【2026年のロシア経済】高インフレに経済成長が負け始めたロシア、2026年は軍事スタグフレーションで低体温症必至

2026年のロシアは低成長・高インフレの可能性大(写真:ロイター/アフロ)

(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

 2026年のロシア経済を展望するに当たってカギとなるコンセプトは“軍事スタグフレーション”である。スタグフレーションとは、スタグネーション(景気停滞)とインフレーション(物価高進)が併存する状況を意味する。それに軍事がついた場合、軍需がスタグフレーションの発生源になる。以下、具体的に説明してみたい。

 軍需が膨張した場合、軍事ケインズ効果が生じ、短期的に景気が浮揚する。つまり、軍需向けのモノやサービスの生産が急増するため、それが景気をけん引するのだ。しかし、ヒト・モノ・カネといった生産要素は有限だから、軍需向けのモノやサービスの生産が優先されることで、民需向けのモノやサービスの生産は後回しとなってしまう。

 要するに、軍需が民需を圧迫するということだ。

 民需が圧迫されれば景気は下押しされるが、それを上回る景気のけん引力を軍需が持つなら景気は加速する。2023年から2024年にかけて、ロシア経済が4%台の高成長を達成したカラクリはここにある。ただし、民需が圧迫されたままで軍需の景気けん引効果が薄れてくれば、景気は停滞する。

 すでに2025年のロシア経済は、そうした軍事スタグフレーションの状態にある。四半期ごとの実質経済成長率の推移を振り返ると、2024年10-12月期には前年比4.5%増だったが、2025年1-3月期には同1.4%増、4-6月期には同1.1%増、7-9月期は同0.6%増と、徐々に低下している。対して、インフレの鈍化は限定的だ。

 散布図を描くと分かりやすい(次ページ図表)。

インフレに経済成長が負け始めたロシア

 開戦前(2020年1-3月期~2022年1-3月期)は、コロナショックの影響が色濃いが、インフレ率と経済成長率の間に右肩上がりの正の相関がある。一方、開戦直後(2022年4-6月期~2023年1-3月期)はインフレ率と経済成長率の間に負の相関が見て取れる。物価が景気を圧迫したわけだ。

 その後、軍事ケインズ効果が生じた軍事好景気(2023年4-6月期~2024年10-12月期)には、再びインフレ率と経済成長率は正の相関に戻った。開戦前に比べ近似曲線が右方シフトしていることから分かるように、この時期のロシア経済はコロナショック後の景気回復局面よりも、経済成長率との見合いではインフレ率が相対的に低かった。

 つまり経済が順回転している場合、高成長に伴い高インフレという“対価”が生じるわけだが、コロナショック後の景気回復局面に比べると、軍事好景気の局面では、高インフレの犠牲が軽かったことになる。言い換えれば、ロシア経済は、軍事好景気の局面で近年にない好調を満喫したことになる。ある意味、経済は楽観的な状況だった。

(注)インフレ率はGDP価格ベース (出所)ロシア連邦統計局

 しかし2025年に入ると、インフレ率と経済成長率の関係はわずかながら負の相関に転じてしまう。つまり、インフレ率が経済成長率を圧迫するようになったわけだ。まさにスタグフレーションそのものの絵姿となるわけだが、問題は、その根源が軍需、すなわち、簡単には終結に至らないウクライナとの戦争にあるということだ。

都市部の住民も感じ始める戦争の悪影響

 一般的に、スタグフレーションを改善させるためには供給を刺激する必要があるが、需要と異なり、財政・金融政策を通じて供給を刺激することは難しい。それに、供給を刺激できたとしても、軍需が膨張したままなら、結局は軍需向けのモノやサービスの生産が優先されてしまう。

 それでは軍需を縮小できるかというと、それも難しい。ウクライナとの戦争が継続する限り、軍需は膨らんだままであり、民需は圧迫され続ける。

 民需向けのモノに関しては、輸入である程度はカバーできる。ただ、輸入のためには輸出で十分な外貨を稼ぐ必要があるが、原油需要の低迷や経済制裁の強化を受けて、輸出を増やすことは容易でない。輸入を通じた供給の増加もまた難しい。

 ロシアの財政だけを考えた場合、高インフレをある程度は放置した方がいいという現実もある。

 以下の図表で示したように、戦争で多額の軍事費が生じているにもかかわらず、名目GDP(国内総生産)との対比で測った政府債務はそれほど拡大していない。これは、高インフレで名目GDPが急増しているためで、“インフレ課税”と呼ばれる現象である。

ロシアの国債発行残高 (注)資金循環統計ベース (出所)ロシア中銀、ロシア連邦統計局

 言い換えれば、政府は国民に高インフレというかたちで、軍事費の負担を押し付けている。そして、高インフレを継続するためには、民需向けのモノやサービスの供給をある程度は圧迫し続けたほうがいい。それでも財政がひっ迫しているため、ロシアは年明けに付加価値税(VAT)を20%から22%に引き上げるという有り様だ。

 こうした状況の下では、民需向けにモノやサービスの供給を増やすことなど極めて難しい。2026年、ロシア国民は開戦直後の不景気以来となる経済の不調に直面すると予想される。恐らく、これまで少なくとも戦争がもたらす経済面での悪影響が軽微だった都市部においても、それをロシア国民が実感する機会が増えてくるのではないか。

低体温症に陥る2026年のロシア経済

 恐らく、2026年のロシア経済は、原油価格の極端な上振れでもない限り、1%前後の低成長にとどまるのではないか。同時に、成長率との見合いでは、過去のトレンドよりも高いインフレを伴うことになると予想される。ロシア国民の生活は成長率の印象よりも悪いものになるだろう。2026年のロシア経済は“低体温”に陥ると予想する。

 他国、特にG7諸国と比べると、ロシア経済の成長率はそれほど低下しないため問題は軽いという論者もいる。しかし、そうした国際比較は、ロシア国民にとっては意味がない。なぜなら、国民が比較するのは、あくまで過去と現在だからである。軍需の景気けん引力が弱まる一方で、民需を圧迫し続けるのだから、生活は当然、苦しさを増す。

 だからといって、ロシア経済がすぐに危機的な状況になるわけではない。それに経済的には、ロシアはウクライナとの戦争をまだまだ継続できる。増税の余地はまだまだ大きい。民需向けのモノやサービスの不足が深刻化すれば、価格統制なり数量統制なりに踏み込めばいい。このように経済運営の統制を強めることで、戦争は継続できる。

 ただし、本当にそこまでアクセルを踏み込むかどうかは定かではない。大国ロシアが“小国”ウクライナとの戦争でなぜそこまで苦しむ必要があるのか、経済や社会を犠牲にすることの正当性が問われるからである。

 経済的な継戦能力は残っていても、政治的な継戦能力は着実に低下していることを、プーチン大統領自身が最も認識しているはずだ。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。

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