なぜ「かつて世界を席巻したクルマ」はEVで通用しないのか? 25年の時間軸を失った日本産業の欠陥

北川氏が突きつけた「25年」の重み

 2025年のノーベル化学賞を受賞した京都大学・北川進特別教授は12月7日、ストックホルムのスウェーデン王立科学アカデミーで会見し、基礎研究の成果が応用され実用化に至るまでには約25年を要すると指摘した。長期的な資金支援の重要性を強調したこの発言は、科学技術政策の本質を衝く内容だった。

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 北川氏が示した「25年」という数字は、科学技術が本来持つ時間構造を表している。基礎研究から応用へ、そして産業として実用化されるまでの過程は、決して短縮できるものではない。この長期性を無視した支援体制は、技術体系そのものを弱体化させる。産業の転換期における柔軟な対応力も、こうした地道な蓄積なしには生まれない。

 自動車産業を例に取れば、電気自動車(EV)や自動運転、電池や半導体といった基幹技術は、すべて基礎研究の長期蓄積に依存している。研究が途絶えれば、技術更新のタイミングを逃す。世界的な潮流に追随できなくなるのは当然の帰結だ。都市交通や物流インフラとの連動まで視野に入れなければ、実用化までの道のりはさらに険しくなる。

 2000年代以降の自動車産業を振り返ると、日本は制度や投資の両面で25年という長期スパンを十分に織り込めてこなかった。世界的な技術潮流への対応が遅れ、競争力低下に直結している現状は、その帰結にほかならない。2050年を見据えた産業戦略では、基礎研究への長期投資と、都市交通やモビリティサービスとの統合を前提とした技術蓄積が不可欠になるだろう。

2000年前後に消費者が求めたもの

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自動車(画像:Pexels)

 2000(平成12)年ごろの自動車産業は、

・環境対応

・技術革新

・消費者嗜好

の変化が複雑に絡み合っていた。1990年代のバブル崩壊後、業界再編が最も進んだ時期であり、フォードやルノーなど海外メーカーが日本企業に出資し、グループ傘下に収める動きが加速した。同時に、1990年代後半からは軽自動車の需要が急増し、若年層の購買力低下が市場に影響を及ぼし始めていた。

 技術面では、環境対応に資本が集中した。ガソリンエンジンの低燃費化や、直噴エンジンとターボチャージャーを組み合わせたダウンサイジング技術が広く普及した。ディーゼルエンジンも、コモンレール噴射システムの導入によって性能が大幅に向上し、欧州ではディーゼル車のシェアが50%近くに達した。加えて、ハイブリッド車(HV)やEVの開発も進んでいたが、設備投資や研究投資、人材育成は短期的な評価を重視する傾向が強かった。長期的な技術蓄積は停滞していたといわざるを得ない。

 市場ではスポーツタイプ多目的車(SUV)の人気が急速に高まり、各社が次々と新モデルを投入したことで、消費者の嗜好は多機能性やデザイン性の重視へと大きく転換した。この変化は、自動車の用途や都市交通との関係性に影響を与え、モビリティサービスの構想や販売戦略にも波及している。

 当時の動きはいずれも今日の自動車産業の基盤を形成する要素となっている。しかし、日本では技術更新が25年単位で進むという産業特性が政策や業界に十分に反映されてこなかった。その結果、EVや電池、半導体、自動運転などの基幹技術は長期的に産業を支える視点で位置づけられず、2000年から2025年にかけての世界的な技術潮流に対して日本の遅れが累積してしまったのだ。

明白だった中国先行の理由

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自動車(画像:Pexels)

 この25年間を振り返ると、世界各国で研究投資が活発に行われてきた。米国では2000年代から電動化と自動運転の研究に長期投資が継続されている。

 ゼネラルモーターズ(GM)は1996年にEVモデル「EV1」をリース方式で販売した。この経験をもとに、現在もEV開発が進められている。自動運転分野では、1980年代から官学連携によるプロジェクトが進行し、大学や民間企業に長期間にわたって資金が供給されてきた。

 中国では中央政府主導で、EVや電池への先行投資が大幅に拡大した。2024年の研究開発費は約3.6兆元(約79兆円)に達し、対GDP比は2.68%となった。これはEU諸国平均2.11%を上回り、OECD加盟国平均2.73%に迫る水準である。

 国家主導で重点領域に資金を集中させることで、電池や素材、AIの国産化を高水準に引き上げ、基礎研究から実用化までの動線が確実に担保されている。産官連携の強固さは、自動車産業における新技術の迅速な導入や都市交通・物流分野への応用にも直結している。

 一方、日本では企業による研究投資の伸びは限定的で、世界潮流と比べて基礎領域の拡張が鈍化している。電池セルや車載半導体、自動運転といった基幹技術の競争力は十分に育たず、モビリティ産業全体の戦略的ポジションにも影響を及ぼしている。政策面と企業投資の双方で長期的な戦略が欠けたことが、日本の遅れを累積させる結果となった。

