円安は本当にメリットが大きい? 高市首相の「円安ホクホク」発言に警鐘を鳴らしたレポートの中身

衆院選/街頭演説する高市首相 Photo:JIJI
高市首相の“円安容認”発言を受けて、みずほ銀行が出した日報「高市演説を受けて~危うい現状認識~」がSNSで話題だ。実に示唆に富む内容で、執筆者の考えに賛同した。彼は日本の産業空洞化と為替の関係について構造論を述べたに過ぎないと思うが、「みずほ銀行が警鐘を鳴らす!」などと再びSNS上で盛り上がっている現象も面白い。円安の本質とは何か、日本人は今の為替をどのように捉えたらいいのか。(YODA LAB代表 養田功一郎)
高市首相「円安ホクホク」発言で
国民が気づき始めた円安の本質とは
円安は日本にとって良いのか悪いのか――。高市首相の「円安で外為特会の運用はホクホク」など、円安容認とも受け止められる発言がきっかけとなり、SNSを中心に話題になっている。
高市首相はその後のSNS投稿で、「為替変動にも強い経済構造を作る」のが発言の趣旨であり、円安メリットを強調したわけではないと伝えた。その真意はさておき、円安について多くの人が深く考える機会となったのは、三井住友銀行グループにて30年以上にわたりマーケットと企業行動を見てきた筆者としては好ましいと思っている。
さて、現在の日本は購買力平価(各国の物価水準が均等になる理論的な為替レート)の1ドル118円程度をはるかに超える円安だが、この原因が全て高市政策というわけではない。為替の水準は日々の需給(円と外貨の売り買いのバランス)で決まる。日本は構造的に「円売りドル買い」が多い状況となっている。
かつて日本企業は、海外で稼いだ外貨を都度、円に換えてきた。それが、円高が続いた主要因の一つだ。
しかし近年の日本の企業は、海外進出して設備投資したり、海外企業に出資したりが盛んだ。また、海外で稼いだ外貨を円に換えず外貨のまま再投資するようになった。さらに、円から外貨に換えて投資するケースも広がってきた。海外投資の方が収益性が高いのだ。
それに私たち日本人は、日常的に海外のデジタルサービスを使っている。スマホ、ネット、クラウドサービスなどの海外ITサービスを使わない日はほとんどない。Apple、Amazon、Microsoft、Netflix、Youtubeなど挙げればきりがないくらいだ。これらの支払いは、円を外貨に換えて行われる。これも円安要因だ。
このように、日本企業の海外投資の増加や、いわゆるデジタル赤字と呼ばれるものが円安を生む構造要因である。加えて、新NISAが始まったことで個人の海外向け投資も拡大している。
韓国のサムスンが現地化で飛躍し
日本はガラパゴス化と揶揄された
では円安のメリットは何か。一般的に言われるのは輸出企業、トヨタ自動車をはじめとする自動車メーカーや、高シェアを握る半導体製造装置メーカーや電子部品メーカーなどの収益増だ。
企業が海外で稼いだ収益が円換算される時、円安になるほど円ベースの収益は増える。1ドル100円と1ドル150円の場合を比べると、同じ1ドルを稼いでも円ベースの収益は1.5倍になる。
しかし、円安になれば日本企業が国内で生産・輸出に回帰し、国内投資が増えるとは限らない。実はここに、先述の構造的円安が関連する。生産拠点の移転とは、為替変動だけで機動的に行えるほど簡単ではない。
リーマン・ショック前にさかのぼると、当時は新興国が台頭し、韓国のサムスンなどが飛躍していた。彼らの強みは海外で現地化を進めたことだ。1年間仕事をせずに現地に溶け込む地域専門家制度などを採り入れ、ニーズをくみ取り現地に合った製品を生産していた。一方、日本企業は現地化が遅れ、スマホなどはガラパゴス化と揶揄(やゆ)されたこともあった。
そうした中、リーマン・ショックが起き、東日本大震災が発生し、それに伴い1ドル70円台の円高となり、企業はようやく海外進出に大きく舵を切った。震災によって生産拠点、サプライチェーンの分散化が必要との判断もあっただろう。
