天然ガス価格の高騰に拍車をかけるEUによるロシア産LNGの禁輸措置、4月25日に発動すればさらなる混乱は必至

EUはロシア産天然ガスの完全禁輸措置の発動に合意している(写真:AP/アフロ)

(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

 残念ながら、イラン情勢に収束の兆しが見られない。化石燃料の需給もグローバルにタイト化し、価格が高騰している。日本の場合はガソリンや灯油といった石油もさることながら、天然ガスの価格の高騰が社会に与える影響が極めて大きい。東日本大震災を受けて原発の稼働を停止し、ガス火力発電への依存を強めたためである。

 2022年に生じたロシア発のエネルギーショックの際もガス価格は高騰している(図表1)。東アジアの指標であるプラッツJKM(日本・韓国向けLNG=液化天然ガススポット指標)の先物価格は、ロシアのウクライナ侵攻の直前より1mmBtu当たり25ドルと強含んでいたが、2022年8月には70ドルまで価格が急騰する事態となった。

【図表1 日本のガス代と東アジアのガス先物価格】(出所)総務省統計局、シカゴマーカンタイル取引所(CME)

 ただ、今回のイラン発のエネルギーショックは、ロシア発のエネルギーショックよりも深刻となろう。

 ガスに限定して言えば、ロシア発のショックの時はグローバルなガスの生産が減少したわけではなく、ロシア産ガスの需要家が大きく変わった。具体的には、ヨーロッパがロシア産ガスの消費を減らす一方、非ロシア産ガスの消費を増やしたため、非ロシア産ガスの価格が上振れした。

 行き場を失ったロシア産ガスについては非ヨーロッパ、特にアジアが消費を増やしたが、ヨーロッパによる消費を完全に代替するには至らなかった。最大の需要家となった中国との間にはパイプライン(シベリアの力)が一本しかないうえに、他の需要家とはタンカーによるLNG輸送しか手段がなく、輸送能力に限界があったからだ。

 そのため、ロシアではガスがダブついているが、ロシア産ガスの供給が市場に出てこない分、グローバルのガス需給はロシアがウクライナに侵攻する前よりは引き締まっている。結果、ガス価格は高止まりしているが、今回のイラン発のエネルギーショックではカタールのガス精製施設が破壊されたため、ガスの生産そのものが減少する。

 仮にイラン情勢が収束したところで、カタールの精製施設の復旧には長期を要するため、ガスの生産はすぐに回復しない。ゆえに、グローバルにガスの需給は引き締まった状況が長く続くと懸念される。

 こうした事態にさらに拍車をかけかねないのが、4月25日に予定されている、欧州連合(EU)によるロシア産LNGの禁輸措置の発効だ。

タイミングが最悪なEUのロシア産LNGの禁輸措置

 EUは昨年12月、ロシア産天然ガスの完全禁輸措置の発動に合意した。LNGに関しては、今年4月25日に短期契約分を、2027年10月1日に長期契約分を禁輸とする。またパイプライン経由に関しては、短期契約分を2026年6月17日に、長期契約分を2027年10月1日に禁輸することで、EUは加盟国と合意していた。

 世界のガスの需要家は今回のガス危機が長期化すると考えており、すでにグローバルなガスの取り合いが生じている。その結果がガス価格の高騰となって表れているわけだが、このままEUが短期契約分のロシア産LNGの禁輸に踏み込めば、非ロシア産ガスの需給が一段とタイト化するため、ガス価格はグローバルに一段と上昇しかねない。

 ロシアとヨーロッパを結ぶガスパイプラインのうち、稼働中のものはトルコ経由(トルコストリーム)だけである。つまり、ロシア産ガスの多くはタンカーによって運ばれるLNGだ。輸入の4%に達していたカタール産ガスを欠く中、ロシア産LNGの輸入を削減するということは、EUはアメリカ産LNGへの依存を強めるのだろう(図表2)。

【図表2 EUのガス輸入量の内訳(2025年)】(出所)欧州理事会

ロシア産ガスの禁輸で跳ね上がるガス価格

 現在、最も供給に余力がある産ガス国はロシアだろう。タンカーによる輸送には限界があるため、パイプライン経由でヨーロッパ向けに輸送していたガスの多くが余っていると考えられるためだ。もしヨーロッパが稼働を止めたヤマルパイプラインやウクライナルートを通じたガスの輸入を再開すれば、世界のガス需給は緩和すると期待される。

 ただ、これにはヨーロッパとロシアの歩み寄りが必要となる。ヨーロッパの場合、EUのウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長ら現執行部がロシア産ガスの禁輸を強く志向しており、ロシアとの関係の改善に慎重な姿勢を貫いている。一方、ここでロシア産ガスの禁輸を断行すれば、内外に強い価格ショックを与えることになりかねない。

 対するロシアだが、ウラジーミル・プーチン大統領からすれば、EUからガス輸入のオーダーを受けたとして、それは“虫のいい話”だということになる。ヨーロッパに対する不信感もかなり募っているはずだ。応じるとしても、ロシアにかなり有利な条件を突きつけるだろう。ただし、長引く戦争で、経済と社会に余裕がないことも確かだ。

 イラン情勢の緊迫化に伴う流動性への需要でドルの人気が急回復しているが、各国ともアメリカに対する不信感を高めているため、状況が変われば一転してドル不安が再燃する公算が大きい。そうしたことを考えれば、ロシアもドルに次ぐ国際流動性であるユーロを手に入れたいところだろう。ヨーロッパとロシアが経済関係を回復する余地は、その実、大きい。

 とはいえ、双方とも政治的な判断を優先するため、経済的な判断は後回しとなる。とりわけEUの場合、フォンデアライエン欧州委員長ら現EU執行部は、目玉政策の相次ぐ後退で求心力の低下が著しい。パイプラインを再稼働するとなれば、一段の求心力の低下が警戒されることから、一筋縄ではいかない状況となっている。

現実的な対応は禁輸措置の発動の延期

 4月25日までにイラン情勢が収束したとしても、ロシア産LNGの禁輸措置を断行すれば、グローバルにガス需給が引き締まるため、域内外でガス価格の上昇を招く可能性がある。EUが取れる現実的な対応は、消去法的な選択となるが、4月25日に予定されている短期契約分のロシア産LNGの禁輸措置を延期することに尽きる。

 得意技の延期であるが、これ以外に現実的な解はない。ただ、延期したからと言って、ロシア産LNGが順調にヨーロッパに流入するかどうかは不明だ。すでにロシアは、4月25日のEUの措置の発動を睨み、それまでヨーロッパに回していたLNGを、アジアや中南米などの第三国向けに転用する措置を取っていると報じられている。

 だからといって、4月25日に短期契約分のロシア産LNGの禁輸措置に踏み込むことは、グローバルなガス需給をいたずらにガタつかせ、内外に価格ショックを招くことにつながりかねない。果たして、EUは現実的な判断を下すことができるだろうか。日本のガス・物価事情にも非常に大きなインパクトを与えるため、その動向を注意深く見守りたい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。

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