何度も危機を乗り越えた50年、果敢に挑戦し続ける東北HCの雄 ダイユーエイト
社会的信用を日々積み重ねる
「天井が落ちたり、津波の被害を受けたり、大半の店舗が被災した。もう会社もダメかもしれないと思った。しかし、そんな状態でも従業員が店舗に駆け付けてくれて、駐車場などでお客さまの対応をしている様子を見ると涙が出てきた」。
東日本大震災直後の心境について、ダイユーエイト創業者の浅倉俊一氏はこう振り返った。ダイユーエイトは2026年4月で創業50周年を迎える。今では東北ホームセンター(HC)の雄として地域で圧倒的な支持を得ているが、その道のりは決して平たんではなかった。
創業は1976年4月。ラリードライバーでカー用品の通販事業を営んでいた浅倉氏は静岡の「ジャンボエンチョー」を見て衝撃を受けた。倉庫を改装して福島県初のHC「ダイユー8福島店」を開業したのが同社の始まりだ。社員とお客が大きな輪を広げて友好を深める「大友」、末広がりの「八」がその名前の由来である。
1号店は大盛況だったが、浅倉氏は多店舗展開に向けた資金繰り、人材確保に苦戦した。「銀行にも相手にされなかったので、とにかく社会的信用を積み重ねていくしかなかった」(浅倉氏)。2号店の開業には約4年の月日がかかった。
その後、ペガサスクラブでチェーンストア経営について学び、多店舗展開をめざす。ロマンとビジョンを掲げて全力で走り続けていると、浅倉氏の右腕となる人材が集まってきた。彼らはその後、ダイユーエイトを支える経営幹部となる。
90年代後半にはHC市場全体の成長が鈍化し始め、ダイユーエイトにも例外なく「モノを置くだけで売れる」時代は過ぎ去った。浅倉氏はその停滞感を打ち破るため、時代の変化に合わせて先手を打ち続けてきた。

1995年、大店法の規制緩和により、初めて資材館を併設した大型店舗「ダイユーエイト八島田店」を開業
95年には大規模小売店舗法(大店法)の規制緩和に伴い、初の大型店「ダイユーエイト福島八島田店」を開業。建築資材、農業資材、園芸用品などを揃えた「資材館」を導入し、ハード商材を中心に取り扱った。同店の出店を皮切りに、これまで得意としてきたソフトにハードラインを加えた商品政策(MD)へと切り替えた。
2000年に株式を店頭公開し、創業30周年の06年には東証二部上場、翌07年に東証一部上場を果たした。「上場の意義は大きかった。金融機関からの信用もまったく違うし、何より優秀な人材が集まるようになった」と浅倉氏は言う。

2000年に株式店頭公開した「感謝の会」でスピーチする浅倉俊一氏
お客さまの生活再建がわれわれの復興
HCの多店舗展開に加えて、ペット事業「アミーゴ」を開始したり、複合商業施設「ダイユーエイトMAX福島店」を開店したり、サイクル事業をスタートするなど、事業の多角化を進めていた矢先に見舞われたのが東日本大震災だった。
震災発生翌日、同社は67店舗中51店舗で驚異的な早さで営業を再開した。店内が大きく損壊した店舗では駐車場に仮設売場を設置し、地域住民に生活物資を供給し続けた。原発事故による混乱の中でも「自らも被災者である社員が、全力でお客さまの生活再建のため物資を届けた」姿には、地域から大きな感謝と信頼が寄せられた。
浅倉氏自身、「お客さまの生活再建がわれわれの復興である」という信条を掲げ、トップ不在の状況でも従業員が自主的判断で動ける体制を整えていた。このように非常時に発揮された現場対応力は、一朝一夕で培われたものではない。日ごろから従業員一人ひとりに主体的に行動する風土を育み、会社と従業員の強固な信頼関係を築いてきた成果である。
ふたを開けてみると、震災の翌年には各店舗の売上が対前期比約2割増となった。震災時の対応を地域住民は今なお覚えている。

