の発着枠収入やテナント売上が落ち込み、さらに空港連絡バス・タクシー・周辺ホテルにも影響が広がる。
実際、地震デマの際には仙台、中部、熊本、鹿児島などで香港便が運休されており、中国人インバウンドに依存する地方空港ほど脆弱であることが示された。
影響が拡大すれば、業界再編の引き金にも
市場もすでにこのリスクを織り込み始めている。高市発言を受けて11月17日には観光関連株が軒並み値を下げている。三越伊勢丹ホールディングスは-10.7%、オリエンタルランドは-5.9%、日本航空は-4.4%、ANAホールディングスは-3.5%に下落。
小売業でも中国事業依存の強い良品計画は-9.4%、ファーストリテイリングも-5.3%と下落しており、中国人の来日自粛が国内事業に波及するとの見方が強まった。
高市発言に端を発した中国政府の渡航自粛が長期化した場合でも、日本経済全体で見ればGDP押し下げは限定的で、全面的な不況を引き起こすほどではない。
しかし、百貨店・ホテル・地方空港といった観光産業の中核領域には局所的ながら深刻な負荷がかかることになる。地震デマのケースが示した通り、インバウンドは心理要因にきわめて敏感だ。外交の行方と情報発信次第で来日客減少の振れ幅は変動するため、当面は不確実性の高い局面が続くだろう。
中国人観光客の渡航自粛がM&Aによる関連業界の再編の引き金になる可能性もあり、中国人観光客の「渡航自粛ショック」は小さくなさそうだ。
文:糸永正行編集委員
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糸永正行

日刊工業新聞社入社後、松山支局記者、中・四国支社編集部記者、本社第一産業部記者、経済部編集委員(財界・首相官邸担当)、第一産業部次長、横浜総局長、企画調査部長、日刊工業広告社社長、編集局次長 産業研究所長、日刊工業開発センター社長を歴任。2017年ストライクへ出向し、M&A Online 編集委員に。2022年ストライクに転籍、現在に至る。早稲田大学社会科学部卒。東京大学情報学環教育部、同大学院学際情報学府修士課程修了。