半導体不足が露呈させた構造的脆弱性

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ネクスペリア製車載用半導体(画像:ネクスペリア)

 日本では長期投資の不足が、自動車産業の基幹分野での立ち遅れを招いている。EVに不可欠な電池セルの世界シェアは、中国勢が約7割を占める。日本メーカーは劣勢に立たされ、外資依存の構造が固定化している。加えて、電池セルの製造に必要な部材や加工技術も海外に依存しており、長期投資不足によるリスクが顕在化している。

 半導体分野では、国内で車載用先端プロセスを確保できず、供給の不安定化が構造的問題となっている。ネクスペリアによる供給問題は、ホンダのグローバル生産体制に直接的な影響を与え、経営面で大きな打撃となった。この事例は、自動車産業がグローバルサプライチェーンに依存するリスクの深刻さを示している。

 自動運転分野でも、中国や米国ではロボタクシーの運用が進み、都市交通や物流に実績を積み上げている。一方、日本では制度整備が遅れ、商用化は進まず、依然として実証実験の段階にとどまっている。基幹部材や先端技術への投資不足は、国内における自動運転普及の阻害要因となり、将来のモビリティ戦略にも影響を与えている。

企業の短期志向が生む悪循環

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研究開発のイメージ(画像:Pexels)

 企業が開示する研究開発費は総額にとどまり、詳細な内訳は明らかになっていない。特に基礎領域への費用比率は開示されず、基礎研究の進捗状況を把握することは困難であり、社会的検証も進んでいない。

 企業は短期採算を優先する傾向が強く、将来的に収益を生む分野が圧縮されやすい。経営状況が悪化すれば、研究開発費の削減は常套手段となる。こうした傾向は、自動車産業におけるEVや自動運転などの新技術の継続的な蓄積を阻む要因となっている。

 一方、大学や研究機関への支援期間は平均10年未満とされ、実用化に必要な25年スパンとは合致しない。この結果、基礎研究が産業応用に結びつく動線が断たれる場合がある。短期的な収益志向の構造は、国内のモビリティ産業における技術蓄積の形成を妨げ、世界的な競争力低下の一因となっている。

産官学の分断が招く資金循環の脆弱性

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自動車(画像:Pexels)

 各国の研究開発に関わる資金構造は異なり、制度面の違いが実用化までの道筋に差を生んでいる。

 米国では、政府、民間、大学が共同で長期支援する体制が整っており、基礎研究から産業応用までの動線が確保されている。中国では国家主導で重点領域に投資を集中させ、電池や素材、AIの国産化率を高水準に引き上げる方針を掲げる。産官連携は極めて強固で、資金循環も一体化されている。

 一方、日本では産官学の分断が深く、資金循環は脆弱だ。各分野を横断する研究基盤が細いため、実用化への道が閉ざされる事例も散見される。特にガスや水素など新しい燃料分野では、材料構想や吸着制御、熱管理技術などの基盤技術が不足しており、産業応用につながる資金が十分に供給されていない。エネルギー構造変化を見据えた長期的な研究支援制度が未整備なことも、技術蓄積の形成を妨げている。

 この資金循環の脆弱性は、自動車産業の新技術導入やEV・自動運転などの戦略的な技術開発に直接的な影響を与えており、国内モビリティ産業の競争力を左右する構造的課題となっている。

今日の投資で決まる2050年の競争力

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研究開発のイメージ(画像:Pexels)

 2050年の自動車産業では、自動運転とEVが主流化することが前提となる。しかし、産業政策はこうした未来像を十分に踏まえておらず、現実とのギャップが広がっている。

 都市交通、物流、電力などの周辺インフラとの統合的な構想が弱く、技術の実用化を阻む要因となっている。2000年から2050年までの技術を連続した流れとして扱わず、分断された施策として運用してきたことが課題であり、是正が求められる。

 理想的な研究投資は、基礎領域への投資比率を企業内で固定化し、長期的に継続できる構造を作ることにある。大学と企業の協働テーマを25年スパンで構想し、資金循環を一本化すれば、実用化に近づける可能性が高まる。

 また、社会実装までのロードマップを明示することで、技術蓄積の透明性も高まる。失われた25年を取り戻すには、長期の時間軸を前提とした抜本的な見直しが不可欠だ。

 25年後の産業競争力は、今の投資で決まる。企業は基礎領域の実態を可視化し、社会が投資と技術蓄積の関係を把握できる状態を作る必要がある。この成果が現実に見えるのは2040~2050年ごろだが、投資不足が続けば、その時点での競争力低下は避けられない。

 北川氏が提起した「25年」の視点を自動車産業に当てはめると、日本の制度と投資構造が抱える課題が浮き彫りになる。日本が再び世界をリードできるかは、長期的な技術蓄積に今踏み出せるかにかかっている。