ダイユーエイトは福島県初のホームセンター企業で、今年4月に50周年を迎えます。創業者の浅倉俊一氏(現会長)が1976年に裸一貫で立ち上げ、今では東北を代表するホームセンターチェーンになりました。資金繰りに苦労しながら多店舗展開していく日々、株式上場による飛躍、東日本大震災の試練…など、ダイユーエイトの道のりは平たんではありませんでした。ダイユーエイトの魅力を伝えられるように編集しました。
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新社長へのバトン、次世代への挑戦
HC市場が成熟するなか、これまで独自成長路線を貫いてきたダイユーエイトはM&A(合併・買収)を視野に入れた成長戦略を描くようになった。
16年にはリックコーポレーション(岡山県:現タイム)と経営統合し、ダイユーリック・ホールディングス(福島県)を設立。19年にはホームセンターバロー(岐阜県)が加わり、アレンザホールディングス(福島県)へと社名変更した。
そして23年3月、浅倉氏は会長兼CEOとなり、ダイユーエイト社長の座は栁沼忠広氏に引き継がれた。浅倉氏は全体戦略の方針を示し、人材教育に注力する一方、栁沼氏が執務を取る。創業者からバトンを受け取った栁沼社長は、「筋肉質な経営体質」の確立を掲げ、さらなる成長戦略に乗り出した。
その柱の1つが「DIYの真価」の再提案である。栁沼氏はHC本来の魅力はお客自身が手を動かすDIYの楽しさにあるととらえ、各店で担当者による実演イベントを積極的に開催している。チラシ特売に頼った物売りから脱却し、素材の選び方やつくり方を提案することで、お客さまが自らつくる過程を楽しみ、完成時の達成感を味わってもらいたいというねらいだ。実際、種から苗を育てて花を咲かせる喜びや、工具を使って家具を組み立てる達成感など、DIYの真髄を伝える提案には可能性がまだまだあると栁沼氏は語る。
こうした取り組みにより、「お客さまに最高の接客と提案ができるプロフェッショナル集団」へと社員の意識改革も進めている。同時にデジタル分野への対応も加速させており、近年急伸するEC売上は向こう3年で100億円規模に拡大する目標を掲げている。
創業者譲りの現場主義と挑戦の精神を胸に、次の50年に向けた新たな一歩が着実に踏み出された。
100年企業への展望
こうした企業理念と戦略の変化は売場づくりにも表れている。
19年10月にオープンした福島西店は、約2000坪という同社最大級の売場面積を誇る新たな旗艦店だ。体験型・提案型の売場づくりで業界内外の注目を集めた。電動工具を貸し出して購入商品の加工ができるDIY工房「エイトクラフト」や、週に数回開催する「園芸教室」などを初めて導入し、ファミリー層を中心に幅広い支持を獲得している。この福島西店は「ストア・オブ・ザ・イヤー」で全国1位に輝くなど、ダイユーエイトの総力を結集した次世代型店舗として評価された。
一方、創業の地の近くに位置する福島黒岩店は02年の開業以来、部分改装を重ねながら地域に親しまれ、24年3月に全面リニューアルを実施し生まれ変わった。園芸・植物・農業資材を核とした最新MDを導入し、シニアからファミリーまで幅広い客層を取り込んでいる。リニューアルによりガーデニング関連売上は大きく伸長し、多肉植物やインテリアグリーンの品揃え拡充、宅配ボックスコーナーの新設、学生向け家電強化など、新たな顧客ニーズにも応える工夫が光る。さらに同店では農機具修理や合鍵作成サービスを備え、モノの販売にとどまらない生活サポート拠点へと進化している。
これら旗艦店舗の取り組みは、「地域で負けないリージョナルチェーン」をめざす同社の姿勢を象徴するものだ。グループシナジーによる商品力強化、一括仕入れによるコスト低減といった施策も相まって、ダイユーエイトは地域密着企業としての強みをさらに磨いている。
現在、同社は次世代を担う人材の教育・育成にも余念がない。従業員が自ら体験し学ぶ機会を重視し、「経験・体験に勝るものなし」という創業者の教えを実践に移している。また、女性従業員の活躍推進や多様な人材の登用にも力を入れ、組織全体の視野を広げている。震災時に培われた現場力と、高め続けている人材力があればこそ、地域社会に不可欠な存在としての役割を今後も果たし続けることができるだろう。
栁沼社長は次世代を担う社員に対し、「創業者の理念と基本精神を正しく学び実践しつつ、新しいことに果敢に挑戦し続けてほしい」とエールを送る。過去50年で築いた信頼という財産を礎に、常に変革を恐れず挑戦する姿勢こそ、100年企業への道を開く原動力である。
ダイユーエイトの半世紀の歩みと創業者・浅倉俊一氏の経営哲学の本質に触れる本特集を通じて、その強さの秘密と未来へのビジョンを探っていきたい。
ダイユーエイトは福島県初のホームセンター企業で、今年4月に50周年を迎えます。創業者の浅倉俊一氏(現会長)が1976年に裸一貫で立ち上げ、今では東北を代表するホームセンターチェーンになりました。資金繰りに苦労しながら多店舗展開していく日々、株式上場による飛躍、東日本大震災の試練…など、ダイユーエイトの道のりは平たんではありませんでした。ダイユーエイトの魅力を伝えられるように編集しました。
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