退職代行「モームリ」社長逮捕にモヤモヤする訳

たびたびその是非が議論されていた「退職代行」。サービスを提供する運営会社の社長が逮捕され、その議論が再燃しています(撮影:今井康一)
この数日間、“退職代行”をめぐる多くの記事を見て、言語化しづらいようなモヤモヤを感じた人は少なくないでしょう。
【写真】「これって、裏を返すと…」 よく見ると怖い「モームリ」のサービス
まず2月3日、退職代行サービス「モームリ」運営会社の社長とその妻が、弁護士法違反容疑で逮捕されました。2人は退職交渉に関わる仕事を弁護士らに紹介して報酬を得た疑いが持たれています。
さらに5日、依頼人を紹介される見返りに金を払ったとして弁護士2人と事務員の計3人が弁護士法違反の疑いで書類送検されました。「モームリ」は約220人の依頼者を紹介し、弁護士報酬の一部である計370万円を受け取ったとみられています。
これらの報道を受けてネット上にはさまざまな声が錯綜。「仲介手数料をもらったらいけないのか」という驚き、「従業員に口止めは悪質」という社長らを責める声、「法を守らない弁護士がいる」ことへの衝撃、「人としてどうなのか」「次の就職活動で不利になるのではないか」とサービスの是非を問う人もいました。
Xを見てもネット記事のコメント欄を見ても、思い思いの言葉が書き込まれ、騒動の本質がわかりづらくなっています。モヤモヤを感じさせる原因はどのようなことが考えられるのでしょうか。
「民間の退職代行業者」への誤解
なぜ今回の騒動は本質がわかりづらく、モヤモヤを感じてしまうのか。
最大の理由は、「退職代行に関する基礎知識が欠けたまま、論点が混在した状態で議論している」から。
今回の論点は、法律違反に対する是非と「そもそも退職代行は社会通念上どうなのか」の2点であり、これが混在していることで本質がわかりづらくなっています。この2点を分けて考えることが、退職代行サービスを理解し、モヤモヤを解消する前提と言っていいでしょう。
まず前者の法律違反に対する議論には、民間の退職代行業者への誤解がうかがえます。
ネット上のコメントを見ていると、「民間の退職代行業者ができるのは退職意思の連絡だけで、交渉はできない」ことを理解していない人の多さに気づかされました。交渉が法的に認められているのは弁護士と労働組合のみ。
実際に「モームリ」のホームページを見ても、「退職代行は退職の意思を本人に代わり会社に伝えるサービスです」と書かれています。
しかし、それに続く文章が落とし穴。「退職に『交渉』は一切必要ありません。退職意思の通知で問題なく退職は確定すると法律で定められています」と書かれていますが、必ずしもそうとは言い切れないでしょう。
たとえば、年次有給休暇の消化、残業代などの未払い賃金、退職金、ハラスメントなどの損害賠償請求における交渉はどうするのか。さらに職場が「退職代行業者からの通知は受け付けない」「何らかの反論をしてきた」などの際も交渉はできません。
「正社員の退職代行に2万2000円」は妥当なのか
また、「モームリ」のホームページトップには「正社員の方 22,000円」と書かれていますが、その金額で可能なのは、やはり退職意思の連絡だけ。この価格設定を「安い」と思うか「高い」と思うかは人それぞれですが、弁護士や労働組合に依頼するよりも安いのは間違いないでしょう。

「モームリ」のトップページに掲載されたサービスの価格(画像:「モームリ」公式サイトより)
しかし、「安いぶん、交渉ができない」というサービスにこの金額は妥当なのか。そのビジネスモデルを知っておくことが利用する際の前提になります。
次に後者の、退職代行は社会通念上どうなのかという点。
真っ先に書いておかなければいけないのは、退職代行サービスにはセーフティーネットとしての意味合いがあること。
ハラスメント被害、適応障害、安全配慮義務違反などの重大事には頼れる場所が必要であり、「楽をする」「気まずさを避ける」ためではなく、「命と健康を守る」ための必要性を感じさせられます。
一方、重大な理由がないのに退職代行を使って「いきなり辞める」「二度と行かない」という選択は、勤務先や取引先で働く人々にネガティブな印象を与えてしまうでしょう。「人としてどうなのか」「常識がない」などと思われたとしても不思議ではありません。

弁護士や労働組合に依頼するよりも安く、弁護士も紹介できるとアピールしていた(画像:「モームリ」公式サイトより)
退職代行を利用したデータが残る
しかし、それ以上に忘れてはならないのは、「退職代行を利用した」というデータが残ってしまうこと。
企業側も早期退職を避けるために「退職代行を使った人はできれば避けたい」のが本音であり、雇用前の調査を依頼するケースが増えているそうです。とりわけ実際に退職代行サービスを使われて苦労させられた企業はリスクを回避したがるでしょう。
また、「モームリ」の運営会社アルバトロスは転職支援サービスとして「退職代行を利用された企業データの無償開示」と掲げています。
これは企業のデータをアピールしていますが、裏を返せば個人のデータも扱われかねないリスクがあるということ。少なくとも現時点では100%信用することはできず、「今後の就職活動で不利になるのではないか」という疑念を完全に拭うことは難しいでしょう。

「転職支援サービス」として掲げる「退職代行を利用された企業データの無償開示」。これは裏を返せば、自分のデータも利用されるリスクがあるということだが……(画像:「モームリ」公式サイトより)
もう1つ最悪なのは、民間の退職代行業者を利用したことで、企業から「非弁行為に該当することを理由に退職を受け付けてもらえない」というケース。
手続きが行われないだけでなく、欠勤扱いにされたあげく、懲戒解雇されるなど、今後のキャリアに悪影響を及ぼすケースもないとは言い切れません。
企業側にも反省・改善すべき点がある
「モームリ」は2022年にサービスをスタートし、4万人以上の退職を確定させたことがホームページで明かされています。
それだけの数をこなしている以上、“通知”だけで終わるような案件ばかりではないでしょう。おのずと“交渉”が必要なケースも増えますし、そこで「弁護士の紹介料で稼ぎたい」という欲が出てしまったのかもしれません。
ただ、あまり大きく報じられていませんでしたが、25年10月には運営会社、社長の自宅、関係する弁護士事務所などが家宅捜索され、事情聴取が進められていました。
ある企業の人事担当者は「いつかこうなると思っていた」と言っていましたが、雇用における信頼関係を壊すようなニュアンスもあるサービスだけに、企業側から否定的な声が上がるのは仕方がないでしょう。
しかし、企業側にも反省・改善すべきところがあることもまた事実。退職代行サービスの利用者が増えたのは個人の問題だけでなく、「企業のガバナンス不全、コミュニケーション不足、募集要項のなし崩しなどにも理由がある」と考えるほうが自然です。
社員に退職代行サービスを使われたことで企業として反省・改善すべき点はないか。組織の再編や相談窓口の設置をすべきではないか。これらを考えるきっかけにしていきたいところです。
私たちは今回の報道で、退職代行サービスを一歩掘り下げて知る機会を得ました。自分の思ったことを直情的に書き込むのではなく、論点を整理したうえでいくつかの学びを得る人が増えたら、少しずつ生きやすい世の中になっていくのではないでしょうか。