「もはや中国は高すぎる」自動車メーカーはなぜインドに開発拠点を広げるのか? 450万人のエンジニアが支える“昼夜分業”とは

巨大な生産年齢人口

 今、世界中がインドに注目している。日本ではスズキのインド工場がよく話題に上るが、シュコダなどの欧州メーカーも業績を伸ばしている。BMWのIT拠点のように、IT人材の供給源としても期待され、欧州連合(EU)やロシアで不足する人材の確保先としての役割も大きい。こうしてインドの存在感は増している。しかし、人口世界一の国の内部事情はまだあまり知られていない。果たしてインドは自動車産業にとって本当に魅力ある市場なのか。本短期連載「インドは自動車産業にとって桃源郷となり得るのか」では、自動車産業を軸に現地の歴史や現状を整理し、市場規模や成長の余地を確認しながら、直面する課題や有効な戦略を示していく。

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 第3回では、労働力とIT人材の供給地として注目されるインドを取り上げる。世界銀行の2024年データによると、インドの人口は約14.5億人に達する。このうち生産年齢人口の割合は約70%で、人数では約10億人に及ぶ。日本の生産年齢人口は割合が50%台後半とG7で最も低く、7372万人だった。規模で見れば、インドは日本の10倍以上の生産年齢人口を抱えていることになる。

 若年層の減少による労働力不足は、日本を含む先進国の大きな課題となっており、インドへの関心が高まっている。ドイツでは、2024年時点でインド出身の社会保険加入義務のある労働者が13.6万人に達した。2015年は2.3万人であり、この10年で約10万人増えた計算になる。

 インドはロシアにも人材を送り出している。2025年末の時点で、すでに7~8万人がロシアで働いているとされる。2025年12月には、インドのナレンドラ・モディ首相とロシアのウラジーミル・プーチン大統領が労働者の派遣で合意した。2026年には、少なくとも4万人がインドからロシアに向かう見通しだ。

 日本でも動きが出ている。2025年8月、日本政府とインド政府は「日印人材交流イニシアティブ」で合意した。この枠組みでは、インドから日本への熟練人材や将来性のある人材5万人を含め、5年間で50万人の相互交流を行うとしている。50万人には、日本企業による現地雇用や研修、留学も含まれており、すべてが労働力として日本で働くわけではない。それでも、日本側が受け入れ体制の整備を進めていることは確かだ。

若年層の高い失業率

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インド(画像:Pexels)

 インドが各国に労働力を送り出せる背景には、国内の雇用事情がある。

 第一に、工業化の遅れにより若年層(15~24歳)の失業率が20%を超えていることだ。第二に、雇用保障や法制度の保護が十分でない労働環境が広く存在する点がある。こうした環境に置かれている労働者は全体の約90%に達するとされる。このため、賃金が高く、労働環境が整った海外で働く道を選ぶ若者は少なくない。

 もっとも、海外で働く際には言語の壁が立ちはだかる。ドイツ政府は、インドから人材を受け入れる際には語学教育と職業訓練が欠かせないとしている。労働力の数は豊富でも、言語を克服できなければ従事できる仕事は限られ、専門的な人材としての役割を担うことは難しい。

 言葉が通じないことは、労働者自身の安全にも影響する。異国で働くなかで危険に直面する可能性が高まるためだ。ロシアでは、詐欺的な契約によって労働者がウクライナとの国境付近に送り込まれたとの報道もある。労働者や技術者として力を発揮するには、送り出す側のインドだけでなく、受け入れる国や企業にも教育や支援体制の整備が求められている。

IT企業の大型投資拡大

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インド(画像:Pexels)

 インドは、IT人材の供給地としても注目を集めている。グーグルは2025年10月、人工知能(AI)向けのデータセンターをインドに設立すると発表した。今後5年間で150億ドルを投資する計画だ。マイクロソフトやアマゾンもインドでデータセンターの建設を進めており、世界のIT企業による投資額は合計で10兆円規模になる見通しだ。

 自動車分野でも動きが広がっている。BMWは2024年、タタ・テクノロジーズと車両ソフトウェアやビジネスITを扱う合弁会社を立ち上げた。BMWにとってインドは、米国、ポルトガル、ドイツ、ルーマニア、南アフリカ、中国と並ぶIT拠点のひとつであり、ソフトウェア定義型車両(SDV)や自動運転、インフォテインメント、デジタルサービス向けソフトウェアの開発を担っている。

 ホンダは2024年から、インド工科大学のデリー校・ボンベイ校と共同でAI技術の研究を進めている。2019年から同大学の卒業生を積極的に採用してきた経緯があり、今後は共同研究と人材育成を進める方針だ。

 サプライヤーでも拠点整備が進む。ボッシュ傘下のボッシュ・モビリティは、インドで約3万1000人を雇用している。ドイツの自動車部品大手であるコンチネンタルは、2022年に南部カルナータカ州で技術センターを開設し、6500人規模で活動を始めた。車載ソフト専業のKPITテクノロジーズもSDV開発に力を入れており、世界で約1万3000人のソフトウェアエンジニアを抱えている。

低コスト人材が生む競争優位

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インドの人材とIT産業の現状。

 IT人材の供給力という点で、インドは数、人件費、時差の三つの面で優位にある。総合人材サービス会社のヒューマンリソシア(東京都新宿区)の調査によれば、世界のITエンジニアの数は3000万人を超え、国別ではインドが449.6万人で1位だった。日本は4位の154.0万人であり、すでに大きな差が開いている。こうした状況を背景に、インドへのIT投資は拡大しており、今後も増加が見込まれる。

 人件費の低さも大きな特徴だ。物価水準や通貨安の影響により、企業にとっては人材を確保しやすい環境がある。日本貿易振興機構(JETRO)がまとめたアジアの製造業作業員の基本月給(平均値)を見ると、中国が576ドルであるのに対し、インドは337ドルで、中国より約4割低い水準にある。

 さらに、時差もIT開発では利点になる。インドと米国西海岸の時差は13.5時間、東海岸とは10.5時間で、およそ半日の差がある。このため、米国とインドの双方に拠点を置けば、

「昼夜を分けて作業を進める」

ことができ、結果として24時間体制の開発が可能になる。

 人材数、人件費、時差という三つの条件を同時に備えた国は多くない。当面は工業化の進み方が限られるなかで、IT人材は国内で働き、その他の労働者は海外へ出るという動きが続く可能性が高い。自動車産業にとっても、インドは販売市場であり生産拠点であるだけでなく、労働力確保やIT開発の拠点として重要性を高めている。

 もっとも、課題も残る。次回は最終回として、インドが向き合う問題と今後の方向について整理する。