実は、日本の大企業がこうした決断を行った時期とアベノミクスが始まった時期は重なっている。当時も、円高が是正されれば日本に生産拠点が回帰するのではないかとの意見もあったが、1ドル100円を超える円安が続いても国内回帰は進まなかった。なぜだろうか。
なぜアベノミクスで円安が続いても
企業の国内回帰は進まなかったのか
企業は、海外に工場を建設し現地で従業員を雇い生産を始めることを、相当の覚悟を持って始めている。それを国内回帰なんて、簡単には出来ない。設備投資とその資金の回収は10年単位であり、数年で止めて日本に戻るなんて考えにくい。しかも、この頃から少子高齢化に伴う労働力の確保が難しくなり始めた。日本に戻ろうにも従業員を確保できない、ノウハウが失われているなどの問題も発生していた。
円安も「逆」効果を生んだ。一般的に日本企業の海外資産や収益は円建てで評価するが、円高になると円ベースの評価額が下落する。それを防ぐために為替ヘッジという手法が使われる。コストを払って為替変動が発生しないようなスキームを取り入れるのだ。
しかしアベノミクス以降の円安トレンドで、円高リスクとそのヘッジの必要性は薄れ、コストのかかる為替ヘッジはあまり行われなくなった。皮肉にも、円安は企業の国内回帰を促すのではなく、為替差損やヘッジコストを気にせずに海外進出する行動を後押ししたのだ。
さらにいえば、日本企業は国内生産して輸出しようにも、全ての原材料を国内で調達できるわけではない。原材料は海外から輸入し、付加価値を生み出して輸出するわけだが、原材料輸入分は円安でコストアップしている。従業員も人材不足なので、外国人労働者を雇う必要がある。となると、消費地に近い現地で生産する方が合理的と考える企業経営者が多いのも当然だ。
政策が絵に描いた餅で
終わらないためには?
高市政権の「日本を元気にする」方針、そのために「国内投資を増やす」という方向性は評価できる。しかし、労働力の確保、ノウハウ消失の回復、生産拠点の分散化などの課題を解決できなければ、絵に描いた餅に終わる。積極財政による国内投資だけでは解決できない問題が存在するのだ。
仮に積極財政で政府主導の国内投資を行うなら、その投資を通じて労働力が確保できる道筋を整え、ノウハウを再構築すれば、企業も国内回帰しやすくなるだろう。労働力確保の手段として外国人労働者の活用推進が難しければ、ロボット化による省力化も有効だろう。その際、海外企業と連携して国内投資を進めるのも有効だ。
熊本県に台湾の半導体受託製造・TSMCが進出した際、日本における生産体制の構築に難儀したという。24時間稼働での推進を前提とするTSMCは、人材確保をはじめ工場関連施設やインフラ整備のノウハウも、台湾のほうが優れていると感じたこともあったそうだ。日本で再び生産拠点を拡大する場合、同様の課題が多発する可能性が高い。
このように深く考えていくと、円安になっても多くの日本人がそのメリットを享受できない可能性がある。企業は国内に回帰せず、輸出が増えない一方で、食料やエネルギーの輸入コストは拡大が予想される。また、国内回帰したとしても日本人にとって望ましい雇用機会が増えるとは限らない。
最後に、高市首相の外為特会ホクホク発言に戻ろう。外為特会の中身は、かつて円高の際に行われた為替介入を通じて保有した外貨であり、急激な円安などの為替有事に使うための「虎の子」資産である。外貨が必要な円買い介入には限りがあり、これを減税などの財源に使うのは適切とは思われない。円安のメリットとして挙げるべきものでもない。
以上、筆者が30年以上マーケットや企業行動を見聞きした現実を踏まえて、考察してみた。実態を見ずに表面的な円高・円安の是非を論じても机上の空論に終わる。これまでの経緯を踏まえた日本の構造問題を、政治も国民も改めて認識し、どのように解決すればいいのか議論することが必要なはずだ。今回の騒動が、そのきっかけとなることに期待したい。